見出し画像

実は変幻自在

課長 この案でいかせてもらえませんか
前例はないけど法令違反ではありません
既定方針を維持したいのもわかりますが
ひとりの市民として考えていただけませんか
#ジブリで学ぶ自治体財政

これまでさんざん「公務員は対話が苦手」と書いてきましたが,実のところは,公務員は「対話」に必要な資質を十分に備えた職業人であるとの見方もできます。
どういうことかというと,公務員は変幻自在に立場,視点を変えることを求められ,それができないと務まらない職業だということです。

私は基礎自治体に勤務する一般事務職ですが,だいたい3~4年周期で人事異動があります。
基礎自治体では教育,福祉,保健衛生,清掃等の住民サービスから道路,公園,上下水道,公営住宅や公共施設等の施設整備・維持管理,あるいは自治体全体の運営を司る総務,財政,議会等の官房部門まで,多岐にわたる業務を精緻な組織分業で担っています。
一般事務職は,教員や消防吏員などの専門職と異なり,自治体業務のどの分野についても担うことができることが想定されており,実際に行われる人事異動では,適材適所の名のもとに経験したことのない部門に配置され,まるで転職のように新たな部署での所管業務を一から勉強しなおすというのが当たり前になっています。
その大変さや弊害についてはまたいずれ別の機会に述べますが,私たち自治体職員はほぼ間違いなく,自治体の担う幅広い業務分野をまたぐ異動をものともせず,個人差はありますが移動から数か月も経てばその職場に順応し,職場で従うべき法令,前例,慣習等に基づき,業務を執行できるようになります。
このカメレオンのように変幻自在な七変化ができるのであれば,一定の与条件に基づきいかようにでも自分を客観視できるのではないか,自分の仕事が市民から見てどう見えるのかを相手側の立場に立って考えることができるのではないかと思うのです。

公務員組織の「縦割り」の弊害やその要因についてはこれまでも述べてきましたが,多岐にわたる業務分野を幅広く知るゼネラリストの育成を目的に人事異動で複数の分野での職務経験を積んだ自治体職員が,その時々の所管業務を超えて互いに連携することなく「縦割り」の罠に落ちるのはなぜなのでしょう。
それは自らの組織の外側にいる相手方のことを理解することができないのではなく,その時点で自分が組織の中で置かれた立場を重んじ,与えられた役割を演じ切ることが自らの使命だという責任感が,外側に対する頑なさとして表現されてしまうのではないでしょうか。
「対話」は相手の立場や主張をありのまま許容することが必要ですが,それは同意することと同義ではありません。
むしろ,相手方の立場や主張を理解することで,自分の組織の立脚点や理解してもらいたい主張を述べ,互いの主張の隔たりを縮め,溝を埋めていくことが可能になります。
立場を変幻自在に操れる我々公務員だからこそ,自分の役割を脇に置きつつ相手の立ち位置に立ったり,第三者的な立ち位置で俯瞰的に眺めたりすることもできるはずだし,むしろ得意なはず。
必要なのは,自分の与えられた役割に完全に没入せず,自分を別の立場から客観視するもう一人の自分を常に脇に立たせておくこと。
頻繁な人事異動のたびにコロコロと立場や意見を変え,自分を自由自在に操ることができる私たちなら,日常的に二重人格でいることなど朝飯前のはずなのです。

市民の立場や視点も基づき,自分の仕事を客観視することも同じです。
私たち公務員も仕事を離れれば一市民です。
公務員ではない他の一般市民と何も変わることなく,税金を納め,住民サービスを受け,公共の施設を使って日々の暮らしを営んでいます。
役所から届いた通知文書が難解で理解できない,ホームページでの情報のありかがわからないと電話で問い合わせることも,一市民としてよくある話。
役所で決まったことが新聞に載り,その内容に違和感を覚え,誰がどういう経緯で決めたのか知りたいと問い合わせたり,決定の過程に自分たち市民をもっと関わらせてほしいと思ったりすることもあるでしょう。
私たちが仕事を離れ,ひとりの市民として感じること,知りたいことやわからないこと,こうしてほしいと思うことこそが,私たち公務員が普段仕事をするうえで考えなければいけないことそのものなのですから,市民が何を考えているか,市民に聴かなければわからないということではないはずなのです。
毎朝,職場で自席に着いたとたんにその市民感覚に蓋をし,役所の中でしか通じない論理で「お役所仕事」に邁進するのは愚かなことです。
仕事をしながらいつも自分自身の市民感覚に照らし,私がこの文書を受け取ったらわかるだろうか,私がこの情報を知りたいときにちゃんとアクセスできるだろうか,私がこの政策決定の内容を知ったらどう思うだろうか,ということを考えながら仕事をする。
公務員の職場は確かにいくつかの守らなければならないきまりはあるものの,職場に着いたら我を殺して感情のない機械のように決められたルーティンをこなせ,というほどの非人間的な場所ではありません。

組織の縦割り打破にしても,行政と市民とのすれ違いからくる「お役所仕事」の一掃も,私たち自身が自分の職場で与えられた職務を遂行する際の愚直な忠実さが一因となっています。
私たちは公務員として法令を遵守し,上司の命令に従い,組織の使命を達成するために全力を尽くす「組織の使命に忠実であらねば」という呪縛に囚われているのです。
公務員ならではの強い使命感も大事ですが,この強い囚われからの解放が,市民への心を開き,市民の立場,意見を理解することにつながります。
私たちが職務を離れ個人として自分らしくあることができる居心地の良い職場。
これまでの個人的経験に紐づいた自分自身の価値観や思いを言葉にし,共有できる風通しの良い職場。
行政と市民とのすれ違いや組織の縦割りに起因する「お役所仕事」の一掃は,私たち公務員自身の心を解放することができる,居心地の良い,風通しの良い職場づくりからはじまるのかもしれません。

★自治体財政に関する講演、出張財政出前講座、『「対話」で変える公務員の仕事』に関する講演、その他講演・対談・執筆等(テーマは応相談)、個別相談・各種プロジェクトへの助言・参画等(テーマ、方法は応相談)について随時ご相談に応じています。
https://note.com/yumifumi69/n/ndcb55df1912a
★2018年12月『自治体の“台所”事情“財政が厳しい”ってどういうこと?』という本を書きました。
https://shop.gyosei.jp/products/detail/9885
★2021年6月『「対話」で変える公務員の仕事~自治体職員の「対話力」が未来を拓く』という本を書きました。
https://www.koshokuken.co.jp/publication/practical/20210330-567/
★書籍を購読された方同士の意見交換や交流、出前講座の開催スケジュールの共有などの目的で、Facebookグループを作っています。参加希望はメッセージを添えてください(^_-)-☆
https://www.facebook.com/groups/299484670905327/
★日々の雑事はこちらに投稿していますので、ご興味のある方はどうぞ。フォロー自由。友達申請はメッセージを添えてください(^_-)-☆
https://www.facebook.com/hiroshi.imamura.50/

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?