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おいしくないラーメンの話


 ラーメンと名の付くものは大抵美味しい。カツオや鶏がらまたは豚骨等から出汁を取り、しょうゆで味付けたスープ。形状は様々だが小麦が練りこまれた麺、変わり種はあるものの、この二種類の組み合わせで不味くなりようがない。おいしいものは脂肪と糖でできている、とからだすこやか茶も言っていた。そう思う。
 だが、時折存在する。おいしくないラーメンが。仮にもラーメンの名前を冠しているのに、美味しいと思えないラーメンが。脂肪と糖を満たしているのに適わなかったラーメンが。今回は私の人生で登場したおいしくないラーメン三選を紹介したい。

給食のラーメン
 一選目は給食の味噌ラーメンだ。なんか、これはもう仕方がない。成長盛りのこどもに対して、栄養価があり、広く行き渡り、こどもが扱いやすい食品の形を考えた場合、こうなるというしょうがなさがある。給食として提供されたものの味を市場に比する時点でナンセンスでもある。そう言ってしまったらどうしようもないのだけれど。けれどおいしいメニューもあった。今も覚えているのは、小魚と煮豆のゴマ甘辛炒め。あれは本当においしかった。あとフルーツポンチやハンバーグの中に茹でたまごが入ったやつ、甘口のカレー、わかめごはんやちゃめしなどはおかわりした。給食センターの努力でおいしく食べれたものはいくつもあった。ただラーメンは限界があった。あの、ぐんにゃりと生温いソフト麺。あれが味噌スープに混ざるとスープがぬるくなり、茹で上がったソフト麺の粘っこさを増長させた。味噌スープは美味しいのだ。給食の大きなメリット、大釜でたくさんの具を茹でることで得られるうまみがふんだんに効いていた。でも麺が本当においしくなかった。小麦の味は申し分なかったけれど、とにかく麺がつぶれつながりぶちぶちと切れ、すするのも難しく、美味しさとはつながりづらかった。なんとなく周りもこれはさあ、みたいな顔をしていた。
でも好きだった。おいしくないラーメンが。麺の日は毎週木曜日だったから、水曜日の夜に献立表を見て「みそラーメン」と書いてあると、期待はしないものの、別に落ち込むこともなかった。五時間目が体育だったときはそれなりの存在感で胃に居座っていたものの。

学食のラーメン
 二選目は大学の学生食堂のラーメンだ。あれはおいしくなかった。弊大学の学食が美味しいと評価されていることは聞いたことない。しかし栄養学科があったおかげで、栄養バランスの表示がレシートに記されるような配慮があり、それぞれの料理に赤・黄・緑の三大栄養素のラベルが貼ってあった。食事に気をつけていた人は大変ありがたかったことだろう。私が守ったことは無い。甘いものが好きな酒飲みに栄養素は頑張れない。
 だが大学生協の売店に並ぶパン屋のパンは焼き立ても多くおいしかったり、食堂も季節限定や地域特集のようなものもあり、大変努力はしていた。メニューによってはそれなりに美味しかった。でもラーメンは美味しくなかった。
 スープもまあ濃いだけの醤油味であるのだが、麺がびっくりするほどおいしくない。給食のラーメンと違ってのびのびではないのだが、冷凍した小さな直方体型の麺を解凍して使用しており、その味がなんとも嫌だった。形だけ見るとちぢれ麺のような趣があるのだが、味がしない。コシはないのに、ちぢれの塊になっている部分がイヤに硬い。ちぢれているくせにスープにまったく絡まない。とにかく麺がすべてのクオリティを落としていた。トップバリューの袋麺の方がうまい(というかトップバリューの袋麺が個人的に好き)ラーメンは麺よりスープと言うが、麺の質でスープも台無しにすることが分かった。
でも好きだった。「学食のラーメン本当においしくないよな」と言いながら食べていた。今日こそは別のメニューに挑戦しようと心に決めては、黄色に大きく偏ったレシートを受け取り、おいしくないラーメンをすすっていた。

職場近くのラーメン
 最後は職場の近くのラーメン屋だ。板橋の首都高沿いにある職場のビルから歩いて3分の中華屋。そこはいわゆる古き良き町中華で、じいちゃんばかり来ており、近くで仕事をしているサラリーマンが通うような店でもなかった。本場の店でもなく、中も日本式。新聞とキングダムの単行本が詰まれており、赤いカウンターと四人掛けの席がいくつかあった。そこのラーメンがおいしくなかった。薄い。味が薄すぎる。初めて食べたときは、あまりの薄さに何か入れ忘れたのではないかと疑った。そんなわけないだろと言いたいほど薄かった。トッピングの硬い卵も、味が染みているものではないし、チャーシューも薄い。初めてラーメンを食べて明確に「損した」と感じた。これはおいしくないとかではない。そもそも味がしない。麺はやわらかい細麺であまり好みではないけどまあ許せる。好みの範疇で収まる感じがする。スープの味が薄すぎることがこんなに悲しいとは。流行り病が猛威を振るっていた時期でもあったので、最初はそれを疑ったくらいだった。後日五目そばを頼んでみたが、この五目そばの塩味が醤油よりもさらに薄く、本当に塩少量の味しかなくて、胡椒をありえないほどかけながら、薄くかたいタケノコと味の薄さに対してぶ厚めのピーマンを泣きながら食べた。誇張表現ではなく、本当に食べきるのがつらくて涙が出た。後日改めて醤油ラーメンを頼んだら、五目そばよりは味がしたので、まあ恵まれてる方かと思い食べられるようになった。油が浮いている様子は一切なかった。
 でも好きだった。定期的に食べに行った。なんとなくラーメンを食べたいが味の濃いものは避けたいとき、お粥のような感覚で食べていた。今は転職してしまい、あのラーメンは食べれていない。

 このように私の記憶に強烈な思い出を残すラーメンたちは、なんならうまいラーメンよりも鮮烈に味を思い出すことができ、舌に残っている。確かにおいしくなかった、おいしくないけど好きだった。もう食べれないものばかりだ。時折懐かしんでいる。おいしくない好きなラーメンたちを。

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