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『必要条件』と『十分条件』の使い方、知っていますか?

今回は必要条件と十分条件について取り上げますが、まずは早速、高校の教科書ではどのように定義されているかを見ていきましょう。

P ならば Q が成立するとき,Q を P の必要条件,P を Q の十分条件という.

多少の表現の違いがあるかもしれませんが、概ねこの通りかと思います。

論理学の上でのこの定義に正しいも正しくもないので、これ以上話すことはないし、それにケチをつけるつもりもありません。

ですが、実際に p と q に具体的な命題が入ると違和感を持つ場合があります。「英文法としては正しいかもしれないけど、英文として違和感がある」という状況に似ているかもしれません。

中一の英語の教科書に This is a pen. と出てきても、画期的なペンを開発したときならともかく、普通は絶対に言いません。小さい子がペンを持って「これなあに?」と聞いてきたときの答えは It's a pen. のはずです。

それと同じで、必要条件、十分条件にも普通は言わないでしょとなることがあります。

(注) ここから先の話は大学受験を控えている人は読まない方がいいです。受験では上記の定義が全てで、それ以外の情報を入れると無用な混乱を招くと思います。ですが、大学に入った後の入試に囚われない立場で読めばきっと役に立つと思います。

例えば、次のような定理があったとします。

定理.f(x) = ax^3 + bx^2 + cx を x の三次式とする(a, b, c は定数である).全ての整数 n に対して f(n) が整数となるための必要十分条件は,ある整数 p, q, r に対して f(x) = (p/6) x (x + 1)(x + 2) + (q/2) x (x + 1) + rx と表せることである.

勝手に定理にしちゃいましたが、この定理?を証明させる問題が1988年京都大学(文系)で出題されています。まあ、そのことは今はおいといて、

P: 全ての整数 n に対して f(n) が整数となる
Q: ある整数 p, q, r に対して f(x) = (p/6) x (x + 1)(x + 2) + (q/2) x (x + 1) + rx と表せる

とおくと、P ならば QQ ならば P の両方が成り立つと定理は言っているわけです。では、この定理を次のように書いてよいか?

定理.ある整数 p, q, r に対して f(x) = (p/6) x (x + 1)(x + 2) + (q/2) x (x + 1) + rx と表せるための必要十分条件は,全ての整数 n に対して f(n) が整数となることである.

上記の必要条件、十分条件の定義では答えは YES となりますが、実際には NO だと思います。何故か?

説明のために先ほどの定理を(慣れない)英語で書いてみます。

Theorem. f(n) is an integer for every integer n if and only if f(x) = (p/6) x (x + 1)(x + 2) + (q/2) x (x + 1) + rx for some integers p, q, and r.

こう書いたときに、2つの命題は対等ではありません。英文としては「全ての整数 n に対して f(n) が整数となる」が主節、「ある整数 p, q, r に対して f(x) = (p/6) x (x + 1)(x + 2) + (q/2) x (x + 1) + rx と表せる」が従属節で、あくまで主張したいことは主節にあります。

ですので,この英文は主節にある「全ての整数 n に対して f(n) が整数となる」という命題が成り立つか否かが関心ごとで、整数 p, q, r を用いて f(x) = (p/6) x (x + 1)(x + 2) + (q/2) x (x + 1) + rx と表せるならば成り立つし、表せないならば成り立たないと言っているわけです。

そして、必要条件や十分条件は通常、ある命題が成立するかしないかを議論するために使われる用語です。

すなわち、注目する命題 P があって、命題 Q が成立するときに P も成立する(いわゆる Q ならば P が成立する)ならば Q を P の十分条件といい、英語では P if Q. と書きます(If Q then P. と書くこともあります)。P を成立させるのに Q が成り立てば十分だというわけです。

命題 Q が成立しないときには P も成立しない(このとき、論理学的に P ならば Q が成立する)ときに Q を P の必要条件 と言って、英語では P only if Q. と書きます。P を成立させるには Q が成り立つことが必要というわけです。

Q が P の必要条件でも十分条件でもあるときに Q を P の必要十分条件と言って、英文では P if and only if Q. もしくは P iff Q. と書きます。そして、Q が P の十分条件であることを示すのが十分性の証明、必要条件であることを示すのが必要性の証明です。

ちなみに、二つの命題 P と Q があって、P ならば Q と Q ならば P の両方が成立していて、P と Q のどちらの命題も等しく注目すべき時には次のような表現を使うことができます。

Aを n 次正方行列とする.このとき,次の2つの命題は等価である。
(Let A be a square matrix of order n. Then, the following two statements are equivalent.)
・A は正則である,すなわち,逆行列を持つ.
 (A is regular, that has an inverse matrix.)
・det(A) ≠ 0.

この命題をもし「A is regular if and only if det(A) ≠ 0 (Aが正則であるための必要十分条件は,det(A) ≠ 0を満たすことである)」と書いた場合、Aが逆行列を持つ条件を他の角度から見てみようというニュアンスが含まれることになります。

さて、寄り道はほどほどにして、先ほどの英語で書いた定理 (Theorem) ですが、「ある整数 p, q, r に対して f(x) = (p/6) x (x + 1)(x + 2) + (q/2) x (x + 1) + rx と表せる」を主節とすることはあるでしょうか?

おそらくないと思います。

「ある整数 p, q, r に対して f(x) = (p/6) x (x + 1)(x + 2) + (q/2) x (x + 1) + rx と表せる」かどうかは、

f(x) = ax(x+1)(x+2) - ax(3x+2) + bx^2 + cx = ax(x+1)(x+2) + (b-3a) x^2 + (c-2a)x = ax(x+1)(x+2) + (b-3a) x(x+1) + (a+c-b) x                                           (*)

より、p = 6a, q=2(b-3a), r=a+c-b が全て整数になるかを判定すればわかります。簡単な話です。

一方、「全ての整数 n に対して f(n) が整数となる」ことを確認するのは一般に不可能です。(今回のように特殊な関数に対してのみ簡単となる。)

先ほどの定理は難しい命題を簡単な命題で条件付けするからこそ意味や価値があるのであり、簡単な命題を難しい命題で条件付けしても意味も価値もおそらくありません。

以上のことから、簡単な命題「ある整数 p, q, r に対して f(x) = (p/6) x (x + 1)(x + 2) + (q/2) x (x + 1) + rx と表せる」を主節にする=注目することはまずないでしょう。それが先ほど答えが「実際にはNO」と言った理由です。

さて、必要条件、十分条件の説明は終わりましたので、最後に定理の証明をしておきます。簡単です。

[十分性の証明] 任意の整数 n に対して
・n, n+1, n+2 のいずれかは3の倍数であり、
・n, n+1 のいずれかは2の倍数(偶数)であるので、
n(n+1)(n+2) は 6 の倍数、n(n+1) は 2 の倍数である。したがって、p, q, r が整数であるならば、任意の整数 n に対して f(n) = (p/6)n(n+1)(n+2) + (q/2)n(n+1) + rn は整数である。

[必要性の証明] 上記の式 (*) より、任意の実数 a, b, c に対して f(x) = ax^3 + bx^2 + cx はある実数 p, q, r を用いて f(x) = (p/6) x (x + 1)(x + 2) + (q/2) x (x + 1) + rx と表すことができる。ここで、仮定より f(-1) = -r は整数であるので r も整数である。f(-2) = q -2r は整数であるので q も整数である。f(-3) = -p + 3q -3r は整数であるので p も整数である。したがって、p, q, r は全て整数となり、必要性も成り立つ。

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