accel.

キャロル×モブ視点の夢小説です。
夢といいつつ、ただのホラーSSになってしまいました。

友人から呪われた生徒の話を聞いたとき、私は信じなかった。
伝統のある学校だから、古ぼけた校舎の片隅に、その類の逸話がいくつ転がっていても不思議ではない。ありふれた怪談話だと笑って、信心深い友人にあきれて見せた。子供じみているとさえ思った。後日、礼拝の時間に件の生徒を見かけたときも、容姿の美しさに目を瞠ったがそれ以上の関心は抱かなかった。美人だからこそ、このような噂のネタにされてしまうのだろう。

なのに――、

(殺される。)

真夜中。誰もいない廊下を走りながら、なぜ私は怯えているのだろう。先ほどの光景が、脳裏に焼き付いて離れない。真っ赤に染まった鍵盤。その傍らで彼が、歪な笑みを浮かべていた。
あの匂いは何だ?

(はやく、逃げないと。)

階段を駆け上がり、明るい場所を探す。ドンドンと低い響きが、音楽堂の地下から追いかけてくる。もっと、もっと遠くへ逃げなければ。

切り裂くような高い音が、階段にこだまする。置き去りにしてしまった友人の悲鳴か、それとも、幽霊の笑い声か。震えた足がもつれて、私は階段に顔面を強打する。口の中で、血の味が広がった。

それでも、立ち上がって上を目指す。小さな窓から白い満月が見えた。もう少し。このまま上り切ってしまえば、もう追ってこられないはず。
最上階の扉の先は、礼拝室だ。

木製の扉に手をかけたとたん、後ろに気配を感じた。

「待って」

彼だ。私は必死に扉を引く。なのに、開かない。どうして! 何かを言っている。わからない。私は叫んでいた。狂ったように響くピアノの音。
肩に何かが触れて、私の頭は真っ白になった。

* * * * *

「――その後は」
「覚えて、いません……」

白い病室で、私は知らない大人に囲まれている。彼らは穏やかな口調で、私にいくつもの質問を投げかけた。
何があったの? 何を見たの? なぜ音楽堂へ行ったの?

分からない。何も思い出せない。彼の名前も、顔も、何もかも。
ただ一つ覚えているのは、激しく鳴り響くピアノの音。

当惑した顔で、大人たちは呟く。

「あの日、ピアノは修理に出されていたはずなんだけれどね」
「雨が激しく降っていたから、こちらにはまだ届いていないんだよ」

それなら。私に聞こえるこの音はなんだと言うのだろう。

窓の外を見る。
カーテンの隙間から、冬の朝日が零れていた。その向こうで手招きしているのは、きっと、彼だ。
頬に冷たい涙が流れるのを感じながら、私は静かに目を閉じた。

* * * * *