人たちの 語る園依る 道しるべ 我が衣手を 広げ渡しに

・想起データは世界へ放ってなんぼ

・作業療法の視点を共有化するのはスモールステップでと

・リフレーミングってこういう事かも

 自分の手元にメモがあってじっとしとかなきゃならん時には,そういうコミュニティ的拘束状態の反動なのか思考がより多く進む(他人はそれを雑念と呼ぶ)のか,メモの余白に書く内容が面白い様に浮かぶもんです.それは例えば申し送りの内容からの演繹だったり,全然関係ない内容だったりするんですが,そういうのをそのままにしておくのも勿体ない精神の発露しまくりなんですが,実際にはそれを有効活用するべくもなくお蔵入りの状態で.せめてデジタル化していつでも見返せる様にしておこうとしたら(というよりも,それを可能にする為にちゃんとそういうツールが使えるノートを買っていたのをさぼってたとも言う),取り敢えず3ヶ月分のを変換して満足したり.まぁ自分の生きてきた証として,あと云10年後の楽しみで取っておくというやり方もあるけど,それまでにどれだけ歴史を積み重ねるんだか,というかお墓までは持っていけないんやからせめて期限内消化(==オンライン化)したいな,と10年分はあるノートを目の前にして途方に暮れる感じです.思考デジタル化ツール早よ.

 とまぁ業務を行う中では,デスクワークに充てられる時間なんぞ限られてるので,というか時間の流れが病棟最適化になっていて,実際に作業療法独自の時間というのは実業務時間のいいとこ7割から半分くらいかなぁという程度に動いている感じです.思考を言語化したりそれをテキストとして起こすのはその後,というかまぁ業務開始時か終了時の短時間かなと.いやまそれが良い悪いという話ではないし,これでも例えば他の病棟専任スタッフの様にかっちり内容がルーチン化しているわけではなく自由裁量の部分が大きいので,主にメンバさんと一緒にほけーっとしたり雑談したり,合間に記録を見たり他のスタッフさんと話したり(実はここでのフリートークがいっちゃん苦手だったりする),業務を手伝ったりしながらちょっと離れた視点からマクロでは病棟の,ミクロでは個々の人たちの状況を見る様な感じでいて1日が過ぎていくという事で,まぁ事象は現場で起きているわけやから,それだけの時間を関わりに使うというのはアリっちゃアリ.でもまぁそれは,下手すりゃidentity crisisへと陥りそうな面もあるので,それを自覚しながら,そうならない為にも絶対的作業療法行為(OBPの視点はその意味でとても助かる)や地域生活支援の視点を常に当てはめていきながら取り組んでいます.惜しむらくはまだそれを他スタッフと共有のものとして明示化にまでは至ってなく,個々のスタッフと話す中での端々に乗っける感じな程度で終わっているので,まぁアレだ.スタッフとの関係性についてはスモールステップ大事ですよねという方向でどうやろうかねと.

 絶対的作業療法行為という意味では,病棟でメンバさんに関わっている関係上,当然メンバさんは入院している人なわけです.となると,最初にメンバさんに接する上で考える事は「この人が望む場所で暮らしていくためにはどんな条件が必要となるのか」だったりしますトップダウン的.まぁそれが病棟での方針とはちょっと違う時もあるけども,そこはそれ,もしそれを押し出しても(露骨には出しませんが),それで状況が悪化するという事はあまりないし(もちろん悪化しない様に慎重にはしますが),もしなったとしても何のための専門職の集まりなんかなぁと.ここは大丸せんせの言葉を借りて「専門職が集まっている事のメリット」を有効活用させて頂きますという事で.なので割とメンバさんへはやや他のスタッフとは違う感じの関わり方かも知れないし,変な事を言う人って思われてる気もするよなぁと.とはいえ,例えば他のNs.さんとかPSWさんとかだって多分世間話をメンバさんとやってたりするわけですよな合間に,とはいえそれがじゃあスタッフ間で共有されたデータとなっている訳ではなく,記録にある訳でもなく,なのにスタッフへ個別に聞いてみると面白いエピソードがあったりするんですよな.むしろ生活や暮らし,人生レベルでメンバさんを捉えるならばそっちが大事じゃないかというのを持っていたりするから,それを個々の胸の内で終わってしまうのは勿体ない,とか考えるのは,作業の視点なのかなと思うのでなるべくそれをテーマにメンバさんと話したりそこで得た事を記録したり他のスタッフへ話してみたりとちょっとでも広げる方向で.まぁ視点の多様性はそれはそれで必要ですし,信念は志向相関や契機相関があるので少しずつでも変わればいいかなと思ってますスモールステップ(2回目).

 でまぁ,昼休みなぞがちゃんと時間通りに取れてたりもするので,元部署がやっている食堂へご飯を食べに行くわけですが,そこには居住してたり通所しているメンバさんもご飯を食べてたりするわけです.で,一人だったのでどこに座ろうかと考えてたら,そこでご飯を食べていたメンバさんが「はいこっち座って」と合図してきたり.まぁいいかと向かいに座ったら,そこからさも昨日の続きの様に雑談をしてきたりしてちょっとしたランチ会になったり.10ヶ月ぶりとは言えない遠慮のなさに,ああこの人の口さがなさや独特な人付き合いの仕方って,こういう場面ではむしろ長所なんやなぁと感心したり.実際,初めて関わる様になってから今まで,この人は人付き合いの仕方が殆ど変わらずにいて,相手の状況を鑑みる事ないのが,まぁ軋轢を生みやすい面もあるけど,それはそれで一定の付かず離れずの距離感をキープするのにはプラスになるんやなぁと改めて多様性の大事さを教えてもらいましたですよ.まぁ嵌りどころは狭いけど,それがこの人の暮らしやすさを形成する環境になればいいわけだよなと.でも嵌りどころというかストライクゾーンというのは誰だって持ってて,その大きさに差があるだけだしなと考えれば,そこは試行錯誤していって見つけていけばいいわけやからという事で,その余裕は持っててたいものです.

 そのストライクゾーンの狭さなんぞは他人を云々言えるわけない程度に,ジブンの趣味の範囲だって相当なもんなんやから,せめて堂々と言える程度には完成させましょね.(積んでる電子部品やらプログラミング本から視線を逸らしつつ).

プログラマを経て作業療法士へ.精神科病院で病棟やデイケア,通所リハなど渡り歩いた後で自立支援事業所へ.主な担当領域は精神障碍を持つ方の生活支援,特に就労支援が中心.大切な作業を大切に,がモットー.