夜行バスの旅情

 バスタ新宿は混んでいた。人がごった返しになっており、待合室の椅子は全て埋まっていた。3月末の移動だけあってか、人の数と同じだけのキャリーケースが跋扈し、椅子がないからと仕方なしにキャリーケースに腰をかけている人もいた。音声のアナウンスや案内員の肉声で時間とバスの号車と行き先がひっきりなしに告げられた。バスは少しの遅れも許さないようだった。ばらばらと荷物を持った客がやってきては、行き先さまざまなバスが一塊の客を掻っ攫っていく。入れ替わりの激しい待合室と、旅立つバスと、アナウンス。その空間には急かされるように座ったり立ち上がったりしながら、重い荷物を抱える不安げな面持ちの人が多くいた。ああ、一緒なんだなとぼんやりと思った。旅立つ夜行バスを待つバスタ新宿には、旅に伴う感慨の一種がカオスに混じり合っていると思う。

 自分の乗る夜行バスのアナウンスがされて、リュックサックを抱え直しながら、のろのろと近づいていった。シートに腰掛け体勢を整える。初めての夜行バスにそわそわと落ち着かない心と、この地を離れ遠くへ行く一抹の寂しさ。それらを複雑に抱えながら、バスの振動を感じていた。ちょうどそのとき、親に「大学生のうちに読んでおきなよ」と言われた『深夜特急』を大慌てで読んでいる大学を卒業した3月だったものだから、日本で移動できるだけマシだと、一人旅の不安をおさえていた。そうしてバスは走り出した。

 寝れなかった。防犯のために荷物を守りつつ、足を伸ばせる限界を探り、前の席のフッドレストを開き、背中側を倒す角度を調整し、全然寝れなかった。良い体勢が見つからない。どうするんだこれ。夜行バスに漂うノスタルジックな望郷を楽しむ暇はなかった。大きく揺れる度に腰に響く振動を感じながら、三列独立の中央の席という窓も見えず何も楽しみがないなかで、どうしようもなく終わった。

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