雪嫌いの女(前編)【リハビリ投稿】


目覚ましを止めた瞬間、なんだか嫌な予感がした。
布団から出ている顔や肩に、昨日とは明らかに違う寒さが纏わりついていて、17度を下回った時にしか起動しないはずのストーブが大きな音を立てていた。
本当はもうわかっていたけれど、僅かな望みは捨てずにカーテンを開く。
「・・・やっぱ、そうだよね」
カーテンの向こう側には真っ白な雪景色が広がっていた。

ついに、私の一番嫌いな季節がやってきてしまったのだ。

「さっむ!!」
本当はまだ布団から出たくない。
けれど、残念ながら私は社会人で、今日は間違いなく出勤日だった。
泣く泣く布団から出た後は、冷え切った廊下をつま先立ちて歩きながら洗面台まで向かった。
洗顔クリームがそろそろ無くなりそうだ。
そういえば、ルームソックスもまだ買っていないっけ・・・
カイロは去年の余りがどこかにあったような・・・
そんな事を考えながらぬるま湯で顔を洗う。
顔をふいた所で、部屋におきっぱなしだった携帯の二回目のアラームが鳴った。


「昨晩から降り始めた雪が、辺り一面に広がっております!!」
「いやあ、ついに降りましたねえ。みなさん、冬物の準備はできていますか?」
テレビをつけると、さっそく元気なニュースキャスターが今日の天気について話している。
「これは根雪になるのでしょうか?」
「そうですね。このまま明日明後日も雪が降る予定ですので」
「あー、やっぱりそうなんですね!私は新しいブーツを昨日買ったばかりなので、さっそく履いてきちゃいました!」
まだ20代前半であろう女性のアナウンサーが、笑顔でそんな事を言っていた。
新しいブーツを買ったごときで、この寒さと雪が許せるなんて信じられない・・・いやいや、私もあと5歳くらい若い時はそんな感覚を持っていたっけ?
今日と明日の天気さえわかれば、もうこの番組には用無しだ。
テレビのスイッチを切り、暗くなった画面には先ほどのアナウンサーとは打って変わり、不機嫌そうな自分の姿が映し出された。

「はあ・・・めんどくさ・・・」
鏡に向かって、化粧をしながら呟く。
そろそろいつも使っているアイシャドウの色が無くなりそうだ。そう言えばSNSで誰かが新作の冬カラーパレットの写真を投稿していたな・・・
私は片手で携帯のSNSを開いた。

『雪!ついに降った!』
『ようやく先週買ったコートを着れそう♪』
『今朝は寒すぎるので、あったかいココアで』
『旦那も今日は早く帰ってこれそうだし、鍋でも食べようかな!』
『子どもたちが、雪だー!!ってはしゃいでいるけど、うちは今年からロードヒーティングにしたから積もらないの・・・ごめんね笑』

・・・見なきゃよかったな。
学生時代のように、雪に対するマイナスな投稿をしている人はいなかった。
もしかしたら投稿しないだけかもしれないけれど。
こんな些細なことですら、孤独を感じてしまう。
SNSをそっと閉じて、いつまでたっても上達しないアイラインを引いた。


「もー!!なんでまだ雪止んでないの?!」
家を出る時間になっても、降り続けている雪をみて思わず少し大き目な声をだしてしまった。
冬物のスーツはあるけれど、正直、この季節にスーツを着ること自体間違っていると私は思う。ジャケットやスカートなんて、いくら冬用仕立てでも極寒の通勤路では完敗だ。
おまけに私の両手は通勤鞄と、ペットボトルが沢山入ったゴミ袋でふさがっている。
せめてフード付きのコートを買っとけばよかったと思いつつ、なんとかゴミステーションまで足を運ぶ。
まだ降り始めだから大丈夫だと、底が厚めのパンプスを選んだのは間違えだった。
夜中から降り積もっていた雪は、いとも簡単に私の足元を冷たくさせる。
「・・・最悪」
靴を取り換えに戻る時間はない。
このびしゃびしゃになった足元で、私は今日を乗り越えるしかないのだった。






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