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求め合い認め合い

ここに子供を入れたのは誰だい
ここは私たち年寄りの居場所
子どもが遊ぶところじゃないんだ
役所もちゃんと管理してくれないと
#ジブリで学ぶ自治体財政

「お役所仕事」の多くは行政と市民とのちょっとしたすれ違い。
互いのコミュニケーションを「諦める」のではなく,わかりあおうと努めることで心の距離を縮めることができます。
しかし,わかりあうことを諦めないでといったところで,その言葉がその気のない公務員の心に響くのでしょうか。

「お役所仕事」が一掃できない要因ははっきり言えば公務員のやる気です。
やらなければいけないけどできればやりたくないと思っている公務員を動かすためにオススメしたいのはまず外堀を「埋める」こと。
やりたくないと思っている理由や背景を「詰める」ことで,彼らが振りかざす「やらない理由」が瓦解し,やらざるを得ない状況に追い込むという方法はあります。
ただし敵はやらない理由を並べる天才です。
そんじょそこらの理屈では勝てません。
彼らの堅牢な屁理屈の壁を突き破る唯一の武器,それは「民意」です。

実は,私たち公務員は市民の声,市民の目線をとても気にしています。
それは,私たち公務員が立場として全体の奉仕者,公僕として市民福祉の向上に尽くすことが使命とされていることもありますが,実態としても市民は私たち公務員が仕事をするうえで軽視できない存在だからです。
自らの組織の最上位に鎮座する首長と,首長の指示で動く私たち公務員のすべての仕事ぶりをチェックする各議員の判断や言動に影響力を持っている市民に対しては,その声に耳を傾け,目を配り,粗相がないように振る舞うべきことを,公務員であれば誰しも心肝に染め付けています。
多くの市民がそう感じている,あるいは少なくても強く「求める」市民がいるという事実は,公務員の重い腰を上げるのには効果があるでしょう。

「民意」を拒む「お役所仕事」の例として、ある自治体のある地域に設置された,あまり使われていない公共施設の一部を地域住民の憩いの場として活用したいという相談があったとします。
その施設には施設の設置目的があり,地域住民の憩いの場として活用することはその目的以外の利用にあたりますので,改めて施設設置者の許可が必要ですが,この許可を巡って,施設設置者が目的外の利用を拒み,地域住民側と意見対立するというのはよく聞く話です。
ここで施設の目的外利用を拒む担当課が「法令の定めがない」「前例がない」などと言った理屈を盾に当該地域住民の声に耳を傾けないのはなぜか。
実は、法令の定めに基づき設置目的に従って管理すること自体が,市民が選んだ首長が議案として提案し,市民が選んだ議員が構成する議会で議決したことであり,担当課はその議決による市民からの信託を受けてその総意を代行しているに過ぎません。
議会で議決した目的ではない利用目的で一部の地域住民だけ勝手に使わせていいのか,設置にあたって議会や市民に説明したことと食い違うではないか,設置目的に応じて交付を受けた国の補助金は返還しなくていいのか,使わせる内容や相手方について担当課が恣意的に選ぶのはいかがなものか,などの指摘を受けることを恐れ,すでに民意を得て決定したことを覆してまで未知の方向に舵を切ることを躊躇するのは,民意の代行者である公務員としては当然のことなのです。

そのためらいを払しょくし,舵を切ることを決断させるのもまた民意です。
前例踏襲や事なかれ主義に走ろうとする公務員がその殻を破り改善改革の一歩を踏み出すのに彼らが欲しがる「安全性の確保」。
新たな判断を下しても大丈夫ですよ,誰もあなたを責めませんと「なだめる」ことも重要です。
公務員が自らの公平性,公正性,無謬性を維持しつづけることに固執するのは,それが自らのアイデンティティであり,それを損なうことは公務員として市民の信頼を裏切ることになると信じている彼らは,すでに決した「民意」で守られた前例という名の城郭の中にとどまろうとします。
しかし,私たち公務員が守ろうとしている「公平でなければならない」「公正でなければならない」「間違ってはならない」と前例に固執する頑なさは,本当に市民が絶対的に維持すべきと私たち公務員の手足を縛る鎖でもなければ,公務員の立場を保証する鎧でもありません。
私たち公務員は常に民意の信託を受けその民意を代行する立場にあります。
過去の民意だけが正しいわけではなく,大きな声、天からの声、現在聞こえている声だけが民意というわけでもなく,適正な手続きを経て「まとめる」ことができた民意に従うことが公務員の仕事。
「お役所仕事」を撲滅するためにこうであってほしいと「求める」ことに合わせて,なぜ役所はそうするのかということを想像し,彼らが守ろうとしている法令や前例を根拠づける民意の存在についても思いを馳せ,そうした民意からの誹りを免れたいと行動する公務員の心理を「認める」ことも必要になります。

私たち公務員の真面目な仕事ぶりが市民目線に欠ける「お役所仕事」として市民の目に映るのは私たち公務員の感度が足りないか,それとも市民の側の先入観や無理解が原因か,どちらにせよ互いを理解するための「対話」不足が原因ですが,自治体は多様な市民の立場や意見を代弁し調整する主体であって、自らの独立した意志を持つ主体ではありません。
自治体が主張する意見や立場はすべて市民の誰かの意見や立場を集約し代弁しているものであり、自治体と市民との「対話」というのは多様な意見を持つ多種多彩な市民同士の情報共有、相互理解のためのものなのです。
ということは、自治体が市民と「対話」ができないというのは、自治体で暮らす市民同士の「対話」ができていないということになります。
「対話力」のある自治体運営を「求める」こと,「対話」によって私たち自治体職員の仕事の進め方を変えようということの意味は、実は市民自身が自分のことばかり考えていないで他の市民の存在やその違いを「認める」こと,尊重し合うことと同義なのだと私は思うのです。

「お役所仕事」をやめさせるための“三つの「める」”。
善行を「誉める」。やるべきことを「決める」。
最後の一つは「求める」&「認める」です。
これは二つがそろわなければ意味がありません。
改善を「求める」声を上げ続けることで、気がつかせ、意識させ、放置できない状況を作ると同時に、やり方を変える際の抵抗勢力への露払いの役割も果たす。
しかし「求める」だけでは公務員の閉ざされた心を開くことはできません。
悪意を持たず、正しいと思ってやっていること、少なからず何らかの民意に基づいていることですから、どうしてそういうことになるのか、ちゃんと理由を聴き、公務員が代理している裏側の立場や意見も理解し「認める」ことが同時になければ、互いの主張が交わることはないのです。
公務員が市民から「求め」られ、市民から「認め」られることは、私たち公務員の大事な「やる気の源」です。
と同時に、それは異なる立場の市民同士が互いに自分への理解を「求め」つつも、互いの違いを「認め」合う、「対話」のある社会の姿の写し鏡なのです。

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https://note.com/yumifumi69/n/ndcb55df1912a
★2018年12月『自治体の“台所”事情“財政が厳しい”ってどういうこと?』という本を書きました。
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★2021年6月『「対話」で変える公務員の仕事~自治体職員の「対話力」が未来を拓く』という本を書きました。
https://www.koshokuken.co.jp/publication/practical/20210330-567/
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