夢洲IR差止住民訴訟「意見陳述書」

2022年10月18日
山田 明

 私は原告の山田明です。長年、地方行財政、とりわけ公共事業と財政を調査研究してきました。現在は名古屋市立大学名誉教授です。5年ほど前に名古屋から大阪に転居し、万博やIRカジノ誘致に揺れる夢洲開発に注目するようになりました。これまでの研究から夢洲の大規模開発に疑問に感じることが多く、情報公開請求などにより資料を集め、レポートや論文で発信してきました。
 大阪IR区域整備計画は4月下旬に国に申請されましたが、私を含め大阪市民5人がIR事業用地の定期借地権設定契約差し止めを求めて、大阪市に住民監査請求しました。大阪市監査委員は7月8日、監査委員の合議が調わなかったという監査結果を通知しました。つまり合議不調という結論で、請求に対する措置を勧告すべき、棄却すべきとする見解が並んでいました。通知で注目されるのが、監査請求書に対する大阪市の居直りと言える反論です。住民監査請求で、こうした反論は異例ではないでしょうか。
 合議不調という監査結果を踏まえ、私たち請求人は7月29日に提訴しました。住民訴訟のポイントを私なりに紹介します。土壌が汚染され、高層建築物などを想定していない、きわめて軟弱な地盤の大阪湾の埋立地・夢洲にIRカジノ施設を計画し、大阪市が底なしの財政負担することの違法性を問う訴訟です。主な請求趣旨は、大阪市が大阪IR会社に夢洲の土地を貸す定期借地権契約を締結してはならない、大阪市は夢洲の土地改良事業のために大阪IR会社に一切の支払いをしてはならない、という2点です。

 大阪市は港湾局が埋め立てた土地を売却する際には、土壌汚染などの契約不適合責任、土地担保責任を負わないことを原則としてきました。埋立地の売却後に土地対策が必要になっても、大阪市は原則として負担せず、購入者側の負担としてきました。大阪IR会社という特定企業だけ大阪市が土地対策費用を例外的に負担するのは、地方自治体の平等原則に反し、憲法第14条に違反するものです。
 大阪市は夢洲のIR予定地の土地課題対策のために、港営事業会計の債務負担行為により788億円の公費を投入します。大阪府・大阪市がIR事業者と締結した基本協定書によると、この788億円が事実上「上限」となっておらず、大阪市の免責について記載されていません。IR予定地の地盤沈下対策は、夢洲特有の軟弱地盤から巨額のコストがかかると思われますが、788億円の対策費には含まれていません。土地所有者としての大阪市の財政責任は、青天井とならざるを得ません。
 夢洲の埋立事業は港営事業会計において、独立採算で実施されるはずですが、巨額の債務負担行為により一般会計への負担転嫁も懸念されます。これらは地方自治法(2条14項)、地方財政法(4条1項、6条)、さらには地方公営企業法(3条、17条2項)の関連する条項に違反するものです。
私たち原告は、住民監査請求から住民訴訟へと、大阪市が夢洲へのIRカジノ誘致のために、底なしの財政負担をすることに異議を申し立て、差し止めを求めています。本住民訴訟について、時間が限られていますので、あと3点だけ指摘しておきます。

 第1に、災害の危険性を含めた夢洲リスクです。夢洲はゴミなどで埋め立てられた、軟弱な地盤です。そこにIRカジノ施設をつくり国際観光拠点にすることに無理があります。そのことはIR事業者も認めています。リスクの多い夢洲中央部の用途地域を準工業地域、工業地域から商業地域に、十分な検討もなく都市計画を変更したことが問題の発端といえます。無理を承知で誘致しようとして、大阪市は事業者の言いなりに、底なしの財政負担を押し付けられることになりました。IRカジノ事業は本来、大阪府が主体の事業ですが、夢洲の土地所有者として大阪市だけが財政責任を負わされています。大阪市という地方自治体の行政「暴走」に対して、裁判所に明確な判断を求めたいです。

 第2に、大阪IRカジノ誘致はIR整備法に規定されている住民合意が欠けています。説明会はコロナ禍により途中で中止となり、私も発言の機会を奪われました。住民の声を真摯に聞く姿勢が、大阪府や大阪市に見られませんでした。大阪弁護士会の今年2月25日の会長声明でも、住民の意見を聞く機会は極端に制限されており、住民の合意形成を得る手続きとしては不十分であると指摘しています。IRカジノ誘致の是非を問う住民投票を求める直接請求署名が、法定数を大幅に上回る20万筆あまり集まったことが、大阪府民の声を如実に示しています。

 第3に、大阪IRと言いますが、売上(収益)の8割はカジノ、賭博によるものです。大阪府・市にあわせて約1000億円の納付金が入り、財政メリットが強調されますが、その多くは賭博により住民から巻き上げられたお金です。横浜はIRカジノから撤退しましたが、神奈川新聞に掲載された元県会議長の言葉を思い出します。「(カジノ誘致に)反対理由の第1は、バクチで人から巻き上げた汚いカネを、横浜市が市民生活のために使うことに心が耐えらないからだ。」住民の福祉、命と暮らしを守ることが地方自治体の本務であるはずですが、カジノという賭博に肩入れして、深刻なギャンブル依存症を拡大させることには、到底納得できません。

 さいごに、大阪市がIR事業者を特別扱いして公金で地盤改良する根拠は、2017年に策定した「夢洲まちづくり構想」です。この構想で夢洲を物流拠点から国際観光拠点とする政策転換をしたのだから、IR事業者を特別扱いしても違法ではない、というのが大阪市の説明です。しかし、夢洲まちづくり構想と現在、国に申請されている区域整備計画は全く別物です。夢洲まちづくり構想は国際的エンターテインメント拠点の形成であり、「カジノ」という言葉はただ1回登場するだけです。国際的エンタメ拠点計画を根拠に、デジタルゲームマシン6400台という巨大パチンコ出店計画に公金を支出しようとしているのです。カジノでは犯罪収益をマネーロンダリング、資金洗浄するために巨額の金が動き、それが売り上げを押し上げているのは業界の常識です。「ギャンブル依存症対策をしっかりやる」などというきれいごとではすまないのがカジノの本質です。犯罪を摘発するのではなく、手助けするために自治体が公金を投じるのは理解不能です。
 これで意見陳述を終ります。


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