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わたしの中の藍について

藍の美しさに心打たれたのは、

日日、屋根の上に乗って茅を葺く職人さんの腕に

巻きつけてあった布(手甲)

汗水流して日差しに浴びて、布の色素が布から抜けていく姿を感じて、

”色褪せる”という表現では言いきれなかったのを思い出します。

元々の布に、幾重にも重ねられた青を感じました。

使い込まれて、変化していくことがこんなにも美しいことなのかと。


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藍の青に魅せられ、藍で染められた布を手に取るようになりました。


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暮らしの中に”藍の布”が一枚、そして、一枚と溶け込んでいき、

自分でも暮らしの中で藍と共にありたいという思いが芽生えました。

神戸に住んでいた頃、裏山で畑をしてた際に友人に相談して

一緒に藍を育てることになりました。


[村(コミュニティ)に一つの大きな藍の甕があって

山岳民族の人たちは、それぞれのよき時に、染めに来て

みんなで藍の甕をつないでいってたのではないかな。]

と、訪れたことのない村に思いを寄せたりもしていました。


いつか、そういう事がしたいなと。。。


神戸での藍の葉は、すくすく育ち、何もわからないまま

友人と3人で蒅づくりを始めました。

なんとなく、出来た気がする!

と、蒅が出来、次は藍建てをすること。

始めるなら、暮らしのリズムに沿って観察していきたかったので

なかなか始められませんでした。

そして、私は、神戸の地を離れて高知へと移住することになり、

一緒に蒅を作った友人たちに、大切に作った蒅を託されました。


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暮らしを整えるのに3年。

2年目に、藍を植え、種を取り、零れ種からもまた芽が出ました。

今年もすくすく育っています。

いよいよ、藍建てがしたいと思い、蒅を作ってからは

5年以上の月日が経っているでしょうか。

少しずつ、自分の暮らしのできる範囲で、お庭やお山の切った木を

薪ににして、灰を取り、灰汁作り。

普段、火をくべる薪は、種類はあまり気にしませんが、

灰汁をとるのに、”今回は、この木だけ”という風にしました。

どの木がどのような性質を持っているかまず知りたかったのです。


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一つ一つの行為に、意識を向けます。

灰が取れただけでも、私にとっては、藍建てが始まっています。


とある、染色家の方や花をされている方が、

「みえないところがいちばん大切」と仰ってました。

よく、頭をよぎり大切にしている言葉と行為ですが、

藍をしていて、益々納得する限りです。


ただ、”青い色”に染めたいというわけではありませんでした。


『暮らしの中の一つの行為として、”青い色”が共にあること』が

私の中の藍で染めることのようです。


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昨年末に藍の愛に溢れた方と出会いました。

そして、彼女は、この春に自分の藍の畑が落ち着いた頃に

一緒に藍建てをしよう!と、話してくれました。

時が経ち、実際に今、彼女が育てた藍の蒅と、神戸で作った蒅で

藍建てが始まりました。


想像以上にひとつひとつが尊く、朝晩観察しています。


たくさんの雨を吸収して、畑での藍もすくすくと育っています。

自分の暮らしのリズムと調和をさせながら

土の上の藍と水の中の藍を感じていけたらと思っています。


----------続く









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