見出し画像

『太陽の子』日本がアフリカに置き去りにした秘密


フランス国際放送FRANCE 24とBBCがすっぱ抜いた「コンゴ民主主義共和国(DRC)においての日本人医師の嬰児殺し」ニュースから、当時DRCに駐在していた日本人と現地の女性との子供達について、三浦記者が書いた(というか行動した)ノンフィクション。

朝日新聞の三浦記者の名前は随分前から知っていた。というのは彼のTwitterを読む限りでは青臭くて出世しそうもない人だから。(←褒めています)
先日本屋さんを歩いていてまさに本の方から私に声かけられた?としか思えないタイミングで出あったのがこの本。

前半では、置き去りにされた若い女性(多くが10代半ば)やその子供達が辛酸をなめて生きて来たその様子、後半では捨ててきた家族の事を胸に秘めながら日本の家族のもとに帰り、そのまま誰にも言わずに生涯を終えつつある男性達の事が描かれています。

私の周辺の方々にはピンとこないかもしれないけれども、1970年代頃だと、日本から派遣される駐在員といっても待遇はピンキリ。

で、当時500名以上がDRCに派遣されていたのですが、一部の幹部を除き、ほとんどが一時帰国の制度もなく、コンクリートむき出しの床に針金に布をつるした、鉄格子の嵌っている窓という6畳程度の部屋に住んでいたという事、それでも当時国内の鉱山がどんどん閉山されていく中、日本での生活よりもずっとまし、だから海外に職を見つけてわたっていった彼らはラッキーだったといいます。


私自身も20年程在外に派遣されて仕事をしていましたが、昔から日本との交流がある某国では、同じ日本人でも駐在・派遣・現地採用との経済格差が露骨で、現地の方と結婚した日本人女性の暮らしぶりも大変な人は本当に大変そうだったのを散々見てきています。

また、知り合いで当時寿司職人として欧米に渡った人もタコ部屋の様な環境で同僚と慰めあって一生懸命お金を貯めて帰ってきた人もいたなあ。

そんな環境だから、当然日本人の中でも明確に差別はあり、一般的に付き合う層も自分と同じヒエラルキーに限定されていました。

日本や先進国と違って何があるわけではないアフリカの土地に働き盛りの男性を数百名送り込めば、しかも駐在員同志での相互監視やその後の出世に影響する様な立ち位置にいない方々 (そらく大卒も少なかったと思います)、どういう事になるか判りますよね。

日本鉱業社(今は社名が変わっていますが残っています)の方でも相当福利厚生に気を使ったようですが。現在日本人との子供の会としては数十名が登録しているようです。

このきっかけとなった嬰児殺し報道は三浦さんによると、証言者たちは金銭をもらってこのように発言するように言われたとのこと。勿論貧困状態の彼女らは当然そういう機会は活用するでしょう。

三浦記者の抗議兼再調査依頼の文書に対して、嬰児殺しの記事はBBCは取り下げたが、他方Frence24はそのままとか。今見たら記事はあるけれども動画は見られなくなっています。  

https://www.france24.com/en/20100316-katangas-forgotten-people

一般的には判り難いと思うのでお伝えしておくと、アフリカ社会では、色が違うと(つまり白いと)差別されるんですよ。日本人の血が混じっているからそれだけで尊敬されるなんてことはありません。親である日本人がその家族なりコミュニティーをしっかり経済的にも社会的にも支えれば別ですが。完全な男性社会だから父親に見捨てられた子供達、それも彼らの社会の中では純潔ではない子供の辛酸は相当なもの。現地妻にしても同様、社会の中での傷物扱い、母親が売春をして生計を立てる様な家庭で育っている例も。


三浦記者は執念深い(仕事柄として当たり前なのでしょうが)ので日本においても多くの人と面談しますが、ある現地滞在経験者は三浦記者に

「父親捜しをすることは正しい行為とは思えない」

ときっぱりと言います。当然青い三浦記者はそれに反感を覚えるわけですが、それに対して

「あなたのようではなく、私の様に人生が終わりに差し掛かった人間には判ること」

として、三浦記者の父親捜しを否定します。

私自身、アフリカミックスの娘を持つ身として、幸い子パパが「いい奴」で、私に「収入」があったから、そして多くの方々に助けてもらい、多くの機会と運に恵まれて、無事に娘を成人させることが出来たのですが、女性は一歩間違えば、いやちょっと運が無かった程度で簡単にドロップアウトしていく事はよく判りますし、自分でも「ここで弱くなったら負け」と思った瞬間が何回もありました。

それは、当時裕福ではなかった鉱山労働者の男性側だってそうだったのかもしれない。

としたら「何を守って何を捨てるのか」という選択肢において、当人は十分苦しんだはず、それを他人が責められるものなのか・・というのが今の私の見解、つまり「正しい事ではない」という経験者の気持ちはよく判ります。
でも、だからといって、蓋をして無かったことにしていいのか、この子供達(多くが既に中年)のことを。

これ、是非読んで欲しいと思っています。

こういうのは三浦記者でないと書けない、というか書かないだろうなあ。調査の経緯で始末書とか書いているようだし。

あ、この本の感想として

「男性は無責任!」

と、一言でばっさり切る方もいらっしゃるようですが、私はそれにも反感を憶えます。そんなに単純な構造ではない事は読めばお分かりになるのかと。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?