居酒屋繁盛異聞 旅が好き〜列車居酒屋〜 P51
3.山本 皐月 故郷は遠きにありて⑯
父はぼんやりとした視線を曾孫である優香に向ける。
「……誰ですか?」
今日は優香がわからないらしい。
「ひいじいちゃん、優香だよ。コレは茶太郎」
優香は持参した猫のぬいぐるみを差し出す。
リアルに近い姿の茶トラの仔猫のぬいぐるみだ。
「おぉ…! 茶太郎! 元気だったか?」
おやおや…曾孫より反応が良いとは……。
「茶太郎。昨夜の集会には参加したのかい?」
「うん。隣のクロの好きなコの話を聞いたよ」
「ほう…月はキレイだったか?」
「…んとねぇ……」
今日の優香は茶太郎の役だ。
噛み合っているような…チグハグなような…
二人とも楽しそうなのでそっとしておく。
父は夕方の日課の散歩に優香を連れてでかけた。
なんと!
「行ってきます」
と、言ってでかけたのだ。
『帰ります。お邪魔しました』
ではなく
『行ってきます』
と……
優香が一緒だったからかな?
念の為、優香には連絡用のGPS付きスマホを持たせ送り出す。
ぬいぐるみの猫まで一緒に出かけ、小一時間ほどで無事帰ってきた。
夕方には息子夫婦が優香を迎えがてら訪ねてきたので一緒に食卓を囲む。
麗らかな早春の朧月夜が空にかかっていた。
後日談
優香が持参した仔猫のぬいぐるみは父が離さなかったので、そのまま父の物になった。
そして父は『帰る』と言って遠出をしなくなった。
よほど気に入ったのか優香が持参した仔猫のぬいぐるみをお供に少し離れた緑の多い公園に行き、小一時間程休んでから
『ただいま』
と、言って帰ってくるようになった。
何がきっかけなのか……
その謎がわかるのは神様だけかもしれない。
3.山本 皐月 故郷は遠きにありて 了
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4.関口 真奈美 センチメンタルジャーニー①
へ続く
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