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The Definitive Mental Mysteries of Hector Chadwick

Hector Chadwickによるメンタルマジックの作品集。

本書は2008年に出版されたMental Mysteries of Hector Chadwickを基盤として、いくつかの作品、エッセイが追加された決定版です。
サイコメトリー、チェアテスト、メンタル風カードマジック、ブックテストなど現象のバリエーション豊かな作品に加え、one ahead、equivockなどに関する示唆に富んだエッセイも収録されています。

著者のHector ChadwichはDerren Brownのショーの脚本協力者として知られており、プロのマジシャンではなく、本業はゲームなどのシナリオライターのようです。

本書の序文で、人前で演じることはほとんど無くなったと書かれているように、彼の演技映像はほとんどありませんが(*1)、本書で解説される作品はどれもセリフ、動作、観客からどう見えるかなどの詳細が細かく描写されているため、演技の雰囲気を味わいながら読むことができます。

興味のあるプロットの箇所を摘み読みしてもいいのですが、順番に読むことで作品の特徴や著者の思想を理解できてくるような気がするので、個人的には最初から順番に読むことをおすすめします。

著者の思想を理解できたかは分からないのですが、全体を通して読んで感じた点を書いていきます。

まずは秘密の動作のタイミングのずらし方の巧妙さに関してです。
例えば、The Paper Plane Chair Gameという作品は、紙飛行機を客席に投げて、受け取った観客が選ぶ椅子の色が紙飛行機の中に予言されているという現象ですが、観客が好きな椅子の色をコールする、そして紙飛行機を開くと予言が書いてあるという一連の流れの間に怪しい動作がありません。もちろんマジックですので、どこかで秘密の動作は入るわけですが、隙がないように感じられます。
また、観客が混ぜたカードを使い、見えない状態で赤/黒を識別するReds & Blacksという作品でも秘密の動作のタイミングが巧妙に隠蔽されています。この作品に関しては複数の原理が上手く噛み合わさっているので、仮に観客がどこかで糸口を掴んだとしてもまず秘密には辿り着けないのですが、秘密のタイミングを入れ込む箇所が自然です。
マジックは往々にして、ずれを利用して不思議を作り上げる芸なので、彼の作品だけに見られる特徴というわけではないかもしれませんが、いくつかの作品を通して、秘密の動作を入れるタイミング、そして観客からどう認識されるかということを考えさせられました。

次に古典プロットに対しての考え方です。
メンタルマジックを少しでも学んでいれば、one aheadやequivockの抱える問題点がいくつか頭に浮かぶと思います。それらの問題点に対してWhoops You Got It Wrong、An Equivocal Miscellanyというエッセイではこれまでに見たことのない着眼点や解決方法が述べられており、非常に参考になりました。
また、予言というプロットが孕む問題に対する考えが書かれたOffer No Spoilersも必見です。これを読んだ後のShriekの現象説明には笑いました。

最後に“問い”を持つことの大切さです。
本書の作品はもれなく、Effectの説明の後にIntroductionという項目があります。
Introductionでは創作に至った経緯などが書かれているのですが、鍵をxxするにはどうしたらいいのか、xxを1枚でやったらどうなるのかと言った“問い”から生まれた作品も多いことが分かります。おそらく彼の頭の中には常にいくつかの“問い”があるのだと思います。もちろん問いに答えられるだけのインプットは必要ですが、問いをストックすることの重要性も感じさせられました。

本書では他にも、何故観客の考えを紙に書くのか、メンタルマジックにおけるカードの是非などのメンタルマジックにつきものの論争にも端的に痛快な答えを提示しています。文化や言語の問題もあるので日本で全く同じフレーズや考え方は使えないかもしれませんが、彼の考えを知ることができ興味深いです。

良い点を挙げればキリがないのですが、本書はそんな本です。
素敵な作品やエッセイもさる事ながら、本書からは“考えろ”という大きなメッセージを受け取りました。

装丁も美しいので、本棚に飾るも良しな本ですが、飾っておくだけでは勿体無いので、メンタルマジックが好きな方には是非読んでいただきたい一冊です。

*1 以前はVanishing Inc.からエキボックに関するDLCが販売されており、本書でも解説されているMars & Murrieという作品の演技映像が見れたのですが、いつの間にか無くなっていました。

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