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自動車教習所狂想曲。

0.【はじめに】

この記事は、ボクが車の運転免許を取ったときの話を面白おかしく書いたものです。

(ボクの個人ブログ「あっとゆーまな日常。」にアップしたものを追記修正したものです)

数年前のことを思い出しながら書いているので、専門用語に間違いがあったり、勘違いしているところもあると思います。

基本的にノンフィクションですが、人物の特定などができないように一部フィクションを入れてありますので、ご了承ください。


1.【そうだ、免許を取ろう】

ボクが、そんな「某鉄道会社のキャッチコピー」のようなセリフを言ったのは、たしか5年前だっただろうか。

東京から実家に戻ってきて、しばらく経ったあの頃。

なぜ急に免許を?

という話なのだけれど、

「田舎を移動するには車が無いと不便」

「両親が年老いたときに、車を運転できる人がいないと困る」

というような、ありきたりな理由ではなく。

いや、まあ、上であげたような理由もあるにはあるのだけれど。

一番の理由は、

「自分には絶対にムリだ」

と思っていることに、思い切って挑戦したくなったから。

じゃあ、一番ムリだと思っていることはなんなのか?

それはたぶん「車の免許を取ること」なのでは?

まー、そんなようなことを考えていたような記憶がある。

結論から言うと、このチャレンジの結果、たくさんの収穫があったのだけれど、今回はその話ではなく――

ボクの通っていた自動車教習所が、恐ろしくとんでもないところだったので(笑)

その実態と、免許取得にまつわる、悲喜交交を話していこうと思う。


2.【教習所までは何マイル?】

さて、「免許を取ろう」と決めたボクが最初にしたのは、教習所選びだ。

まずは「合宿」か「通い」かという選択なのだけれど、これは迷いなく「通い」に決めた。

なぜかというと、

「合宿」対して、すさまじく恐ろしいイメージを持っていたから。

というのも、

ボクの「免許合宿」に対する知識は――

映画「免許がない!」で得たのみなのである。

ボクと同世代なら分かるであろう、あの、舘ひろし主演の名作映画だ(笑)

詳しい内容は憶えてないけれど、子どもの頃に観たアレが、ものすごく怖かった記憶があって、当時、

「自分は大人になっても免許は取れないだろう」

と思ったのだった。

いやいや、

「それから数年経ったら、さすがにそんなイメージも更新されるでしょ?」

という意見もあるかもしれないけれど、高校生のとき、合宿で免許を取った友達に「どうだった?」と訊いたところ、

「山形の女子中学生は、制服が黒タイツなので萌える」

という、全く参考にならない情報しか入ってこなかったので、依然としてイメージが更新されていないのだ(笑)

全く! アイツは一体、何を考えてそんな情報をボクに教えたんだ!

ボクは当時、ニーソックス派だったのに!

本当に参考にならない!

あー、いやいや、話がそれてしまった。

ボクの友だちの性癖なんて、どーでもいい。(ついでにボクの性癖も)

とまあ、そんなことがあり。

別に急ぐことでもなかったので、「通い」で免許を取ることにしたのだった。

で、いよいよ教習所を決めようという段になり、ネットで真っ先に調べたのが、ウチから一番近い教習所。

子どもの頃から、

「◯◯ちゃん、大人になったらここで免許を取るのよ〜」

と、よく親から言われるくらい近く、その気になれば徒歩でも通える範囲だ。

「まー、近けりゃ良いってもんでもないよなー」

と、あまり期待はしていなかったのだけれど……

ホームページに書かれた内容を見てみると、意外や意外、けっこう内容が充実している。

中でもボクの目を引いたのは、

「ネットで教習を予約できるシステム」

教習を受けるとき、

「とにかく予約を取るのが一番大変だ」

と親からは聞いていたので、これは画期的なシステムだと思ったのだ。(都会じゃ標準なのかもしれないけど、田舎なのでw)

「何時から何時のあいだに行けば、車に乗れる」

これが家に居ながら分かるのであれば、こんなに予定を立てやすいことはない。

しかも、ネットで入所を申し込めば、料金が安くなるというではないか!

