(ミステリー)二人のれいこ-16

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会ったことのない君に

もう戻れない

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 次の日になり、事件の関係者が全員J大学に集められた。
 桜、千春、美咲、みずき。そして、佐々木と学長の住吉もやってきた。桜と千春はまだ美咲を信じられないらしく、美咲から離れて桜、千春、みずきの三人でイスに座っていた。
 談話室で、住吉が上機嫌で話し出した。
「いやぁ、さすが刑事さんだ! 一週間も経たないうちに、事件解決ですか!」
「はぁ。まぁ、その、若林さんがね、事件を解決したというか」吉本が苦笑いして答える。
「ほほぅ、若林さん。うん、もう一人の刑事さんかね。いやぁ、素晴らしい!」
住吉は分かっていない。吉本は苦笑いしているだけだ。説明するのを諦めたようだ。
全員が集まり、席に座った。そして、礼子がゆっくりと前に出た。
「今日はお集まりいただきありがとうございました。今回起きた殺人事件について、私からお話があります」礼子は多少、緊張しながらも話し出した。
「さて。まずは一つ、ご報告があります。実は昨日の夜、美咲さんの恋人である中谷幸次さんが、救急車で運ばれました。今週毒殺されたお二人と同じで、毒を飲まされていました。早めに気づいたおかげで命はとりとめましたが、意識不明で今はまだ、病院にいます」
礼子がそう言うと、千春たちは驚いた表情でお互いを見つめ合っていた。礼子はそれを確認すると、話を続けた。
「幸次さんが意識を戻せば全て分かることではあるのですが……。そうですね、私が話をする前に、この中にいる犯人に自白をしていただいてもいいんですが、どうですか?」礼子は全員を見回しながら言った。
「え、この中に犯人がいるのか?」住吉が立ち上がって、しげしげとみんなの顔を見ている。
「はい、そうですね。そういうことになります。どうですか、自白はされませんか? いいですね?」礼子はもう一度尋ねた。しかし、返事はなかった。
「では、私からお話ししていくしかないですね」礼子はそう言うと、大きく息を吐いて話し始めた。
「今週の月曜日に見目さんが。火曜日には鈴木さんが殺されました。二人とも毒殺です。そして昨日、幸次さんが殺人未遂で病院に運ばれました。幸次さんも、毒を飲んでいました。この三人に共通していたのが、毒を飲んだということと、右耳の下にキスマークが残っていたことです」
 礼子が言うと、千春と桜が美咲を睨んだ。美咲はシュンとしている。美咲には、自分がやったのではない、ということを証明する手だてがないのだ。
「そして、もう一つ、共通していたことがあります。それが、この小瓶です」
 礼子はそう言って、小瓶をみんなに見せた。みんなは不思議そうに小瓶を見つめている。
「この小瓶を、殺された二人と幸次さんの三人が共通して持っていました。そして、この小瓶の中にはピーナッツチョコが入っていました」
礼子は一呼吸おいた。ふと由貴を見ると、由貴は真剣な顔をして礼子を見ている。由貴は、うん、と頷いた。礼子もそれに頷き返すと、また話し始めた。
「小瓶にはラベルが貼ってあって、一見すると市販の製品に見えるのですが、このラベルに書いてある製造元の企業を調べてみると、この製品が販売されていないことが分かりました。それにこの小瓶、近所のお店で同じものが売られていました。えぇ、中身の入っていない小瓶だけ、です。……ということは、犯人がチョコの入った小瓶を作って、それを渡していたのだということが分かります」
礼子はそう言うと、またみんなを見回してから言った。
