14話 名前
ずっと黙っていたので、目立ってしまった。
でも、大抵の講座はテキストに沿って進むので、自己紹介後に何かを喋るという事はない。しかし、この講座は違った。テキストは一応ある。けど、それに沿っては進めない。場の空気と感覚で進むよ――という……何それ?な感じだった。
さらに『受講者同士で行うワーク』が多かった。
腰が痛くて動きたくはない。講座が始まったら座っていられるという期待は、あっという間に砕けた。
さらに困ったのは、『喋らない』という事。
喋らないの困るよね。困るよね。困るよね。私が。
これはもう……何かいろいろ間違えたなと思った。大人しくキャンセルにしておけばよかったのかもしれないとさえ思った。
「どうする?ワークに参加する?」
講座の主催者さんが聞いてくる。
私は首を振った。
「じゃぁ。脇の方でみてて」
脇の方にある椅子を指さしたので、そっちに移動した。
久しぶりに『喋らない人』認定されたなと思った。喋っていないのだから当たり前だけど。
そして、ワークに参加しなければ座っていられる……腰が楽になった。
頭の中は『なぜ、このワークに参加したのか?』という会議になっていた。説明文とイメージが、全く結びつかなかったというわけではない。なんとなく、イメージしたままの光景が目の前で繰り広げられている。このワークだって、いつもの私なら参加していたはずだ。
『なぜ、黙れって言ったの?』
私は少女に聞く。
『わっかんなーい』
脳内の少女が答える。
肝心な事は私自身にも分からない。
なぜ、黙っていたのか。パニックになってはいなかった。
喋ろうと思えば、喋れたはずで、こんな事にはなっていなかったはずだ。
目の前で行われているワークなんて、見えていなかった。
「隣、座っていい?」
唐突に声がかけられる。
視線を上げると、講座が始まる前に見かけた人だった。
会長様に似ていたので、気になっていた。
私は周囲を見回して、一つ目のワークが終わっている事に気が付いた。他の人たちは別のワークをやっている。
私は断る理由もないので、頷いた。彼女は隣に座る。
「この講座には何回か参加しているから、別にやらなくても大丈夫だから、気にしないで」
講座の前に、彼女が他の人とかわしていた会話を思い出す。
確かに複数回参加の常連さんというような会話があった。
「名前、何?教えて」
「……」
教える気がないのではない。インナーチャイルドではなく、私の中の喋る意思が消えている。
さらに横で、チャイルドが別の事を呟く。
『この人、嘘つきだよ』
なぜそう言うのか……私にもさっぱり分からない。
「なんて呼ばれたいの?」
彼女が言葉を変えて、時々、別の話題も入れつつ、私の名前を聞きだそうとする。
私は答えない。
答えない。
チャイルドが『嘘つきだから教えちゃダメ』と呟く。
ああ。うるさい。このチャイルドを消すにはどうしたらいいのかも分からない。
やがて、彼女が椅子から降りて、私の前に跪いた。
え?と思っている間に、
「ヒメ、名前を教えてください」
と言ってきた。
待って、これは、私、嫌な奴じゃないか。この感じが心地いいとも思ってしまう。なんだか自分がヤバい。
けど、私は名前を教えなかった。
止める事もせずに、黙ったままだった。
やがて、半分やけっぱちに
「だったら、ヒメって呼んじゃうよ」
と、彼女が言った。
それでいい。と思ったので、頷く。という事で、私の名前は『ヒメ』に決まった。
「もう、立ってもいい?」
彼女が私に聞いてきた。
待って、なんでそんな許可を待っているの?私、本当にやな奴じゃないか。
私は笑いながら、再び首を縦に振った。
彼女は立ち上がる。
それが、魔女さんとの出会いだった。
たぶん、私は彼女に会うために、キャンセルもせずにここに来てしまったのだと思う。
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