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夢歌1

9月、正午前だった。

日射しがつよく、地面は真っ白に乾いている。

周りに高い建物は一つもなく、向かい合う長屋の間には白い畝が並び、何本か立てられた支柱には干からびた蔓が巻きついている。

玄関の敷居を跨ぎ、薄暗い土間から表に踏み出した私はその眩しさに手をかざし、思わず下を向いた。

今日、1人の少女がこの土地を去る。もう会えない。

私は昨夜一睡もせず、彼女のために記憶の中の音楽をひたすら五線譜に起こした。これが私にできる唯一で最後のことだった。彼女にとってかけがえのない音楽だった。彼女は失われ戻らない楽器と楽譜を思い失望していた。私は別れの前に彼女の音楽をどうしても甦らせたかった。

俯いた目に、くすんだ白いブラウスと藍染のもんぺ、そして脇に抱えた楽譜の束が映った。

長屋を出て右へ曲がると土埃の煙る中に彼女が立っていた。白いブラウス、グレーのスカート、胸まである髪はお下げに編んでいた。

もう会えない。

たまらない気持ちになって、楽譜を手にしたまま彼女を抱きしめた。

ひと呼吸後に、彼女は

「苦しい」

と呟いた。

彼女が望んでいないことを察して、私は腕を解き彼女から離れた。黙って楽譜を渡した。彼女は私と視線を合わせず、ただ五線譜に視線を落とした。その瞬間、彼女の中で音楽が響き始めた。その音が私にもはっきり聞こえた。私たちは別れの言葉も言わず、互いに背を向け歩き始めた。明るいホールの舞台でピアノに向かい無心に鍵盤を叩き力強く美しい音楽を奏でている。それこそが彼女なんだと思う。この先の彼女に幸多かれと祈った。


彼女の美しい音楽をサイレンが打ち破った。我に返ると、すぐさま低い唸りが空から降りてくるのを感じて、咄嗟にバラックのような家に駆け込んだ。壁の隙間から漏れる光が翳る。頭を低くして床に伏せた。

だがもう逃げる場所はない。

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