「この小瓶の中に入っていたピーナッツチョコですが、実はそこからは一切、毒の検出ができませんでした。そこで考えられたのが、住吉学長が開発した薬を作る機械です。あの機械は薬だけでなく食品会社でも使われているとおっしゃっていました。この製品はコーティング力が素晴らしく、そのおかげで一緒に入っていた他のチョコには毒が検出されなかったのだと思います。小瓶の中に一粒だけ入っていた毒は、ピーナッツの代わりに毒が薬状になっていて、その上からチョコがコーティングされていたのだと思われます」
 礼子がそう言うと、住吉が突然席を立った。
「やはり! そうでしたか! いやぁ、私の開発した機械は素晴らしい! それが分かった事件でもあったということですな!」住吉が喜んで立ち上がり、拍手をしている。
 そんな住吉を、吉本が制した。
「……住吉学長、申し訳ないのですが、黙って話を聞いていていただけますか」
 前回はあんなに太鼓持ちをしていた吉本が、今日はきっぱりと物申している。
「おぉっ、すまんすまん」
 住吉は慌てて謝ると、今回は、大人しく座った。
「あの小瓶には、最大十粒程度のチョコが入っていたと思われます。小瓶のラベルには健康食品という文字と、一日一粒、という文字が書かれていました。ラベルは犯人が自分で作ったんでしょう。恐らく、ピーナッツチョコも、毒が入ったもの以外は市販のものを買ってきて入れていたのだと思います」
 礼子は犯人の顔を見る。その目は険しく、礼子を睨んですらいるように思える。やはり、この人が……。礼子は確信し、話を続けた。
「犯人はいつ被害者が死ぬのか、ということが分からなかったはずです。……確率の問題ですからね。チョコが十粒入っていたとすると、毎日飲めば十日のうちに死ぬことになります。つまり、残ったチョコの粒数を数えれば、この小瓶が渡された日を予測することが出来る、ということです。見目さんと鈴木さんはおそらく、先週末あたりに、犯人から小瓶を手渡されたのだと思います。キスマークは、小瓶を手渡されたときにつけられたのでしょう。幸次さんは、あと八粒残っていたので、飲み始めて二日で亡くなったということになります。そうすると、小瓶を渡された日は恐らく水曜日あたりだと推測されます」
 礼子は話すと、美咲を見た。
「美咲さん、美咲さんが金曜日以前に幸次さんに会ったのは今週の火曜日ですよね? そしてその時には、キスマークは付いていなかった。そうですね?」
「そうですけど、どうしてそれを?」美咲は不思議そうに尋ねる。
「実は、美咲さん達四人がカフェで話しているところに偶然、私とゆきちゃんが居合わせていたんです。その時に、幸次さんという名前と、その日……つまり、火曜日に幸次さんに会う、ということを聞いていました。火曜日に美咲さんは幸次さんと会った。でもその時、美咲さんはキスマークを付けませんでした。そして金曜日、昨日ですね。美咲さんはファミレスで幸次さんに会いました」
礼子はここまで話すと美咲の方を見て言った。
「……すいません。たまたま居合わせたのもあるのですが、私は少なからず、美咲さんを犯人だと思っていたので、話しているのを聞かせてもらっていました」
 礼子がそう言うと、美咲は少し、悲しそうな顔をした。
「でも、ファミレスで幸次さんと話をしている様子を見て、美咲さんが犯人ではない、ということが分かりました」礼子は続けた。
「幸次さんと楽しそうにファミレスに入ってきた美咲さんは、少しすると機嫌が悪くなりました。そして、幸次さんにトイレに行ってくるように言ったんです。……美咲さんは幸次さんにキスマークを確認させたかったんです。美咲さんはキスマークを見て怒った。それは、美咲さんが付けたはずのないキスマークが、幸次さんの右耳の下についていたからでしょう。……そうですよね、美咲さん」礼子は美咲を見て言った。
「はい、そうです。私は、一度だって幸次さんにキスマークを付けたことはありません。彼は大企業で働いていて、私のキスマークのせいで彼の印象を、彼の会社での印象を悪くしたくなかったからです。でも、金曜日に会ったとき、彼の右耳の下に……」美咲はそう言うと、涙を流し始めた。
