見出し画像

第二話 川に棲むもの【note創作大賞2024】

 大学生の友達や当時いたアルバイト先の先輩や後輩たちがそろえて口を開く。あれから大学を卒業して社会人になっても、思い出としてよく話題にでてくる。

「あの頃のYちゃん呪われていたよね」

 たしかに大学生の頃が一番酷かった。

 私も自覚するぐらいだ。京都に遊びに行った時、決まって帰りに人身事故に巻き込まれたり、仕事終わりもよく人身事故で電車の中で待ちぼうけをくらった経験もある。そんな現象に巻き込まれた原因は自分の中でなんとなくわかっていた。

 霊感は全くないのに小学生の頃から心霊現象に興味があり、最近はネットを通じで新しい心霊ネタはないかと動画投稿サイトもよく見ている。この頃の私は怨霊だけではなく、死神や生前の記憶、輪廻転生、呪術などの知識も蓄えていた。

 だから調べていくうちに、負のものが溜まっていったのかもしれない。知らず知らずの内に悪いものを引き寄せていたらしい。だから仕方がないと思っていた。

「お祓いに行った方がいいかも」

 そう口にするぐらい怖い出来事が当時の私に起きてしまった。

 その日はとても熱い夏でした。夕方からアルバイトに行き、夜の十時上がりにアルバイト先の人たちと武庫川で花火をする約束をしていました。

 武庫川は兵庫県南東部を流れる二級水系の本流です。水源は篠山市から発しており、三田盆地を通り神戸市北部をかすめて宝塚、西宮、伊丹、尾崎の間と通って大阪湾に辿り着きます。普段は水量が少ないですが、大雨が降ると凄まじい勢いのうねりになり下流に流れ込みます。

 ざっくりと言えば、少し大きめの川で大きめの魚が釣れる川です。朝方や昼間ではよく釣りをしている人を見かけます。

 私は自転車で成人済みの先輩と幼なじみと一緒にコンビニへ行ってお菓子やお酒、ジュースを調達してから先にバイトを上がっていた人たちと合流しました。

 近くの川辺で花火をしつつ、コンビニで買ってきたポテチや缶を広げて喋ったり、写真を撮って遊んでいました。川辺にある外灯はあまりなく、とにかく暗い。走り回っているうちにドボン、と川に落ちてしまうかもしれないぐらいでした。

 フラッシュを使用して写真を撮っても真っ暗で、それぞれ自分のスマホが放つ明かりを使って自分の顔を照らしていました。

「うわ! ポテチの中にゴキブリがいるんだけど!!」

 男の先輩がギャアギャア騒いで、ポテチの投げ合いを始めて私たちは逃げるように走っていました。花火を振り回したり、打ち上げ花火をしたり、とにかくうるさく騒いでいました。その騒ぎに引きつけられるものがいるとも知らずに。

 深夜零時になった頃、私は両親から早く帰ってこいと催促の電話がかかってきました。先輩や幼なじみに事情を説明して帰宅することに。幼なじみとは家が同じ方面で誰もいない道路の真ん中を自転車で漕いでいました。

 武庫川からの帰宅途中には神社があります。その神社は木々に覆われていて、いつも不気味な雰囲気が漂っていました。両親からの電話もあり、急いでいた私は幼なじみと一緒だし大丈夫だろうと神社がある道を通ります。

 通り過ぎる間、心臓の音はけたたましく鳴っており嫌な予感が止まりませんでした。何もない、何もない、と心の中で祈りつつ喋ることをやめないで幼なじみに話し続けていました。そうでもしないと、よくわからない闇に飲みこまれそうだったのです。

 熱い夏のはずなのに夜だからか涼しく、ヒンヤリとした空気でした。自転車を漕いでいるからと、気のせいだと理由をつけて必死に冷静さを保っていました。

 キイキイ、と古く使い込まれた自転車が軋む音。その音さえも不気味に思えて仕方がありません。ちょっとした外灯の影が人型に見えるほど、私は怯えていました。だからこそ、連れて帰ってしまったのだと思います。

 自宅に帰っても何も異変を感じることはありませんでした。両親から軽く小言を言われ、さっさとお風呂に入って寝てしまおうと考えながら廊下を歩いていれば何かの足音が聞こえたような気がしました。

