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EP12イチローの打撃理論


調子が良い時ほど打てなくなる。

イチロー程のバッターになると、調子が良過ぎると打てない時があると語っておりました。つまりは脳は打てると確かに判断しているのだが、実行する肉体との微妙なズレによりイメージと結果が異なる事がある。
結果が出ない事イコール調子が悪いとは違うと語ってました。
精神と肉体を一致させる事が重要なんだと。


なんの話し?と思った方。ギックリ腰の話です。

だいぶ久しぶりに書くので、前回の記事見直したらギックリ腰の話という事で。
野球未経験者の中では野球通の僕です。

物件見つかったものの工事が始まらなかったので自分語りをし始めたものの、いざお店オープンしてみたら驚く程時間が取れなく更新出来ずにいました。

オープン11月の頭からだったので、今年はまぁガラガラだろうなー、Instagramでしか告知もしなかったので。
と思っていたら、一年程のお菓子生活のお客様が予約してして頂いて、割と満席続きで死んでました。(この話もおいおい、時代追いつきましたら)
意外に「note呼んでます(笑)」とお声掛け頂ける事が多くてビックリなんですが、なるべく更新していけたらと思います。

時は2017年、、、

パッキーンー!
ライディン直撃したのかと思う衝撃。
なんだ??何が起こった?と思った2秒後には異常な腰の痛み。
背筋を伸ばした状態から動けなくなりました。
ひよこ歩きしかできない感じです。
少しでもかがんだりしようものなら腰が砕けそうです。
石崎「ごめん、やっちまった」
スタッフ「何がですか?」
石崎「ギックリ腰っぽい、動けん」

漂うゲームオーバー感

大袈裟ではなく、楽天一年目、岩隈ばりの私一人のワンマンチーム状態だったので、これは終わったと思いました。

とりあえず整形外科予約したから行ってくれとマネージャー
Googleマップで検索すると徒歩8分

ギックリひよこ歩きの32歳だと20分かかりました。
Googleマップあてになんね〜なと思いつつ、とりあえずギックリ腰ですねと。
痛み止め出すので安静にしてください。

ディナーは営業しますと(笑)

コルセットとロキソニン常備でそれからしばらくは営業乗り切る毎日。

思い返せば半年以上休まず、朝から晩まで、体のケアもせずすぐ寝てまた出勤、おまけに偏食家のわたしは、糖尿病まっしぐらの激甘カフェオレを食事がわりに一日中飲んでいて、水分をとっていなく。人生初の肩こり、首痛など、異変が出始めていたのですが、頭の中は若い時の不眠不休でも働いていたあの時代のままでした。
あの頃に比べたら、毎日多少寝てるからね。と誰にドヤってるんだかわからん屁理屈で大丈夫だと思ってましたが、肉体の劣化は始まっていたのです。
おそらく血流もカフェオレ効果でドロドロだった事でしょう。ストレッチもマッサージもせず、野菜も食べず。
故障は必然でした。

若い皆さん。身体のケアと、健康は大切に。確実に劣化していきます。
若いつもりでもがむしゃらに働いてきていたら30も過ぎたら大体の人間はガタがきます。


ただでさえスタッフ減ってきていて、席数制限もし始めている矢先、先発岩隈の球数制限まで加わってしまいました。(石崎の腰の話です)


なんとかかんとか働きながら腰も少し回復。
年末の繁忙期も乗り切り、年も明け、心機一転なんとか盛り返そうと思いきや

「ちょっとお話が」
以下省略

マネージャーが退職します。
それに伴い一旦解散です。

どうやら一旦解散と言いつつ店は休業、体制整えて再開するとの事でした。
(ちょっとよくわかんないです)


石崎は思いました。(笑)

とりあえずスタッフはみんな系列店の方に戻ると。
石崎はどうする?と

あーーっそういう感じ??(笑)

ちゃんとした事言うとこの時まだ一年足らずで心残りが激しく。
お客様に評価される事が嬉しかったので、まだやりたいと思いました。
冷静に考えればお店の規模とか考えれば、1人残ってもどうにもならんやろと思う所なのですが、当時の僕は、意味わからん根性論を若手時代叩き込まれたせいか、1人でもやったらー!と思ってました。足手まといいるより1人の方がええわ!と。(ここから考えがブレブレのまま今に至る事になります)
シェフになる前は、ガストロノミーで働いてきた事もあり、レストランはチームだ!と思ってたのですが、この時は1人のクオリティの方が高い。ミニマムな店の方が良いと思ってました。(お店の固定費とか、経営の事は全く考えられず)
40席はある店を10席に制限する事がどういう事か、ちゃんと考えて無かったのです。

とりあえず休業前の営業最終日を迎え、ここから三ヶ月程休業に入る事になります。

休業の間はバイトしつつ、腰も悪かったので、休養にあてて再開を待ちました。
再開後は圧倒的人手不足に悩まされる事になります。(前もやん)キッチン1人は当たり前に、ホールも掛け持ちのバイトしかいないという。ビックリワンオペの日も多々有りました。(広くてクローズキッチンなんですが)(笑)

常に面接してはちょっと働いて辞めるorバックれで人が固定しないまま半年程営業。(これは石崎のせいですぐ辞めてる疑惑)
料理だけしていた以前に、比べて、ホール業務もやりながらの毎日に、流石に心が折れかけておりました。

とはいえ不思議とお客様の需要はあって土日は予約取りづらいような状態にはなってました。
この辺りから、自分で店やった方が良いのかなと思い始めてました。(元々独立せず雇われで好きにやりたかった)

そんなこんなで再び経営側ともっと小さい店やりませんかと言う話に。
ちょっと疲れちゃって僕もそうした方が良いかなと思い。結局閉店が決まりました。

ここで閉店するに向けて営業をこなしながら名物ミルフィーユがプチフィーバーしていたので、
Instagramでミルフィーユアカウントを作成しました。(そんな深く考えて、無かったですが、実験的にテイクアウトとかしてみたり)

それが後々今回の独立のターニングポイントになったのかもしれません。。。。

次回
閉店。新天地へ。


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