「美咲さん、ありがとうございます。美咲さんがキスマークを付けたのではないということは、美咲さん以外の人が、幸次さんにキスマークを付けたことになります。……では次に、佐々木さんです。佐々木さん、右耳の下を見せてください」
礼子は、今度は佐々木の方を見た。
 佐々木は立ち上がり、堂々と右耳をみんなに見せた。そこには、キスマークのような跡が残っている。
「佐々木さん、それは、キスマークですか?」礼子が尋ねる。
「いや、これは、ただの虫刺されで……掻いてたらこんな風に、キスマークみたいになったようです」
佐々木が言ったと同時に、今度はみずきの顔が青くなった。
「そ、そんな……」みずきは小さい声で言った。
 すると礼子はすかさず、みずきの方を見て言った。
「そうです。みずきさん。佐々木さんは美咲さんと浮気をしてキスマークを付けられたんじゃなかったんですよ」礼子は静かに言った。
「私はてっきり……」みずきはそう言うと、眉を顰め、苦しそうな顔をした。
「ど、どういうことなんだ?」由貴がきょろきょろと礼子とみずきを交互に見つめながら言った。
「みずきさん、私から話してしまってもいいですか?」
 礼子が尋ねると、みずきは観念したようで、うつむいたままコクン、と頷いた。
「では、私から話します。佐々木さんの虫刺されを見たみずきさんは、これを、美咲さんにつけられたキスマークだと勘違いしました。嫉妬に苦しんだみずきさんは、美咲さんへの復讐を思い立ちました」
礼子は一呼吸置いた。美咲を見ると、信じられないという表情で礼子を見つめている。
「みずきさんは、美咲さんがお付き合いしている人の右耳の下にキスマークを付けることを知っていました。それに、たくさんの人とお付き合いしていることも。それで、このキスマークを使えば、殺人を美咲さんのせいにできるんじゃないかと考えたんです。みずきさんは住吉学長のお茶係を担当していました。当然、機械のことも知っていたでしょう。みずきさんはその機械を使い、毒を薬状にしてチョコをコーティングしてしまえば、市販のものと似せることができるんじゃないかと思いついたんです。そして、みずきさんの思った通り、市販のものとそっくりの物が出来上がった……」
 礼子はみずきを見る。しかしみずきは、うつむいたまま、動かなかった。
「毒の入ったチョコが出来上がったみずきさんは、市販のピーナッツチョコと混ぜて小瓶に詰めた。ラベルまで作って、本当に売られているようにしたんです。そして、桜さんと千春さんの彼に言い寄って彼らにキスマークを付け、その小瓶を手渡しました。本当は、桜さんや千春さんに彼のキスマークを確認させてから死んでほしかったのだと思いますが……。そうすれば美咲さんが二人に責められ、苦しんでいたでしょうからね。それに当然、キスマークを付けた美咲さんが犯人だと疑われる。……でも、二人とも桜さんと千春さんに会うことなく死んでしまった」
礼子はそう言って、美咲を見た。美咲はとても悲しそうな顔をしている。そして千春と桜は、お互いに身を寄せ合って話を聞いている。隣にみずきがいるのだが、みずきの方を見ることが出来ないのだろう。
「さて、これでは満足できないと思ったのでしょう。みずきさんは次に、直接美咲さんを苦しめてやろうと思いつきました。美咲さんが一番愛している人を殺してしまえばいいんだと考えたのだと思います。今週の火曜日、みずきさんは美咲さんが一番好きだと言っている人を聞き出しました。幸次さんですね。そしてその時、運よくその日に幸次さんに会うということも分かりました。みずきさんは二人を尾行して彼を確認し、次の日に美咲さんを口実に幸次さんを誘惑し、キスマークを付けた。そしてあの小瓶を手渡した……。このまま幸次さんが美咲さんに会わずに毒を飲んで死んでしまえば、事件はもっと難しくなっていたかもしれませんし、幸次さんを助け出すこともできなかったかもしれません。でも運よく死ぬ前に、美咲さんは幸次さんに会うことが出来た。しかも、キスマークが付いて怒っている美咲さんを、私たちは見ることができた。このおかげで、私はみずきさんが犯人だということが分かったんです」
