バズる、第一印象、七五調


日賀隆也(ひがたかや)は緊張していた。

初めてのオフ会。それもサシ。相手はたぶん女性。約二十年ほど生きてきて、これほど、『それらしい』ことは初めてだ。

いや、そう思うのは下心ではないか。相手はただ純粋に隆也の俳句が良いと思ってるだけの可能性もある。

そう隆也は、俳句を投稿している。SNSで。

フォロアーは多くない。数百人。盛った。百数十人。

その少ないフォロアーの中で一人だけ、いつも俳句を投稿するとRTしてくれる人が居る。それが今日会う人だ。『ミヤコ@低浮上』さん、おそらく女性。いや関係ない。喉が渇く。

夕方、駅前、繁華街。
人混みが煩わしくなってきて、隆也は汗ばむ手を握ったり開いたりしながら、周りをキョロキョロと見回している。スーツの人ばかり。スマホを触る。SNSには変化なし。

「捻人さんですか?」

横からの声に反射的に振り向く。捻人は隆也のHNだ。

女性が居た。身長は隆也より少し低い。
眼鏡。黒くて艶のあるウェーブした髪。なんだか、おしゃれそうな服。

隆也は自分の服を見下ろした。服が上から下まで黒いことがおかしいことだと今、初めて気づいた。だがもう遅い。

あ、と情けなく前置きしてから隆也は口を開いた。

「ミヤコ…さん?」

女性は、にぃ、と笑った。

「そうでぇす」

女性。そう、彼女は女性だった。きっと、隆也よりいくらか年上で、社会人だ。

隆也は何か言おうと思ったが、何も言葉が出てこない。視線はミヤコの胸部に吸い寄せられている。反射的なものだが、隆也は大きいと思った。

「捻人さぁん、あんまり女性の胸をじろじろ見ないほうが良いと思いますよ?」

隆也の身体がビクッ、と跳ねた。同時にヒュッ、と息を吸い込む音がして、罪悪感が肺に満ちた。

「あっ、ごご、ごめんなさい!」

隆也の謝罪にも、彼女の顔は変わらず、喜色の笑顔だ。

「いいですよぉ」

「は、はい」

隆也は何がいいのか分からなかったが、ミヤコは構わず続けた。

「じゃあ、喫茶店でも行きますかぁ?」

「あ、は、はい」

隆也はミヤコと連れだって歩くことになる。ミヤコは、隆也の横にピッタリとくっついた。シャンプーか、それ以外の香りがして隆也の喉がグッと鳴った。ミヤコの胸ではネックレスが揺れている。

「好きなんですねぇ」

隆也は何も言えない、文脈が分からず、変な声だけが出た。

「おっぱい」

んぐ、と自分の息の音だけが聞こえた。ミヤコはまだ、喜色の笑みだ。

その後の喫茶店では、何を話したか覚えていない。
大学とか、親とか友達とか、心底どうでもいいことを話した気がする。ミヤコはずっと笑顔だった。

いつの間にか夜。カラオケ。個室。電気が暗い。
隆也は真横のミヤコの体温を感じる。『そういう』雰囲気だ。

「捻人さん、なに歌います?」

ソファの上でミヤコは電子目録を手にとって、隆也に見せるように体を密着させた。

魅力的な眼鏡の隙間から、ミヤコの黒い目が見つめている。するりと落ちた鼻の下には、赤い、口紅で彩られた唇がある。その下、細い顎の向こうでは、重く柔らかなものが、隆也の身体に押し付けられている。

喉が渇く

「あ、あの…」

「また、見てます?」

「い、いや…」

「いいんですよ?」

ミヤコは笑顔だ。
それでも隆也はよくないと思った。

「あっ!あの、よくない…です」

隆也は体を離した。
ミヤコの笑顔が消えた。

「なにが?」

笑顔ではないミヤコの顔は、ぞっとするほど美しい。

「なにが、よくないの?」

「あ、え、と。まだ、お互いのこと、全然知らいないし…」

ミヤコの目だけが細まる。
隆也が拒絶するようにソファの上に立てた膝に、ミヤコの手が這った。

「ちょ」

ミヤコは隆也の太ももの感触をたっぷり楽しんだあと、ズボンのポケットから財布を抜き取ると、中からプラスチックのカードを取り出した。

「んー、…タカヤくん」

「は、はい」

「わたし、八束京子(やつかきょうこ)」

京子は財布をテーブルへ置くと、体をかぶせるように隆也へ迫った。

「これでいい?」

吐息が隆也の頬をかすめ、体にはどこともしれない柔らかさがのしかかっている。ずくずくと血が回って、下半身に集まっているのが分かる。

「よ、よくないです…」

「どうして?」

京子の手が内ももに入り、ズボンの上からギリギリの場所を撫でる。隆也は声を出さないようにするだけで精一杯だ。

「ずっと、セックスしたいって言ってたじゃないですか」

「い、ってないです…」

「ツイッターでも、喫茶店でも、『俺はこんなに特別なんだ、こんなに強いんだ』ってアピールしてたじゃないですか」

するすると京子がズボンを撫でるたびに出そうになる声を隆也は必死に耐えた。代わりに反論する機会を失う。

「だからぁ、いいんですよ。いっぱい好きなことして」

ミヤコの、京子の黒い目が、隆也を溶かす。

「わたしに、いっぱい酷いことして、いっぱい気持ちよくなっていいんですよ?」

ずくり、と下半身が熱くなる。隆也は今すぐ手を伸ばして、目の前の柔らかいものをむちゃくちゃにしたい欲求に駆られる。

「ぼく、は…」

「僕?オレじゃなかったですか?ほら、お・れ。オレですよ?」

「おれ…」

「そうです」

「俺は…」

無意識に伸ばした手が京子の肩に当たる。細く、僅かな骨と、柔らかい肉でできている。掴む。指が肉に食い込む。

「んぅ…」

京子は目を細め、声を出す。高く、誘うような声だ。

ふぅ、ふぅ、と息の音がする。自分だ。京子の女の体に、自分が知らなかった自分が引きずり出されていることを、隆也の理性だけが認識した。

だが何も出来ない。

「うふ、したいんですよね…ほら」

京子がそう言いながら自分の背に手を回すと、何かが外れ、ひときわ柔らかい重みが隆也の太ももに乗った。

「どうぞぉ」

京子が隆也の手を取って、自分の胸に下からあてがう。

「ふっ…!」

隆也はわけも分からずうめいた。重み。感触。何もかも全部どうでも良くなりそうだと感じた。理性は、何かどうでも良くないことがあるのかと、ほんの僅かだけ考えた。そして気づいた。

「…あっ、あぁ、」

隆也は手を離して後ずさった。柔らかく甘い毒から。

真っ黒い目が隆也を見ている。

「どうしたんですかぁ?」

声だけは変わらず甘い。だが、その表情はまた消え去った。怒りでも、困惑でもない。ただの無表情だ。

ぶぅん、と空調の音して、隆也は恐怖から口を開いた。

「ぼ、くを…壊そうとしている」

少し間を置くと、ミヤコは、にぃ、と笑って舌を出した。

「…正解でぇす。」

ミヤコの出した舌には、金属が嵌っていた。舌ピアス。
ずくずくと、また血がめぐる。ダメだと思った。
手が伸びてくる。

「こわい…」

「知ってる」

表情のないミヤコは死にそうなほど綺麗だった。

【終】

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