居酒屋繁盛異聞 旅が好き〜列車居酒屋〜         P59

4.関口 真奈美 センチメンタルジャーニー⑧

「雰囲気良いねぇ…」
 しみじみとみゃあ先輩が呟く。
「このご時世、なかなか旅行もできませんから……」
 烏龍茶のグラスを片手に私は答える。

「『桜の中を走る夜汽車』って風情…。う〜ん…ロマンだ……」
 酔いが冷めきらない、腫れぼったい目で窓の外に目を向ける。
 桜吹雪の中にライトアップされた富士山が見えた。
 霧笛が遠くから聞こえてきそう……

「『行春や鳥啼魚の目は泪』かな」
 先輩がポツリと呟いた。
「何ですか?」
 聞いた事が有るような…無いような……。
 う〜ん…
 思い出せない……

「芭蕉の俳句よ。春に旅立つ人との別れを惜しんだ句」
 富士山を見ながら先輩は泣いているのだろうか……。

私は先輩が泣いているのには気づかないふりで溶けかけたアイスにスプーンを入れる。

超絶硬いと有名なアイスだが溶けかければ食べやすい。
しばし、アイスと格闘しワサビの辛味を口から追い出した。

「今度はもう少し早く来ましょうよ。こんな閉店間際じゃ楽しいパフォーマンスが何も見れませんから…」
「パフォーマンス?」
 先輩は窓から視線を外した。
 もう、涙は見当たらない。
「いろいろ有るんですよ。ホームにいる売り子さんから料理を買ったり朗読劇が上演されたり…」
「へぇ~…。何だか楽しそうね」
「楽しいです。桜のライトアップ中に来ましょう!」

 私はスプーンを握りしめて力説する。
 先輩は笑いながら自分も溶けかけたアイスを口に入れた。

4.関口 真奈美 センチメンタルジャーニー 了


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5.ロベルト・シュンク ヤーパン紀行① に続く。

https://note.com/yumeoka_ayako/n/ncc0b5020bf4d




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