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二人の女性デザイナーと「SWEET DEVIL」と私

新コレクション「SWEET DEVIL」を描く中で、二人の女性デザイナーと出会いました。
ココ・シャネルとマリー・クワント。
20世紀の女性をファッションによって解放した代表的なデザイナーたちです。
それまでの私はファッションの歴史もブランドの歴史も全く興味がありませんでした。

この二人の魅力は、他人の視線を気にする既存の道徳観を過去の遺物として捨て去り、自由に自分らしくふるまう倫理観にこそ価値があるとし、多くの女性の生き方や考え方を自分を起点に変えてしまったことだと思います。

社会に自分を合わせようとはせず、ウイットに富んだ発想で自分に合う社会を作ってしまったところが爽快なのです。
たった一度の自分の人生、その物語の主人公として生きたいという熱意を誰よりも強く持ち合わせていたのだと思います。

世間からは、「女性を解放した女性デザイナー」と評価されつつも、「女性の解放や権利」など一切言わず、さっさと自分自身が解放され、自分らしさが発揮できるビジネス環境を作り、そこに人生を捧げ、ファッションを通じて、社会改革までもやってのけたのです。
アジテーションもデモも暴動もない、ファッションによる鮮やかな意識革命だったのです。
女性がいかに虐げられてきたか、その苦闘の歴史を語るよりも、たとえ周りから下品だと言われようと、私はこれが着たい、と颯爽としている姿に人は魅了されるということなのだと思います。

また、当時はグラマラスなマリリン・モンローやエレガントなグレース・ケリーが女性の美のシンボルとされている中で、オードリー・ヘップバーンやツイッギーのような華奢で中性的な女性の登場は、男性目線の女性美ではなく、女性目線の女性美が市民権を得つつあったことを暗に意味しているのと思います。

さらにそれまでのファッショントレンドは、ステータスシンボルとして、上流階級から労働者階級へと波及するのが通常でした。
しかし、マリー・クワントのデザインした服は、労働者階級から火が付き、それを上流階級が求めるというこれまでとは逆のトレンドの動きを生み出しました。
階級社会の代名詞ともいえるイギリスではそれはまさに革命でした。

女性の生き方や考え方に大きく変革した二人ですが、「下品」に対する姿勢は対照的です。

ココ・シャネルは、とにかく下品さを嫌い、1920年代に20世紀の新しいラグジュアリー(上品)の基準を作りました。
膝を見せることは下品であるとし、膝上デザインの服は一切作りませんでした。

一方、マリー・クワントは下品とされるものをあえて利用し、1960年代にその固定観念を見事に打ち破りました。
新しさを生む刺激として下品さに価値を置き、膝を丸出しにしたミニスカートやタイツを大流行させました。 
ジェンダーや人種、階級意識などの固定概念を打破すべく、中性的なモデルや黒人モデルを採用したり、パンツルックやジーンズをラインナップに加えました。
また、大英帝国勲章受勲の時には自らデザインしたジャージー素材の服で式典に臨んだりもしました。

こうして全く違う方向性の女性ファッションで成功したデザイナーですが、自分の感覚や願望に忠実に生き、多くの女性から共感を得ることで、彼女たちが生きやすい世界を切り開いた思想家であり、闘争家であったのだと思います。

孤児院出身のココ・シャネル、労働者階級出身のマリー・クワント。
とかく二人にばかりに世間の評価や注目が行きがちですが、一連の彼女らの偉業の裏には、上流階級の夫や恋人、友人のバックアップがあったということを忘れてはいけないと思います。
女性の解放は、女性たちだけで成し遂げられたのはなく、理解ある男性によるサポートがあってこそ成し遂げられた偉業だったのです。
彼女たちの成功は、彼女らのたぐい稀な才能と行動力によるものだということは言うまでもないですが、やはり人間の力ではどうにもならない運や時代の流れによって後押しされた一面もあったとも思います。
社会改革ともなると、気合いや思いだけで成し遂げられるものではないです。

魅力的でかっこいい二人の女性の人生をたどりつつ、新コレクション「SWEET DEVIL」と向き合う中、自分のNFT活動についてに深く考えるようになりました。

以前流れてきたこのツイートが心に刺さりました。
山田玲司さんという方の言葉です。

絵は語り続ける 「絵そのもの」がずっと語り続ける 作者が死んでも語り続ける 作者は何も語らなくていいので安心して死ねる その評価とか保存とかも死んだら本人にはわからないのもいい 1万年後には殆どが塵になるモナリザでも描いた気分で旅立てばいい 絵を描くのはいい

個人的には1万年を待たずに、私が死んだら私の絵も塵になればいいと思っています。私は、ベックリンの「死の島」が好きなので、今のところは「死の島」でも描いた気分で旅立とうかなと妄想しています。

この山田さんの言葉にも通じる「自己満足」が私の創作活動の鍵だと思っています。
誤解を恐れずに言えば、他の好みや価値観は自分の力ではどうにもならないように、他からの評価を気にしても仕方がないと思っています。気にしないというのが凡人の私には難しいのですが。

ココ・シャネルにせよ、マリー・クワントにせよ、自分が信じる美を追求し、徹底的に自己満足を貫いた女性たちだと思っています。
シンプルですが、多くにはそれがなかなかできないからこそ偉業として、今なお称えられているのだと思います。
もちろんそうすることで、常に社会的な評価が得られたり、売れるとは限りません。
それでも自分自身が満足の行く作品を創ること以上に、私にとって意味のあることはないと思うのです。
彼女らのレベルには遠く及ばずとも、そのかっこいい姿勢だけは常に胸に抱いて、創作活動を続けていきたいと思っています。

新コレクション「SWEET DEVIL」は、想像以上に私のNFT活動における精神的支柱になりそうな気がしています。

あの時代のエネルギーを感じる新コレクション「SWEET DEVIL」のこれからに是非ご注目下さい。

コレクションの特典などの詳細はこちらをご覧ください。
https://note.com/akemihiyoko/n/n322c2fdcdd77

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