マガジンのカバー画像

ピリポ寿司エンジン

22
SF(スシ・フィクション)小説『ピリポ寿司エンジン』の連載です。
運営しているクリエイター

記事一覧

ピリポ寿司エンジン

3 シュ。 軽い音がして重厚な扉が開く。アイスフィッシュから持たされたキーがまだ有効だった事に安堵する。 アイスフィッシュが暮らしていた部屋らしい。これで一息つけるし、上手くいけば地図や情報端末が残っている可能性もある。 おれは部屋の中にいる初老の男と目が合った。 目に見えて狼狽える男以上に、おれは愕然としていた。アイスフィッシュは、実家のキーを寄越したのだ。 「だ、誰だ君は、どうやって」 おれは背中に冷や汗を感じるが、取り繕う。これでも修羅場はくぐってきた。ま

ピリポ寿司エンジン

2 旧築地へ行くには、地下鉄が最も手っ取り早い。 寿司モーターは低騒音無公害低燃費。大量に吐き出される廃棄チラシはなんと呼ぶべきだろうか。この世界でそれを見つけたやつは誰も居ない。 廃棄チラシ、廃棄チラシ、廃棄チラシ。目の前の席に座る、髪を二色に染め色違いの制服を着る女学生の持つスパイシーな揚げ物は?また母と連れ立って座るあの子供の手に持つバニラ風味の飲み物は?野球チームの帽子をかぶった無遠慮な男がひときわ音を立てて食べるスナックは? 崩され固め味をつけて色を変えた、

ピリポ寿司エンジン

第3部 さようなら、いままでお寿司をありがとう。 築地・コアへの侵入は驚くほど簡単だった。 それもそうだ。国籍も所属も全く違う船やトラックが大量に出入りしている。何より宝石のような魚介類に比べ、それを運ぶ労働者達の無価値と言ったらない。 おれもそんな無価値の人物の1人になりすまして侵入した。無価値なのは紛れもない事実だ。 共用のトイレに入り白衣に伊達メガネにチャチな偽造IDをつける。スパイ映画みたいだが、このIDのバーコードは『コメコメポップン』(108東京円)のもの

ピリポ寿司エンジン

7 「というわけで、おれは築地・コアへ向かう。」 エッグとアイスフィッシュは驚いた顔でおれを見ている。当然だろう。命を狙ってきた奴らの本拠地へ行くと言っているのだ。 「まず、何故だ?」 エッグは理由を聞く。 「ヤクザだからさ。」 おれはムラタを担いで弾をポケットに入れた。アイスフィッシュは俯いている。が、感づいているだろう。頭のいいやつだ。 「ジャブジー、生きてるの?」 アイスフィッシュがポツリと言った。 エッグはハッとしておれの顔を見た。 「俺も行く」

ピリポ寿司エンジン

6 暗い道だ。 だがこの町が暗いのは仕方ない。地下だからだ。おれはずんずんと淀んだ空気を体に受けて歩く。 廃棄チラシを荷台に載せた男とすれ違い、大きなかごを頭に載せた女性を避けて濡れた壁に手をついてなお進む。 甘い煙の匂いがする奥まった路地の一角。 「じじいは居るか?」 「え、首長ですか。もちろん。」 従者は洗濯かごをもって首長のじじいのスペースから出てきたところだ。それ以上何も言わずにスペースに入り込む。 「聞きたいことがある」 大量の煙に紛れて姿がよく見

ピリポ寿司エンジン

5 チラチラと光が見える 鰯の群れを海底から眺めるような眩しさだ。視界が霞んで光以外見えない。きっと活きがいい。俺もいつか鰯を握ってみたい。 (あっ) (よかった。目を覚ましたか) 遠くから声がする。アイスフィッシュとシロワニだろうか。ここはどこだ。 とつぜん、頬に冷たいものが触れてはっとする。濡れた布だ。人の顔が見える。黒い髪に真っ白な肌。 「アイスフィッシュ」 霞が晴れるように音も視界も帰ってくる。 「エッグ」 「俺、」 集合寿司意識。寿司の夢。寿司

ピリポ寿司エンジン

4 今日は真夏日だ。窓の外は白く染まり、冬の訪れを告げている。 ストーブに火を入れると窓の外から桜の花びらが一枚、店内に吹き込んできた。きっと通りは真っ赤に染まった紅葉が並びそれは美しいだろう。 「やってますか?」 「いらっしゃい。どうぞ」 俺は客を自分の前の席へ案内する。歳は30と少し、疲れている様子だ。知的な雰囲気に無精髭に隈。いかにも研究者で徹夜をしてきた、と言ってるようだ。体調はお世辞にも良さそうとはいえない。 「何にしましょう」 「適当に握ってください

