見出し画像

飲み始めた頃の思い出

最初の切っ掛け

最初にお断りしておきますが、決してジャブジャブ飲んでいる訳じゃありません。この頃はちょっと多い目ですが…。

私が居酒屋を初めて訪れたのは前回の記事にも登場した池袋の--ふくろ--でした。当時の絵描き仲間に教えてもらいました。記事の店は西口ですが東口美久仁小路にもあります。それまでは、大衆食堂で食事時にビールを飲むことはあっても居酒屋は未経験でした。

銀座で画廊巡りをした後や、都の美術館(当時上野)で所属していた団体の展示などがあって集まった後は普段気の合った仲間と帰路にここで飲みました。必ず複数で、教えてくれた本人も一人居酒屋はできないようでした。しかし何故か、自宅が近いこともあって、以後私は一人でも通うようになりました。おかげで当時やや肝臓を悪くしましたけど。三十年以上前のことです。

池袋西口居酒屋ふくろ三菱信託銀行筋入る

この酒場は早朝から開いていて、徹夜明けで納品することの多かった私は帰りに必ず立ち寄りました。店には住み分けみたいのがあってフロアが三階まであり、二階はサラリーマンを含めた一般、三階はグループと大まかに分かれていたようですが、上が開くのは午後三時からでして、朝から開いているのは一階。しかしそこは雑多な人が朝から飲んでいるので素人にはちょっと怖い雰囲気でした。私は何故かそこで恐るおそる飲み始めました。

ネットで色んなことを言われる現在ではもうそんなことはありません。女性が一人フラッと来て普通に飲んでいます。平和な世の中になりました。当時はここで揉め事があっても警察も相手にしないとかでして、私は店の中でそんな揉め事を見たことはありませんが、無いこともなかったようです。でなくても、イキがり屋あんちゃんは普通にいまして、いわゆる常連気取りが幅を利かせていました。あんたこの店何年だ--とよく訊かれました。昨日今日の新参者でしてと言って置くのが無難。常連を気取るなんてみっともないのは今ではすっかり見かけなくなりました。

ウスイさんの思い出

そんな時代、店を訪れると必ず見かける人が居ました。薄茶色の縞のシャツを着て下は黒いズボンで大体いつも同じ格好。小太りでやや禿げ。腹が出ていて身体はそんなに大きくないけどちょっと貫禄がある。午前も午後も見かけて、来ると各カウンターに必ずのように挨拶して回るような人でした。

何をしている人が分からなかったのですが店で知らぬ者はない。カウンターのお姉さんにそれとなく訊いてみると手配師だとか。世間知らずの私は当時手配師の意味を知りませんでした。夜の手配師とかいう映画もありましたね。でもそっちじゃないようです。

全然怖くなく、いつも見かけるのでちょこっと挨拶をすると必ず笑顔で頷いてくれる人でした。いつか偶然隣り合わせたことがあって、その時につらつらと教えてもらいました。元は九州のようですが、15の時に地元のややこしい人を相手に事件を起こして、そのまま地元に居るとヤバいと言うので東京へ逃げてきたそうです。行く当てもなくブラブラしていたら当時の手配師に拾われて、以後はずっとその世界だそうでした。ドヤの世界ですね。で、自分も手配師になったとか。名前はウスイさん。字はわかりません。臼井か薄井か。多分どっちかでしょう。

この話が嘘ではないだろうなと思うのは偶然あるシーンを見たからです。他人の喧嘩の仲裁をしていたようでした。それがものすごい迫力。サラリーマンとどこかの職人のトラブルのようでしたが、つんざくような啖呵を切りながらサラリーマンを押し下げて、振り向くなり一方の男に往復ビンタを食らわせ、そのままの勢いで何かを吠えまくっていました。興味深いのはサラリーマンには啖呵を切ってもビンタを飛ばさないのです。

「さっさと帰れ!」

サラリーマンに怒鳴ってたじろがせ、一方の男には

「お前は俺と来い!四の五の言うな!俺に着いてこい!一杯飲ましたる」

と言って引き連れて行きました。

その迫力はまず素人には無理でした。

そんな人なので周辺の大方は知っている。この人の顔があった時は、だから安心して飲めるのでした。そんな人に一度だけ

「あんたちょいちょい見かけるけど、そんなに昼間っから飲んでたらダメだよ」

と言われたことがありました。細かいことは説明せずに、なるべくそうしますと頷くにとどめました。

そのウスイさんを、ある時期からぷっつり見かけなくなりました。どうしたのかと思っていたら、ある日池袋の某交差点の向こうから歩いてくるウスイさんとバッタリ遭遇しました。ところが以前と全く別人のように痩せて小さくなっていました。着ている服は相変わらずでしたが。

「やあ、ウスイさん、久しぶりですね、お元気ですか」

と挨拶しましたが

「元気じゃねえよ」

と笑いながら去って行きました。後で聞くとどうやら肝臓かどこかを悪くして入院していたようです。そりゃ毎日飲んでいたらね。その後は一度だけ店で見かけましたが、私の顔を見てニコッとしただけで出て行きました。

「あのオッサン、ここの常連か」

並びに座っていたあんちゃん風がそう訊きますので、常連と言うか、皆知っている人だけど、昔は迫力のある人で--とそこまで言いかけたら

「みたいなこと言うとったけど、それは昔の話や、昔がどうのいうたらあかん」

と得意げに飲んでいました。何故か大阪弁でしたが…。知らない人が段々増えるなと思いつつちょっとしみっとした酒を飲みましたね。

今では客はもとより店側でもこの人を知る者は居ません。遥か昔のことです。今はすっかり平和で落ち着いた女性一人でも飲める普通の居酒屋さんになりました。

ホッピーセットのこと

先日の記事に絡んでちょっと余談です。

ホッピーを注文する時、セットを--ナカ--といい、ホッピーだけの注文を--ソト--と呼ぶそうだとの記事を書きましたが、セットはあくまでセット、焼酎をナカ、ホッピーだけをソトというのが正解だそうです。

うーん、慣れないで申し訳ないです。因みにこの記事の--ふくろ--ではそのような呼び方はずっとしておりませんでした。多分いまでもしていないと思います。他の店で飲むようになって初めて聞きました。なので私にはその習慣が付きませんでした。いつ頃からそう言い始めたのか、ホッピーをイッチの最初に飲み始めたのはどこ辺りだったのか、ちょっと興味深いですね。

のんべえにに乾杯!

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?