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【小説】風信子館の証跡 -1-


第1章「我らが始めた存在証明」


 廊下に佇む柱時計の秒針の音より少し早く、しかし些細な秒針の音よりも音が無い歩み。大きな館のわりに日中でも人の姿が少ないその館の廊下を我らは行く。
 夜が更けた。柱時計の短い針が11を差し示した頃が丁度我らが動く時間に適しているからという判断の元、私は相方のフユウと共に今夜も廊下に並ぶいくつもの扉をその日任せに選んでから始まるのだ。
 今日は……そうだなぁ、奥から3番目辺りが私的にラッキーノックポイントだな。
 そう思い至った私は選んだ扉の前に立ち、右手を握って口元辺りまで運んでは今日も我らの作戦を開始する為の儀式と祈りを心の中でそっと囁いた。

 私達の存在証明、今日こそ形になりますように!

 コンコンコンと、ドアノックは3回までと私の中でのルール。
私がドアを叩くその音は静けさを放つこの館では、むしろ鳴り響いたと言い表してもいいくらいには軽く叩いただけでも大きな音の様に感じた。
私の後ろで出番を待つフユウも、まるで試合のゴングが鳴ったみたいにドアノックの音を聞くと同時にはしゃぎ出す。

「始まった始まった!今日は誰にフユー達のイタズラが知られるかな!ノックちゃんはあとドコとドコやるー?フユーはどこ飛ぼっかな~」

 ぴょんぴょんと跳ねるフユウの姿は私には認識出来ても、この館に住む人間には認識出来ない。それは例え来客であろうとも私以外認識できた事は一度たりとも無かった。
それは私も同じ事で、私の姿はフユウにしか認識されない。
そう、私達は人間とは違う存在同士らしいのだ。
それを知ったのは14回ほど夜を迎えたくらいの時から、私達が何故かこの館で目が覚めたほんの少し前。
 私達は私達が何の存在かは分からないのだった。目覚める前の記憶だって当然無ければ、どこからやって来たのかも分からない。
不思議と物を持つ事が出来たり、鳴らした音とかは人間には認識できるようなので私達はある作戦を始めようとこうして夜な夜な動く。
 それが存在証明。そう私達は呼んでいる。
文字だって読める私はこの館の書斎から本を盗み見、その得た知識から導き出した答えは、例え姿が見えない存在であろうとも人間はその特徴から架空の存在を作り上げる。それが私達に正体を与えてくれる希望の光だと感じた。
私は能天気に疑問を持たないフユウとは違って頭良いのさ。

「まあ、慌てないで行こうよフユウ。闇雲に私達が動いたところで近くに人間がいなきゃ意味が無いから。まずは私が注意を惹いて廊下に人間を、それからフユウの出番だから」
「あそっか~。じゃあ待つ~」

 気の抜けたフユウの返事を背に、私は次に廊下の一番奥の扉を目指し歩き、またもや3回ドアノックを鳴らした。

◇◇◇◇

 
 私達が目覚めたこの館。この館は私が書斎にて知識を得る際、館に働く使用人の話を盗み聞くに風信子館という名前だと知った。
館の主1人と3人の使用人達がよく見かける人間達だ。実は少し前までは使用人が4人いたのだが、その1人はもう既にこの館にはいない。
これも盗み聞いた話に因れば、いなくなった使用人は私達の存在証明によってこの館を去ったらしい。正体を決め付けないで去るとは、その人間は全く役に立たない。
 私達の存在証明には人間は必要不可欠だ。自分自身という正体が分からない私達にとって求めているのは人間達による架空の存在に私達が当てはまること。
だから私達にはターゲットにする人間が必ずいて、今夜は3人の使用人の内の1人がターゲットだった。
 扉を叩き終えた私は閑散とした外に出て、先ほどノックして回った廊下の窓の下の地面から上を見上げて屋根に立ったフユウに視線を向けていた。

「よし、そろそろフユウ行って良いよー!」
「はーい!フユーちゃん飛びまーす」
「余計に飛ぶんじゃないよー!」

 フユウはその身に白い布を巻きつけて屋根から飛び降りた。私の注意を最後まで聞かずに。
 人間に認識されない私達だけれど、私とフユウには若干違いがある。
フユウはその名の通り空を飛べるのがその違いの1つだった。
私は地を歩くことしか出来ないのに関わらず、フユウはふわふわりと低速ながら浮ける体質の様で、だからこそ私とは違う方法で存在証明をする。
方法は私と同じで至って単純。姿は認識されないけれど持った白い布は人間には見えるらしいので、音で存在を証明する私に対して視覚で存在を証明するのがフユウだ。
 闇夜に白い布を巻きつけたフユウは廊下の窓から見えるように浮かんでアピールしてからそっと地面へと降り立った。

「いた!いたよ今日のイタズラ相手。フユー見えた!」

 ウキウキと喜ぶフユウの着地を見計らったところで、フユウの喜ぶ声を聞きながら手を引っ張って再度館内部に戻るよう走る。
 フユウが見えたというイタズラ相手がさっき言ったターゲットの使用人だ。
 私達の存在証明はここからが本番。
人間に認知される為、使用人がいる廊下へと向かいながら私達の夜はもっと更けていく。

 時計の針はまだ、12時を差さない。

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