「うーん……もうここで良いかな……?」

元来、面倒くさがりのボクは、他の教習所を調べもせずに、入所の申し込みをしたのだった。

これが、これから起こる悲劇のプロローグだと知らずに……。


3.【おばちゃんはテレパス?】

数日後、ボクは件の教習所にやってきた。

外観や内装は、ホームページに載っていたものより、たいぶくたびれた印象だったけれど(笑)

経年劣化か、それとも写真の撮り方が良かったのか――

まあ、ホームページの写真なんてものは往々にしてそういうものなので、気にしないことにした。

受付に行くと、やたらと威勢の良いおばちゃんがお出迎え。

もうこの道ウン十年といった貫禄だ(笑)

このおばちゃんのおかげで、ちょっと暗めのロビーにも活気が満ちている気がする。

「ああ、なんか雰囲気の良さそうなところだな」

そんな風に、緊張気味だったボクの心は、ちょっとだけ落ち着きかけていたのだけれど――

次の瞬間、戦慄が走ることになる。


ボク「あの〜、スミマセン、ネットで予約した――」

おばちゃん「ああ! 菊池さんですね!」


!?

なぜ……オレの名をッ……!?

たしかに予約時には、細かいプロフィールも書いて送っているけれど……。

2月〜3月にかけてというこの時期、新生活に向けて入所の申込みにくる人は多いハズ。

現に、ロビーから見える教習コースでは、かなりの数の車が動いている。

それなのに、会っただけでボクの名前を当てるなんて――

このおばちゃん……もしや、テレパス(テレパシー能力者)!?


ボク「えっ、なんで分かるんですか!?」

おばちゃん「だって、ネットで予約したの菊池さんだけだもん」


……。

なんのことはない、単純な答えだった。

いや、でも待てよ。

ネット社会と言われて久しい、この現代社会……その中で、ネット予約がひとりだけ?

そんなことって、ある?

そんな疑問が、頭の中をかけ巡ったのだけれど、

「まあ、そんな日もあるのかな?」

と、自分を納得させるボク。


おばちゃん「じゃあ、この書類に記入していってね〜」

ボク「あ、スミマセン。その前にこれを――」


これを忘れてはいけない。

ホームページに、

「ネットで予約の方は、この画面をプリントアウトして持ってきてネ!」

と、書いてあったので、忘れずに持ってきたのだ。

せっかく割引きを受けられるのだから、こんなつまらないミスでフイにしては勿体ない。

このために、しばらく使ってなかったプリンターを引っ張り出してきて、ヘッドのクリーニングなんかもして、ようやく印刷した渾身の一枚!

さあ、受け取るが良い!(ドラクエの王様か)

ところが――


おばちゃん「? なんですか、これ?」

ボク「いや、あの、持ってきてと書いてあったので」

おばちゃん「そう……ですかぁ〜……

じゃあ、一応もらっときますね〜」


今、一応って言ったよね!

絶対、ピンと来てないよね!

しかもなんか、そのへんに投げ置かれてるし!

「うん……まあ、割り引かれてなかったら、あとで聞いてよう……」

と、この場では深く追求せず。

とりあえず、渡された書類に必要事項を記入していくことにしたのだった。


4.【死力を尽くした視力検査】

記入が終わり、諸々の説明を受けたあと。

この日のうちに視力検査をしていくことになり、別室に案内されるボク。

そこで待ち受けていたのは、今までの概念を覆す、とんでもない視力検査だった。

案内された部屋にあったのは、机がひとつと、向かい合うようにイスがふたつ。

そして、机の上には、視力を測る機械が1台。

勧められたイスに座ると、その向かい側に、さっきのおばちゃんが座った。(どうやら人手は少ないらしい)

おばちゃん「じゃあ、この機械を覗いてくださ〜い」

この視力を測る機械はどこにでもあるタイプで、覗くと「C」(ランドルト環)が並んでおり、ライトが点灯した場所を答えていくというスタイル。

このスタイルは、ボクも何度か経験したことがあって、慣れたものだったのだけれど――

み、見えんッ……!