 礼子は一通り話してしまうと、コホン、と一回咳をした。
「どうですか、みずきさん」礼子は未だ身じろぎもしないみずきを見て言った。すると、みずきは小さな声で言った。
「……ご、ごめんなさい」
 そして立ち上がり、美咲のところへ駆け寄った。
「私はとんでもないことをしてしまった。本当に、ごめんなさい。許して……」
 みずきは泣いて懇願したが、美咲は無言で口をキュッときつく結んだままだ。
 みずきはそして立ち上がり、桜たちに駆け寄った。
「桜たちも、ごめんなさい」
 みずきは二人に謝ったが、二人とも口をきつく結んだまま、下を向いているだけだった。
「そんな! みずきがそんな、そんなことをするはずない! そうだろ?」
佐々木は立ち上がり、みずきの元に駆け寄った。
 しかしみずきは「ごめんなさい。清さん……」と言って佐々木の手を振りほどいた。
「私が、やりました」みずきは観念したように手を差し出し、吉本に言った。
「連れて行くよ」吉本が言うと、みずきはコクンと頷いた。
吉本と林は二人でみずきの腕を持ち、談話室を出て行った。連れていかれる間も、みずきはずっと、桜や美咲の方を見ていたのだが、誰一人、顔を上げることはなかった。
 シーンと静まり返った談話室。千春と桜はまだ黙ったままだ。美咲は一人放心状態で、ずっと前を見つめているだけだった。佐々木はショックを隠せないようで、悔しそうな表情をしたままでいる。
 沈黙を破ったのは住吉だった。
「い、いやぁ、君の推理にはあっぱれだったね! 素晴らしい! それに私の開発した機械も、やはり素晴らしいものだったということが証明できたね!」住吉は嬉しそうに大声で言った。礼子は言葉を返そうと思ったが、
そんな間もなく住吉は上機嫌で談話室を出て行ってしまった。
 住吉が行ってしまってからしばらくすると、ゆっくりと美咲が立ち上がり、礼子のところに来て言った。
「礼子さん、ありがとうございました」
「いえいえ。私はただ、真実が知りたかっただけなので。幸次さん、大丈夫だといいですね」
 礼子がそう言うと、千春と桜も立ち上がって、美咲のところに歩いてきた。
「美咲、ごめんね。美咲を疑って」千春が言った。
「私もごめんなさい」桜も、小さな声で言った。
「ううん、いいの。私も、遊んでばかりいるから、きっと罰が当たったのね。もうしないわ。幸次さん。幸次さんの意識が戻ってくれたらだけど、私もあなたたちみたいに、一人の人を大切にする」
 美咲は静かに言った。
 そして三人は談話室を出て行った。この後、みんなで幸次の様子を見に行くそうだ。
 談話室には礼子と由貴、そして、佐々木が残っていた。
「あの、大丈夫ですか?」礼子が佐々木に尋ねた。
「大丈夫も何も、大丈夫なわけ……。俺がこんなことになっていなかったら、みずきは今頃……」佐々木はそう言って、涙を浮かべた。
 でも、礼子には何も言えなかった。どんな言葉を言ったとしても、気休めにしかならないからだ。
 佐々木はそして、一人、談話室を静かに出て行った。
 礼子と由貴は無言で談話室を出た。エレベーターに乗り、一階のボタンを押す。
 建物から出て校門に歩き出すと、急に現実に戻ってきたような感じになった。礼子は時計を確認する。すると、バイトの時間が迫っていることに気づいてしまった!
「……あ! いけない! お腹が!」礼子が突然、叫び出す。そして、「じゃ、あとはよろしく!」と言うと、驚いている由貴を置いてその場から駆け出した。
「お、おい! また……」
 由貴が叫んだ時には、もうすでに礼子は声が届かないところまで行ってしまっていた。
「なんだよ、あいつ! またかよ」由貴はそして、寂しそうに一人、トボトボと歩いて行った。

「またやっちゃった~」
 礼子は独り言を言いながらアパートへ走る。このままでは、遅れてしまう!