「……下の人かな?」

 私が住む部屋には上の人はいません。七階建てマンションの一番上です。なので、誰もいません。だから、物音は下の人だと思いました。下に住むのは老夫婦で子どもは独り立ちをしています。

 深夜遅くに物音が聞こえるなんてあり得ないことはないですが、珍しいこともあるのだなぁと気にしないようにしていました。

 脱衣所で服を脱ぎ、ドアを開けてお風呂場に入ります。コンタクトを外しているため、鏡に映る自分の姿はぼやけて見えました。コンタクトを外してしまえば見づらい視界ですが、数十年同じ湯船に浸かることは慣れたもので身体の感覚で湯船に入り浸かりました。

 今日あった楽しい花火の時間を思いだしつつ、身体を温めていた頃――

――ガタン。

「いったぁ……!」

 突然、お風呂場の天井に置いていた物干し竿が私の肩に落ちてきました。数十年、お風呂に入り続けて初めての出来事でした。

 物干し竿をかける引っかけには滑り止めがありますし、物干し竿の方にも引っかかる部分が存在します。今まで物干し竿が落ちてきたことなんて一度もありません。温かくなっていたはずの身体に冷や汗が流れました。思わず身震いをしそうになり、必死に両手で肩を押さえ込みます。

「頭に落ちなくてよかった」

 私は勇気を振り絞って、物干し竿を持ち上げました。少し背伸びをして転けないように気を付けつつ、浴室の壁に備え付けてあった引っかけに物干し竿を嵌めます。

 それだけの動作の間で、私は冷静になろうと必死でした。ビビる姿を見せてしまえば、何かに負けてしまうような気がしていたのです。

 ただ、立ち上がったついでに身体を洗おうと湯船から出ようと思ったのですが、湯船を上がれば鏡があります。私は鏡を見るのが怖くてたまりません。何かが背後にいたら……そう考えてしまえば足がすくんでしまいました。

 湯船から上がれば何もありませんでした。

「ただの考えすぎ」

 私は熱いお湯をシャワーから出して鏡を曇らせました。そして極力鏡を見ないようにして目を伏せながら体を洗い始めます。

 それから何ごともなく体を洗い終わり、ふと顔を上げた時、何かの視線を感じました。

 洗面所の電気は点けてきたはず、それなのに消えていました。心なしか、風呂場の照明もいつもより暗く感じます。

「はよ、あがろ」

 私は慌てて髪の毛を洗い、濡れたまま風呂場を出ました。嫌な予感が止まりません。

ーーフッ、と。風呂場の電気が消えました。濡れたまま洗面所に立っているからか、ガクガクと震えが止まりません。

 手探りで洗面所にある電気のスイッチを探します。風呂場から電気スイッチまでの距離は手を伸ばし、一歩進んだ先にあります。それなのに、電気スイッチが見つかりません。

 モヤに包まれたような嫌な感覚が身を包んでいます。もう一歩、踏み出そうとしましたが足が重く動かせません。ポタポタ、と髪の毛や肌から垂れる雫が床に落ちていきます。やっと、指先に固いものが当たり力強く押し込みました。

ーーパチン。

 気のせいだと思いたいのですが、鏡に私以外の黒い影が映ったような気がしました。

 ろくに髪の毛を乾かさず、そのまま逃げるように寝室のベッドに潜り込みました。その頃の私は部屋にベッドはなく寝室のベッドで母と寝ていました。その日、母は先に寝ており私は母を起こさないようにベッドに深く潜り込みます。

 ベッドに入って数分後でしょうか。ベッドの上に誰かが乗ったような沈み方をしました。

 ドアを開けた音もなく、母は横で寝ています。寝返りを打ったとしても私のベッドが沈むなどありえません。最初は右足から。右に足が傾くほど深く沈みこみました。

 試しに足をスライドさせて蹴りましたが、何もいません。ベッドの上を足が滑っただけです。最初は疲れかと思いました。ですが、またベッドが深く沈みこんだのです。

 今度は、足を広げた真ん中、左の足、左の腰、右の腰。私はその正体を確かめたくなり手足を上下に動かして正体を突き止めようとしました。ですが、やはり何もいません。何もいないのに、体がベッドに沈んでいます。私は五人に囲まれていると気づきました。