すべてがぼやけているッ……!


ボク「えー……分かりません……分かりません……」

おばちゃん「ちょっと、真面目にやってます?」

ボク「ええ、真面目にやってるんですけど、どうにも……」


ほどなくして、ボクは原因を発見した。

この機械、机の上に載っているのだけれど、イスに座った状態で覗き込むには、覗く位置が低すぎるのだ。

だから、水平に見ることができずにボヤケてしまうのである。


おばちゃん「ちょっと〜も〜、菊池さ〜ん。

イスを引けば良いじゃないですか〜」

ボク「ええ、そうなんですけど……」


おばちゃんの言うことは、ごもっとも。

水平に覗きたければ、イスを引けばいい。

だが、ボクの座高の高さをナメてもらっては困る。

学校の身体測定で、「身長は伸びていないのに、座高が伸びる」でおなじみのボクである。

最近、「座高」を測ることが廃止されたと聞いて、

「遅いよ……遅いよぉぉぉぉ!!!!」

と、

結婚して数年後に、子どもの頃に結婚の約束をした幼馴染(初恋の人)が訪ねてきた女性ばりに叫んだボクである。

イスはもう、めいっぱい引いている。

身体は「くの字」どころか、もはや「=の字」(折れとる)

もしもボクが春麗だったなら、完全に気功拳が出ている体勢だ。


た、たのむッ……!

オレの身体、もうちょっとだけ保ってくれ……!


気分は、魔人ブウと戦う悟空だった。

もう「スト2」なのか「ドラゴンボール」なのか、ワケの分からない状況だったけれど、それでも、なんとかかんとか測定を終え、這々の体でロビーに帰還。

イスから降りて、立ち膝で機械を覗けば良かったのでは?

と、気がついたのは、家に帰ってからである。(遅いよぉぉぉぉ!!!!)

そして、入所に関する全ての手続きを終え、教習所を後にしようとするボクに、おばちゃんがひと言。


「ああ、そうそう。

ネットで教習を予約するシステムなんですけど、壊れていて使えないんですよ〜。

だから、今後はここで予約を入れて帰ってくださいね」


……。


……え?

ここに入所しようと思った、最大のポイントが使えないって?

まさかの、ここにきての伏線回収。

この教習所、ネット関係が全然ダメ。

うーん……でも、まあ……いいか。

ここまでのことが徒労に終わるのも、シャクだし。


ボク「分かりました。憶えておきます」


そう言って、家路につくボクだった。

このときに止めておけば、これから起こる、あんなことやこんなことに、出会わずに済んだかもしれないのに……。


5.【女子高生の前で良いところみせようとすると失敗しがち】

最初の教習は、いきなり車に乗るのではなく、ドライブシミュレータで基本的なことを学ぶことだった。

このとき、数人まとめてシミュレータが置いてある部屋に入るのだけれど、なんと――

ボク意外、全員、女子高生だった。

3月1日をすぎ、ほとんどの高校生は卒業して春休みである。

教習所内は、高校生(3月31日までは)で溢れていて、むしろ大人のほうが少ないくらい。

なので、別段、自分以外が全員高校生という教習は珍しくなさそうだけれど、全員が女子というは、いかほどの確率なのだろう。

そして、そうなると話は変わってくる。

それはなぜか?

良いところを見せたいからである。

「これだから、いくつになっても男は」

と、笑ってくれて構わない。

それでもボクは、女子高生に良いところを見せたいのだッ!(高らかに宣言することか)

まあ、ちょっと面白く書いちゃったけれど、真面目な話、年長者として場を和ませるくらいのことはしてあげたい――

と、思ったのだ。

だって、本物の車に乗り込まないとはいえ、今日は一番最初の実技教習。

大人のボクでも緊張しているのだから、人生経験がボクの半分くらいしかない若者は、もっと緊張していることだろう。

しかも、女性は男性に比べて、車の運転に苦手意識を持ちやすいと聞いたこともある。

そして、よりにもよって、担当の先生が教習所イチの強面先生というオマケつきだ。

よし! ここはボクが、ひと肌脱ごうじゃあないか!


