見出し画像

その安さは、どこから? - ギグエコノミーと、バントゥースタンの話

1959年、南アフリカの首相だったヘンドリック・フルウールトは、とんでもなく素晴らしい思いつきを実行に移した。

南アフリカは当時、黒人労働者と白人労働者をいかに「区別」するかに悩んでいた。アパルトヘイトは居住地域を分け、レストランを分け、海水浴場を分け、とにかくありとあらゆるものを「区別」したけど、依然として安くて良質な黒人労働者は必要だった。

画像1

しかしながら、いくら居住地域を分けたとは言っても、国民である以上、医療や社会サービスまで提供しないわけにもいかない。

更に、いくら議会を分けた(白人専用議会と混血専用議会があった)とはいえ、選挙権を与えないとなると、国際社会で問題になる。

ということで出てきた思いつきこそ、悪名高い「ホームランド制度」だった。

仕組みはシンプルだ。すでに南アフリカは、アパルトヘイトで黒人が住める土地を大幅に制限していた。黒人に割り当てられたのはぺんぺん草も生えないような地域だ。

そこで、南アフリカは高らかに宣言した。

「これからは多文化主義だ。それぞれの民族が自律的に発展していくべきだ」

そして、南アフリカに住んでいた黒人は突如、追いやられた土地土地で「独立」させられた。そして、「外国人」として、南アフリカで働かされるようになった。

画像2

地図を見てわかるとおり、独立国家と言いながら、その領土は飛び地だらけだ。少しでも使えそうな土地は白人が全て奪い取ったからだ。


そうすると、不思議なことに、南アフリカにとっては素晴らしいことが起きた。外国人であるから選挙権も与えなくていい。社会保障も何もしなくていい。議会は白人と、白人の血が混ざっている混血だけに投票権を与えればいい。

ただ彼らは出稼ぎに来ているだけだ、ということで、南アフリカのあらゆる問題は解決したのだ。

もちろんこんな国、世界が承認するわけはない。しかしながら、別に構わない。彼らは南アフリカ以外の国に「出国」することはないからだ。

めでたしめでたし……。

一分のホームランドはその後反アパルトヘイト闘争の拠点として、「独立国家」の名目で活動家を匿ったようだが、それはまた別の話。


さて、なんでこんなことを書いたかというと、ケンローチの最新作が公開されているからだ。

この作品はギグエコノミーについて書いている。こんな感じのあらすじだ。

2008年のリーマンショックの影響でマイホームを所有する夢を打ち砕かれ、職も失ったリッキー(クリス・ヒッチェン)は、家族を養うために地元の運送会社とフランチャイズ契約を結び、宅配ドライバーとして働き始める(映画に登場するほかのドライバーの多くが実際の現役ないしは元ドライバーである)。
会社や上司に縛られず、自分の選択と責任でより柔軟な働き方が実現できるかに思えたが、ドン・レーンの場合と同様の規約のもと、リッキーは、設定された配送目標を達成しなければ収入が減り、荷物を待つ顧客のために到着予定時間は厳格に守らなければならない現実に直面する。
1日14時間、週6日の勤務を強いられ、食事を取る時間もなければ、トイレのために立ち止まる時間すらない──彼はそのために備えて空のペットボトルを携帯する──のだ。リッキーは、彼のすべての動きを記録し命令する携帯型電子スキャナーに翻弄される奴隷と化してしまうのである。


ギグエコノミーとは、Uber eats、Amazonの宅配員、あるいは様々なクラウドソーシングなど、企業が雇用するのではなく、個人事業主と契約するような形態のサービスだ。


個人的にも、いわゆる正社員だけではない働き方は必要だと思うし、このようなギグエコノミーのサービス自体を否定するつもりは全くない。

ちょっと軽く稼げたり、副業として別の仕事が出来たりすることはいいことだし、副業だって問題ないだろう。

しかし、例えば、コンビニオーナーや、宅配員など、フルタイムで働いているにも関わらず、労働者としての権利保護されない仕事は、果たして本当に自由な職業選択の結果と言えるだろうか?

もしかすると。どこかの誰かが、あの日の南アフリカの首相のように素晴らしいことを思いついてしまったのではないか。


もし仮に南アフリカの中に出来た、南アフリカのための国が独立国家でなかったとするのなら、果たして現代の独立した個人事業主は本当に「独立」しているのか。

今も昔も、素晴らしい思いつきというのはかわらないものなのだな、と思いながら。

余談

南アフリカバントゥースタンについては、ジオシティーズに「世界飛び地領土研究会」というサイトがあったのだけど、消滅してしまい、アーカイブを探してもその部分のページが見つからなかった。残念。

トレヴァー・ノアの傑作「Born to crime」も合わせて読んでほしい。

*画像の出典はすべてWikipediaより


励みになります!これからも頑張ります。