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【レビュー】早見沙織「白と花束」 ~闇があるから光がある~

また1つ、この世に名盤が生まれた。
声優、アーティストとして精力的に活躍する早見沙織さんのフルアルバム、『白と花束』だ。

実のところ、アルバムが手元に届くまで私は少し不安を感じていた。
本作では“アーティスト・早見沙織”の色が薄らぐのではないかと思っていたからだ。

早見さんは2021年以降デジタルシングルを5曲発表していいて、そのうち4曲に大型タイアップがついている。
もちろんそれらが良曲であることは重々承知している。
ただどうしてもタイアップ曲はタイアップ作品の色が入ってきてしまうから1枚のアルバムにまとめるのは大変な作業であるし、2020年に発売されたノンタイアップ曲が集められている2枚のミニアルバム『シスターシティーズ』『GARDEN』には及ばないのではないかと思っていた。

だが蓋を開けてみれば、そんなことは杞憂であった。
様々な楽曲が収録されているにもかかわらず、『白と花束』というタイトルが示すように1曲1曲が1つの花束となっているのだ。


闇があるから光がある

今回のアルバムのテーマである。
歌詞カードを開くと、早見さんのこれまでの作品にはなかった重みがあって胸が苦しくなる。

だって「闇があるから光がある」だなんて、実際に闇を見たことがある人にしか言えないセリフだ。
他人への共感だけで何曲も描けるテーマじゃない。

以前noteでも書いた通り私は数年前に適応障害を経験していて、『白と花束』を聴くと必然的に当時の気持ちを思い出す。
ただそれよりも前の、まだ光しか知らない頃の私だったらいまいち理解できない感覚だとも思う。

早見さんはリスアニ等のインタビューの中で、今回のアルバムのテーマを「ずっと抱えてきた想い」だと語っている。
ただ一方で「5年前だったら生まれてない、今だからできた1枚」とも言っている。

きっとこれまでの人生で早見さんが見てきた闇は1つではないのだろう。
自分のこと、他人のこと、双方含めていろいろな闇を見てきて、いろいろと考えて、そしてまたこの5年間の間にもう一度深い闇を味わったのかもしれない。


喪失感の先にある「記憶の海」

早見さんが「闇」という言葉を積極的に使うようになったのは比較的最近のことだ。
(各種インタビューでは「2021年以降」と記されている。)
今年の年初に開催されたライブ「Hayami Saori Special Live 2023 Before Dawn-夜明けに君と」でも、MCで何度か「闇」という言葉を口にしていて印象的だった。

そして今回のアルバム収録曲のなかでも顕著に「闇」が現れているのは、リード曲である『abyss』である。
特に「戻れないなら 壊していいよ」から始まるCメロは、闇の真ん中で必死にもがき、悲痛に叫ぶ姿が描かれている。

Ani-PASS #21のインタビューでは「なにかを失ってしまうこと」「人生の中で必ず訪れる喪失とその心の波や動き」と語っている。
つまり「闇」は「喪失」によってもたらされるものである。
さらに早見さんは、喪失感に見舞われているときに思考を繰り返す状況のことを「記憶の海」と呼んでいるという。

早見さんのような素敵な人が苦しむ姿を私は想像したくないけれど、やっぱり大切な何かを喪失した経験があろう。
そしてそのつらい記憶を忘れるのではなく、あえて向き合う。
向き合い続ける。
光を感じるまで、闇に落ち続ける。

とても勇気があって、強い人だ。


光は混ぜると白になる

絵の具はたくさんの色を混ぜると黒になる。
だが光の場合は白になる。

思えば『curtain』はまばゆい真っ白な光を詰め込んだような楽曲だった。
「どこまでもずっと」「あなたと隣で一緒に」。
この曲を聴いた際「私もこんな風に幸せを感じられるといいな」と思ったものだ。

『curtain』はずっとライブやイベントのみで歌唱されてきて、今回のアルバムにも収録はされなかった。
収録するにはあまりに眩すぎたのだろう。

『白と花束』のもう1つのテーマは「光」でもあるけれど、『curtain』ほどに真っ白な曲はない。
光を歌っているという『Ordinary』も「泣き疲れたね」から始まるし、今回作詞を手掛けた『フロレセンス』や『はじまりのうた』にも「さよなら」「傷」「痛み」といったネガティブな表現がいくつも登場する。

ジャケット写真を見返せば、早見さんが手に持っている花は、中央に配置された白いラナンキュラスを除いてほとんどは紫、青、深紅などくすんだ色合いだ。
イチゴはまだ熟していないし、バラは力を失ったように下を向いている。

くすんだ色、けして盛りではない光や闇が集まって、最終的に白になるのだ。




“アーティスト・早見沙織”による新しい名盤、『白と花束』。
聴けば聴くほど、闇の中に光を感じられるような感覚に陥る。

こうして私が記事を書いている今も、誰かの心に光を届けているのだろう。
そして早見さん自身にも温かい光が舞い降りていることを心から祈っている。


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本記事を書くにあたり、いろいろとインタビューを参考にさせていただきました!
特にAni-PASS #21は超ロングインタビューで撮りおろし写真もたくさんあるので、ぜひまだの方は買ってみてください。


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