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子どもたちが大人になったと感じた時!

一昨日妻の母が亡くなった。
満87歳だった。
日本人の平均寿命から言えば長生きした方だ。
私の子どもたちも忌引き休暇を取って葬儀に参列した。

儚い人生と幸せ!

義母は娘を二人生み孫は5人いる。
その別居している孫が全員葬儀参列のため集まった。
そのうちの三人が私の子どもだ
それぞれ結婚して自分の家庭を持っているので、私から見て子どもというだけで誰もが社会人だ。

逆転した親子関係に気付いた時

私も歳をとったと自覚しなければならない年齢だ。
妻の両親を見送ったことで、私は親族でも年長者になった。
子育てに続き親の介護が終われば、正真正銘最後の人生に入った証しだ。
もちろん何歳になろうが親子関係は続き心配事が消えることはない。

しかし話をしていれば心配しているのは親の方だけではない。
子どもたちが親の心配をする年齢になっていたのだ。
もう子どもたちの心配をするより自分たちの心配をしてほしいようである。

気付いたら私たちも叱られる側になっていた。
子育て中は手を焼いた次男にも「気温の高い日は我慢せずにエアコン付けて寝るようにしてや」とか「まさか夏に車中泊などしようと考えてないやろうな」と言って釘を刺された。

先ほど娘を駅まで送って行った時などは、まるで教習所の教官を乗せているようなものだった。
口うるさいのは母親似だとしても、娘教官は容赦してくれる気配はまるでない。
このような時に減点が増えれば免許返納も早まりそうなのでいつも以上に注意深く運転することにした。

免許返納もそう遠くない未来だと覚悟しておくしかなさそうだ。

人生が儚いと気付いた瞬間

このような時でない限り家族が全員揃うことも難しい。
まだ最近まで子育てしていたつもりだったが、気付けば子育てが終わって10年近く経っていた。

人生は儚いはずだ。
60代などはこうしている間に終わってしまいそうだ。

子どもたちがそれぞれ就職したり結婚していく過程は親の私たちも気ぜわしい思いをしたが、気付けばそれも全て終わっていた。

妻の母の葬儀が私の人生の最後のイベントだったのかも知れない。
そう考えると少し寂しいようでもあり、全ての責任から開放されたようにも感じる気。

後は最後の人生をどんな風に歩こうかと考えるくらいだ。
そんな風に思える私は幸せだ。

#幸せな幸せ #儚い人生 #定年退職 #第二の人生 #人生のイベント

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