 礼子は部屋に入り、急いで着替えてしまう。そして、自転車に飛び乗った。
 玲子は一分、遅れてファミレスに着いた。
「お疲れ様ですっ!」
 いつもは余裕の玲子が息を切らして入ってきたことに、店長の三島は驚いていた。
「あら、慌てて……。ん? 蓮見さん、ホクロ、取った?」
 三島の言葉にはっとした。ホクロをつけ忘れてしまったのだ!
「あ! いえいえ。コンシーラーで隠してみたんですっ。分かりませんか? すごいなぁコンシーラーって、あははは……」玲子はそう言いながら口元を隠した。「い、急いで着替えてきますね!」
 玲子はロッカーに着くと、誰もいないのを確認して急いでホクロを書き足した。そしてその上からコンシーラーを塗りたくる。鏡を確認すると、なんとなく不自然ではあるが、良しとしよう。
 準備を終えた玲子は、よし、と気合を入れるとホールに出た。今日も忙しくなりそうだ。
 
 みずきは逮捕された。学長室に置いてあった機械からは毒が検出され、さらにそこから、みずきの指紋も検出されたようだ。
 意識不明だった幸次も意識が戻り、もう少しで退院もできるそうだ。吉本が、逐一礼子に報告してくれている。

 月曜日がやってきた。今日からまた、いつもと変わらぬ日常が始まる。
「おはよう!」由貴が礼子を見つけ、声をかける。
「今回はお手柄だったな!」
「何ってんの。ゆきちゃんにも色々手伝ってもらったおかげだよ。ありがとう」礼子は素直に言った。
「え! どうしたんだよ! お前が俺に、お礼なんか言うとは!」由貴は驚きすぎて、立ち止まってしまったほどだ。
「はぁ? なんで? 私、ちゃんとゆきちゃんにはお礼だってしてたよねぇ? 講義の代返してくれた時とか」
「待てよ! お礼を言うのは当たり前だ。お前のありがとうはいつも軽いんだよ。サンキューってさ! ありがとう……ありがとう。そうだ。それこそ感謝だ」由貴は一人、うんうん、と頷いている。
「あ、今週末、林さんが一緒にご飯行こうって言ってたぞ。……三人で」
「え? なんで三人? せっかくだから吉本さんも呼ぼうよ」
「なんでさ。林さん、きっと俺のことだって邪魔なんだぜ」
「え、なんで?」
「それは……いや、こういうのは、黙っておいた方がいいのか……」由貴は一人、ごにょごにょ言っている。
「とにかく、吉本さんと四人で打ち上げしよう! うん、それがいい! 林さんに伝えておいてよ!」礼子はそう言うと、講義の行われる建物に向かって駆け出した。
「あ! そうだ! じゃあさ、玲子さんとこで打ち上げやろうよ!」
「礼子さん?」礼子は立ち止まる。そして気づいた。「玲子さんって蓮見玲子……ひっ、ダメダメ! それはなしっ!」礼子がかたくなに拒否する。
「なんでだよぉ! お前、知り合いなんだろ?」
「知り合いじゃないって言ったでしょう! 全然違う!」
 そう言い合いしているそばを、依子が通り過ぎる。蓮見玲子、というワードに反応し、チラッと礼子たちを見たが、そのまま行ってしまった。実はさっきまで、玲子として情報学部の講義を受けていたのである。依子は講義が終わった後も友達と話していて、やっと出てきたのだろう。
 礼子は依子の後姿を見てふぅ、と息を吐くと、くるりと回転して由貴の方を振り返った。
「回らないお寿司屋さん、連れて行ってもらおうよ!」
「お! それ、いいねぇ! そうだよな、それくらいしてもらってもいいよな! 俺たち、頑張ったもんなぁ!」由貴が嬉しそうである。
「そうだよぉ! ね、そうしよう!」礼子は上機嫌である。上機嫌は寿司のおかげではなく、玲子のファミレスに行かなくなったことが一番の要因ではあるが。
 礼子たちはそして、講義に向かう。これからまた、いつもの呪文を話しているような先生の講義が始まるのだ。

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