ピリポ寿司エンジン

3 この両腕を切り落とし、今すぐ赦しを乞うべきだ 一体誰に?醜悪なるイミテーションは次の神。あたしの技とプライドと、目に見えない全てを吸って生まれた呪いの忌み子。 ピリポさん、見ないでください。これはあたしの罪だから。 「ハイオク寿司」 もはや戻って返せぬ道に、名前をつけて封じ込める。寿司を殺せど、願わくば未来だけは守ってほしいと。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 蒼白な顔だ。長崎。間違いないだろう。特殊、いや原子爆弾か。忌々しいと

ピリポ寿司エンジン

2 「何してんだじいさん」 こいつは4番街でも特別厄介なガリだ。つい先日も店の前で廃棄チラシのトラックを襲い、火をつけた。4番街はどんどん悪くなる。わしが生まれたときから、良くなったことなんて無い。 「見世物じゃない。」 口ではそう言っても追い返したりはしなかった。わしも昔はどうしようもないガリだった。しかし寿司に救われたのだ、一時的に。 左手で廃棄チラシを掬うと、右手で山葵を付けた蒲鉾(魚肉をすり潰して成形したもの)を乗せ、少し形を整える。 「握り寿司か?」

ピリポ寿司エンジン

第二部 ジローは寿司の夢を見るか? 今日は真夏日だ。店の外は我が世を叫ぶ蝉の声。窓を開けても風はぬるく、夕立の気配を含みなお暑い。 「やってますか?」 「いらっしゃい。どうぞ」 暖簾をくぐったのは一人の男。三十は過ぎて少し、くたびれているが知性が覗く。人に物を教えるか、ものを研究しているか。二つに一つと言った具合。 「いやぁ、暑いですね」 「それはもう。何にしましょう。」 「適当に握ってください。」 「へい」 一目見る。窓の外の朝顔を、見ている目元が泳いで流

ピリポ寿司エンジン

12 ウ・ウ・ウ・ウ・ン 特徴的な駆動音が地下空間に響く。 「寿司排出音ですね。」 従者は無数のパイプがはしる天井を一瞥して、また歩き出した。 「ここからは、本当に、本当に見せたくないものです。私は首長を尊敬しています。ですが、この判断が正しいとはとても思えない。」 温和だった従者の表情は厳しいものになり、怒りか、敵意のようなものが見え隠れしている。しばらく進むと、パイプだらけの天井と壁は次第に不気味な模様と飾りが目立つようになる。 パイプに結び付けられているの

ピリポ寿司エンジン

11 「先行研究の論文を調べた時、私と同じテーマの研究を見つけた。それも、いくつも。でも全てN>T想定の解明のため新島ピリポの研究を再検討する所で止まっていた。」 誰も何も言わない。俺も彼女の境遇を飲み込めていない。築地コアの時点で無理だ。海から来た人魚姫だと言われていたほうがまだ上手く理解できる。 「・・・。」 彼女が何も言わないということは話は終わったのか。 「ちょと、まつ」 首長は床を二度叩き従者を呼んだ。そして首長が耳打ちをすると従者が2度か3度聞き直した

ピリポ寿司エンジン

10 私は築地研究地帯で研究者として働く夫婦のもとで生まれた。築地研究地帯はコアの内部でも特別重要な施設で、私が育つ中で見た景色はずっと続く白い壁と、窓から見える海と、色とりどりの海鮮だけだった。自然と寿司物理学に興味を持ち旧東京大学での寿司物理学修士課程を通信教育と論文提出で14歳で終えた。友達は居ない。他人より寿司物理学のほうが興味があるからだ。 私はたまに他人から言われる寂しい人生だとか潤いがない等の指摘を的外れだと思う。私は寿司物理学を愛して何よりも満たされている

ピリポ寿司エンジン

9 築地深海の繁華街はまるで色とりどりの発光クラゲが群れているように虹色の光をコンクリートの地底に反射させていた。赤い光の下では活気に溢れた店主が列に並ぶ人に廃棄チラシの粥と何らかのチケットを交換している。また青い光の下では露出の多い服を着た女性がタバコをふかして道行く人に流し目を送っている。黄色の光の下ではチケットと品物が飛び交い、人だかりが出来ていた。 どの通りも人の流れが尽きず、ひっきりなしに店に入り出ては行き交っている。俺は月に一度の4番街名物のジャンク市を思い出