「あ」

 いえ、六人です。私の顔が右に傾きます。私の顔のすぐ横でベッドが沈みました。

 必死に顔を右に向けないように、顔を左側に動かします。気づけば被っていた布団が不自然に膨らみ始めました。お腹の上には何も乗っている感覚はしません。それなのに不思議と膨らんでいきます。人が一人丸まっている状態でしょうか、それぐらいの大きさになりました。

――キーン。

 頭の中で甲高い音が鳴りました。耳鳴りです。ああ、もう近くにいるのだな。そう思って目を開けた時、目の前に真っ黒い影が立っているのが見えました。

 叫んで、隣に寝ている母を起こしたいのに、叫ぶことができませんでした。

 黒い影はパクパクと何かを話しています。ですが、聞こえません。私には霊感がないからか何を伝えたいのか理解できませんでした。私があまりにも理解をしようとしなかったからか、黒い影は私にゆっくりと近づいてきます。

 そして、私の右耳にまで近づいてきました。それでもやはり聞こえません。すると、今度は耳に違和感を感じました。コポコポ、と耳の中で空気が移動している嫌な感覚。

 その感覚に見覚えがありました。小学生の時にプールに入った時に感じた、耳の中で水が溜まるような嫌な感じ。それと酷く似ていました。

 暗闇で、かつ無音な状態で繰り返される水の移動。そしてベッドにのめり込むような沈む感覚。

 ああ、この人たちは溺れて亡くなったのだろうな。
 
 気づけば、朝でした。

 私が考えた推理が正しかったのか、わかりません。ですが妙に気になり私は武庫川について調べることにしました。

 武庫川の名前の由来は奈良に都が置かれていた奈良時代。

 奈良の都から見て『武庫川』は『向こう側』にあったということから武庫川と呼ばれるようになったそうです。

 武庫川の近くには『武庫川東踏切』という場所があり、この場所は自殺者が多発する自殺の名所となっています。そんな武庫川東踏切は別名、三途の川踏切と呼ばれているそうです。

 JR東海道線が武庫川にかかる鉄橋の東、JR立花駅側の土手の上にある踏切です。この鉄橋の下を通る武庫川自体も心霊スポットとして知られており、武庫川で釣りをする人たちは口を揃えて『白い服の女性や白い影を目撃した』と言うそうです。

 武庫川にかかる鉄橋の橋では、幽霊がこの世にいる人間をあの世に誘い込んでいるのでしょうか。そして、この武庫川東踏切で黒い影を目撃したという情報がありました。

『立花 踏切 自殺』

 上記のワードで検索エンジンで検索をかけると、『尼崎から立花』間で起きたとされる人身事故のニュースが何十件もヒットしました。

 そして、私はここに行ったことがあります。おばあちゃん家に帰省する時の道で、お盆と年末年始にしか通りませんが踏切にある青い照明が綺麗だなぁと思っていました。

 当時の私は知りませんでしたが、青い照明には意味があったのです。青い光には高いリラックス効果があり、人の精神を落ち着かせる効果があるそうです。

 電車から見ると南北の遮断機までは広いですが、車から見ると長くて狭く感じます。同じ踏切でも通るルートによって見え方や感じ方が変わります。

 今でも覚えているのですが、父が運転する車で帰省する途中に大きく車体が揺れました。普段はブレーキを踏む時も丁寧な運転をする父が、大きくハンドルを切ったのです。

「なにかあったの?」

 後部座席に座っていた私は隣に座る母の手を握りました。シートベルトが肩に食い込むぐらいにハンドルを切った父は言いました。

「猫の死体が落ちていた」

 踏切に入る直前の道に猫が轢かれた死体があると言ったのです。私は本当にあったのか気になり、後ろの窓から覗きます。通ってきた道には何もありませんでした。

「そんなんないじゃん」

 私は父の方向に振り向くと、父は目を合わさずに言いました。

「小さくて見えなかったんだろ」

「……そうなのかな?」

 父はそれ以上話したがりませんでした。盛り上がることもないですし、私は話を深く掘り下げませんでした。今思えば、おかしな出来事だと思います。

 きっと、父は猫じゃないものを見てしまったのでしょう。

#創作大賞2024 #ホラー小説部門

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?