先生「はい。これがシミュレータになります」

ボク「先生! これMTみたいですけど、ATの人はどうするんですか?」

先生「ああ……ここをこうすると……」

グルンッ! ガチャンッ!(ギアが反転してATになる)

ボク「す、すごい! ハイテクですね!」

女子高生「……」

先生「……はい」


盛り上げるのヘタクソか。

10年芝居やったヤツのすることか。 ※筆者は元舞台役者

和ませるどころか、変な空気になっちゃってるじゃん!

ちなみに、肝心の教習は、ヘタばかりこいて、それこそ「良いところみせる」どころじゃなかったよ!

あれ? ボク、免許取れるのかな?(他人の心配をしとる場合じゃない)


6.【人は見た目によらない?】

いよいよ、実際に車に乗っての教習が始まる!

あ、そうそう、忘れないうちに言っておこう。

今回の話からは、実技の教習に絞って書いていこうと思う。(教習には、学科と実技があるのだ)

学科もいろいろあったのだけれど、それも追っていくと長くなりそうなので(笑)

そして、教習の内容というよりも――

「先生方のキャラクター」

にスポットを当てて書いていくつもりだ。

なぜなら、そろいもそろって、

濃ゆい濃ゆい強敵ばかりだったからである(笑)


そんなワケで、初運転を前にしたボクはドキドキしていた。

「一番最初は、どんな先生が来るのだろう……」

免許を取得した人に、よく

「こんな鬼教官がいて……」

みたいなこと聞かされるので、メチャメチャ緊張していたのだ(笑)

そんなボクの前に現れたのは――


「ちゃ〜っす! ◯◯でっす、ヨロシク!」


とんでもないチャラ男だった。

おぅふ……

え? 一発目からこんな感じなの?

いや、人は見かけで判断しちゃいけないけれども!

まあ……鬼教官よりは良いのかな……

そんな思いを抱えつつ、乗車。

最初の教習は、ただコースを一周するだけなので、何も難しいことはなかった。


チャラ「いや〜、菊池さん、もう教えること無いっスよww

ボク寝ててイイっすかww

ボク「……」


こんな調子で、教習の時間が終わり。

「はーい、ハンコ押しときますねー!」

初めての乗車は、無事に終了。

なんだろう……

ここに入って、本当に良かったのだろうか……?


7.【雨の日に子猫に傘を差してあげるタイプ】

あれから何コマか教習を終え、少しづつ慣れ始めてきた頃、

「チィッす! 菊池さん、よろしくッス!」

再び、チャラ男が担当になった。

しかし、前回と違ったのは――


ボク「!?」


ガンガンに、日焼けしていたのである。

ただでさえチャラいのに、ますます磨きがかかっているッ!

もう完全にパリピですやん……ちょっとニガテなタイプだなぁ……

などと思っていると、車に乗り込んだあとの雑談タイムで、ことの真相が明かされることになった。


チャラ「いや、違うんスよぉ〜……

このコース内って、芝じゃないっスか〜

昨日ずっと草刈りやらされてたんスよぉ〜」


なるほど……たしかにここに通っていると、人手不足感をヒシヒシと感じる。

事務系の手続きなどは、どこの窓口に行っても「いつものおばちゃん」が出てくるので、先日も、

「ここはロザリーヒルか!」

とツッコんだところだった。

分からない人は、「ドラクエ4」をやろう。

それにしても、先生方が芝刈りまで担当してるとは……。

この年は、春からすでに夏のような日差しだったので、一日中外で作業をしていたら、あそこまで焼けるのも納得だ。

いやはや、パリピどころか、勤勉に仕事をこなしている証だったとは、やはり人を見かけで判断してはいけない。

でも……


チャラ「あー、こんな天気の良い日にオレ何してんだろうなぁ〜。

あ、そうだ! 菊池さん、もう路上イッちゃいます?


イッちゃわないYO!

たかだかコースを一周できる程度の腕前で、路上になんか行こうものなら、別の意味でイッて(逝って)しまう!

いつもの言動が言動なので、イマイチどういう人なのか掴めないんだよなぁ〜……

と、そんなやりとりをしていると、教習も終わりの時間に。


チャラ「ん〜。ここ、もう一回やっときますか! 今日はハンコ無しッスね!」


意外とちゃんと見ていることが、発覚した瞬間だった。

まー、そりゃそうだ。

ただチャラいだけだったら、こんなところで働けるハズないもんな。

ということは、普段のあのチャラい言動の数々も、教習生をリラックスさせるための方便……?

コイツ、なかなか出来るッ……!

でも、そんなん良いから、もっと分かりやすく教えて欲しかった。


8.【守りたい、この笑顔】

そんなこんなで、初の再教習である。

「なんだ、意外とカンタンじゃないか」

と、ちょっと調子に乗りかけていたボクは、ガリゴリに凹んでいた。

そんなとき、次の担当だったのが――


「初めまして、菊池さん! 今日はよろしくおねがいします!」


ものすごく真面目そうな好青年だった。

パッと見、20歳そこそこ。

制服を着てなければ、高校生でも通用するんじゃないかな?

という感じで、明らかに年下である。(ちなみにチャラ男は、ほぼタメだった)

そうかそうか、年下の先生っていうパターンもあるよなぁ。

そして、特筆すべきは、そのルックス。

イケメン……というのとは、ちょっと違うんだけど、なんというか……

まあ、失礼を承知で申し上げれば……


BL(ボーイズラブ)の受けっぽい感じだった。(たぶんCVは保志総一朗氏)


「いやいやいや!

受けと言ってもいろんなタイプがいるんだよ!

カンタンに「受けっぽい」なんて言わないで!」


という、歴戦のお姉さま方の意見もあるかもしれないけれど、まあ、素人の意見だと思ってお許し願いたい。


車に乗り込むと、早速雑談の時間が始まった。(ここは雑談をしなきゃいけないルールでもあるの?)


☆「そういえば、どうして菊池さんは、今になって免許を?」

ボク「あー、それはですねー……カクカクシカジカ……」


この質問、30歳すぎて免許を取ろうと思ってる人は必ず聞かれるので、流暢に話せるように訓練しておくべし!

運転に集中できないからね(笑)

もしや、こうした雑談って、集中力を鍛えるための訓練なのかな?

ちなみに、ボクは最初の頃、これでけっこう集中が乱されたものだけれど、新しく担当になる先生に当たるたび、何度も話すことによって――

最終的に、軽い小噺レベルにまで仕上がってしまった。

無意識のうちに、フリを効かせて、オチまで考えるようになっていた。

運転とは関係ないものばかり、成長していくボクである。


ボク「――というワケなんですよ〜」

☆「へー、すごい! 役者さんだったんですね!」

ボク「まー、頭に "売れない" が付きますけどね」

☆「いやいや、それでもスゴイですよ〜」


なんだろう、メチャクチャ気分が良い。

東京では、

「役者やってるんですよ」

っていうと、たいていのリアクションが「へー」である。

(ヤベ、聞かなきゃ良かった……チケット買わされそう……)

という心の声が透けて聞こえることもある。

まー、そのくらい、全く珍しいものではないからなんだけれど。

なので、こういうリアクションは新鮮だ。


☆「いや、どうりで、お話していて、話がうまいなぁと思いましたよ!」

ボク「いやいや、☆さんこそ、年上を相手にすることも多いでしょうに、スゴイですよ!」

☆「エヘヘ……そうでしょう? だって、メチャメチャ努力しましたもん☆


カワイイなぁ、オイ!

ヤバイヤバイ!

ボクの中の、何かが目覚めちゃう!

でも真面目な話、やっぱり若いのもあって、基本に忠実で分かりやすい。

「ああ、これはこうすれば良かったのか!」

と、思うことも多く――


☆「ホントにここ2回目ですか? バッチリでしたよ!」


と、お褒めの言葉をいただき、無事クリア。

いや〜、とんだ人たらしでしたわ!

相手を良い気分にさせて、説明も上手いなんて、

コイツぁ女子高生にモテモテだろうなぁ〜!

と、

女子高生相手に嫉妬している自分に気づき。

(えっ? アタイ、あいつのコト……?)(トゥンク……)

また担当して欲しいなぁ〜、と思ったのだけれど(目覚めとる!)

これ以降、二度と会うことはないのだった(笑)


9.【喋らざることロボの如し】

次に出会ったのも、これまたクセのある先生だった。


ボク「今日はよろしくお願いします!」

先生「はい。よろしく」

ボク「……」

先生「……」


ビックリするほど喋らない。

前回までのことがあるから、この教習所は雑談は必須なのかと思っていたけれど、全然そんなことはなかった。


ボク「このあいだ、◯◯の教習だったんですけど、こんなことがありまして〜」

先生「そうですか」

ボク「……」

先生「……」


息が詰まる!

こうなってくると、チャラ男の、あのどうでもいいトークが懐かしく――

――はないか、別に。

違う、そうじゃない。

そうじゃないんだよ。

中間で良いんだよ、中間で!

ちょうど良いのちょうだいよ!

口数も少ないけれど、表情もほどんど変わらないので、途中から、

「あれ? ロボなのかな?」

と思ってしまった。

いや、これはもう、アレクサのほうが、もっと感情豊かなのではなかろうか。

ちなみに、スマイリーキクチさんにそっくりだったので、ボクは心の中で「スマイリー」と呼んでいた。

表情が変わらないのに「スマイリー」とは、皮肉にもほどがあるけれど。


そして、教え方も非常にシステマチックだった。

これは路上教習に行ってからの話なんだけれど、優先道路とそうじゃない道路がコロコロ変わる、なんとも教習生泣かせの道を走っていたとき。

優先道路で減速していると注意されるので、気をつけて走っていたら、一時停止の標識を見逃しそうになったボク。

助手席のブレーキを踏まれ、急停止したのち、


「いいですか、アナタがやろうとしたのは――で、――

だから――、――ですよね?」


ド正論を論理的に浴びせられ続けることに。

いや、まあ、たしかにボクの落ち度なのだけれど、ここまで徹底的に言われると、なんとも立ち直れないものがある。

その一方で、

「ああ……これは再教習かなぁ……」

と、思っているボクに、

「じゃあ、今後は気をつけて」

と、ハンコを押してくれたり。

おおぅ……

なんだろう、冷たそうに見えて、案外優しい……?

「なんとも掴みどころのない先生」

と、このときは思っていた。

これが後に訪れる、意外な展開への伏線になろうとは、夢にも思わず……。


10.【奥様は◯◯だったのです】

この教習所では、基本的に、女性の先生は女性の教習生につくことが多いのだけれど、もちろん教習生が男ばっかりという日もあるので、ボクも担当してもらったことが何度かある。

まあ、別にどっちが良いとかはないのだけれど、女の先生には威圧的な人がいないので、幾分か気がラクだった。

ところが――


先生「菊池さーん、こちらへどうぞー」

ボク「!?」


その日だけは、状況が違った。

テキパキと乗車前のもろもろをこなし、助手席へと座る先生。

その横で、ボクはガチガチに固まっていた(変な意味じゃなく)

なぜなら――


先生が、妊婦だったから。


いやいやいやいや!

ちょっと待って!

責任が重すぎる。

今後、無事に免許を取れたとして、結婚して嫁が妊娠したとして。

そのとき、自分で運転して病院へ連れて行けるかと聞かれたら、答えに詰まると思う。

もちろん、緊急のときは別だけれど、比較的余裕がある状況だったら、ちゃんとした運転のプロに頼みたい。

そんなボクである。

そんなボク(仮免許)である。


2つの命を乗せて路上を走るのは、

荷が重いんじゃぁ〜〜(唐突な千鳥ノブ)


いや、もちろんこういう仕事をしている以上、覚悟あってのことだと思うのだけれど……。

そんなワケで、もうガチガチなのである。(くどいようだが、下ネタではない)

路上に出て数分、いつもなら注意されないようなところも注意され、この日のボクは圧倒的に集中力が欠けていた。

と、そのとき。

対向車として現れる、完全なるヤンキーの車

泣きっ面に蜂とはこのことだ……

ああっ!

なんかもう、ジグザクに走りながらこっちに向かってくるし!


先生「大丈夫。落ち着いてやりすごしましょう」


ブォォォォォンッ!!!

爆音を撒き散らしながら、去っていくヤンキー車。

いやぁ、焦った焦った。


先生「あの走り方は◯◯と言ってね、その世界では有名なの」

ボク「へぇ……先生詳しいんですね」

先生「ええ……私も昔は(遠い目)……ああ、なんでもない」

ボク「……」


先生、元ヤンじゃないですか。

なるほど、昔はその道でブイブイ言わせていて、今はこの仕事に就いているというワケか……。

「自分の技術に自信があるから、お腹が大きくなっても続けていられるんだなぁ〜」

と、感心したのも束の間。

ここにきて、「先生が元ヤン」という、さらなる緊張の要素が追加されることになったボク。

その後、運転はどうなったかというと――


先生「もう一回やりましょうね」


再教習決定☆(今期2度目)


11.【俺の名を言ってみろ】

コース内の教習も終わりが見えてきた、ある日。

担当になった先生は、かなりのベテラン先生だった。

見た感じの印象では、ウチの親父(当時60歳)よりちょっと上くらいだろうか。

ボクは心の中で「最長老様」と呼んでいたのだけれど、別に潜在能力を引き出してくれたりはしない。(ドラゴンボールのナメック星編をチェックだ!)

その道ウン十年だろうという貫禄ぶりは、決して見かけだけではなく、非常に丁寧で分かりやすい指導だった。

きっと、一筋縄じゃいかない教習生もたくさん見てきたんだろうなぁ。

どうやらボクは、「一筋縄で済むタイプ」だったらしく、この日の教習は、つつがなく終了しようとしていた。

が、しかし、終了の5分前、全く予期しないアクシデントが起こったのだ。


最長老様「じゃあ、そろそろ車を戻して終わりにしようか」


えっ? まだ5分前なのに?

通常の教習は、チャイムが鳴ったのを確認してから、車を戻して終わりなのだけれど……?

まー、だけど、しょせんは5分程度、このくらいの誤差はあるのだろう。

「もしかして、オレの腕が良かったから、もう教えることが無くなっちゃって、早めに終わったんだったりして!」

などと、調子に乗るボク。

しかし、現実は、そんな生易しいモノではなかった。

車を停車位置に止めたあと――


最長老様「よし、今日はこれで終わりだけれど――ちょっと話そうか

ボク「え?」


ちょっと話そう?

一体、どういうことなのだろう?

これが妙齢の女性であったなら、一も二もなく喜ぶところなのだけれど、相手は父親くらいの年齢の、最長老様である。

しかも、担当になったのは今日が初めてというのだから、何の話をされるのか皆目検討がつかない。

どう答えたら良いものか、答えに詰まっていると――

ボクの無言を肯定の意味と捉えたのか、はたまた、最初から拒否権がボクになかったのか分からないけれど、最長老様は一方的に話し出した。


最長老様「私の顔に、見覚えはないかね?」


!?

えっと……これはどういう……。

見覚えがないかと尋ねられたら、そりゃあ答えは「ない」だ。

しかし、相手がそういう質問をしてくる以上、どこかで会っていると考えたほうが良いだろう。

ヒントを探そうとするも、胸のネームプレートには「佐藤」の文字。

ありふれた名字すぎて、参考にはならない。

うーん……こんなに歳の離れた知り合い、学校の先生くらいのものだけど……

数年前、同窓会で先生に挨拶したら、「誰だっけ?」と言われたボクである。(悲しいときー!)

こっちが憶えていても、向こうが憶えてるなんてことは、ありえないのだ。

うーん……もしかして、どこかでイベントをひとつ飛ばして来たんだろうか?

これではまるで、「魔法陣グルグル」じゃないか!(15巻参照)

「ない」と答えるのは簡単だけれど、それだと失礼にあたるしなぁ……と、逡巡していると――


最長老様「そうかそうか、憶えてないか……だが、私はキミを知っている


なんだか、少し満足げな最長老様である。

そして、微妙に厨二っぽいセリフの言い回しなのはなぜだろう。

まー、ってことは、こっちは憶えていなくても仕方ないという関係性なのかな?

いや、それなら尚の事、思い出せるワケがない。

まだ沈黙を続けるボクに、しびれを切らしたのか、最長老様は、あっさりと自分の正体を明かした。


最長老様「私は……幸子の父親だよ

ボク「!?」


誰だソレーーーーーーーー!!??

いや、マジで憶えてないんだけど。

ってか、完全に「グルグル」と同じ展開じゃないか。

「因縁の相手が、まさかあのキャラの父親だったなんて!」

というのは、それこそ厨二心をくすぐる展開なんだけれど、全くもって心当たりがない。

やっぱり、イベントを飛ばしてきたのか?

ここまで言えば分かるだろうという算段だったのか、未だ疑問符が頭に浮かんでいるボクを見て、最長老様も、少し焦りだす。


最長老様「ほ、ほら! 小学校のとき同級生だった!」

ボク「あーーーーーーーーーー!!!!!」


ここまで言われて、やっと思い出した!

そうか、幸子……佐藤のさっちゃんといえば、家も近所で、幼稚園から中学校まで一緒だった女の子。

そうか、そうか、さっちゃんのお父さんか……。

最長老様の年齢を「自分の親父くらい」と言っておきながら、同級生の父親である可能性をすっかり見落としていた。

「え? そんな女の子がいたら、普通忘れる?」

と思うかもしれないけれど、さっちゃんは幼稚園のときから、クラスのアイドルだったのだ。

陰キャだったボクと、接点があるハズないだろうが!(キレる17歳世代)

小学校に入学した当時、出席番号の都合で席が隣になったのだけれど、そのときでさえ、ひと言も話さなかった自信がある。

まあ、同級生ですらそうなんだから、そのお父さんには会ってすらいないと思うんだけど、向こうはどうしてボクのことを知ってるのだろう?


最長老様「この名前と住所をみて、すぐに分かったよ」


とのことだったので、PTAとか、なんらかのポジションにいたのかもしれないけれど、真実は闇の中だ。

いや、まー、聞けば良かったんだけど、動揺してすっかり忘れていたのだ(笑)

で、それから、結婚してるのかとかどうとか、そういう話になり、最長老様は、なんだかソワソワ。


最長老様「ウチの幸子はねえ、結婚して子どもが2人いるんだよ!」


ああ、訊いて欲しかったのか……

気が利かなくて申し訳なかった(笑)

まー、お嬢さん、おモテになりましたからねー、そうですよねー。

などと、相槌を打つと。


最長老様「実は今、子どもを連れて、ウチに帰ってきているのだよ!

この前なんか、孫に、じいじ遊んで遊んで〜、なんて言われてな〜

もう可愛いのなんのって――」

ボク「……」


ボクは、全てを察した。

この男、ノロケるのが目的だったのだ。

早く孫のことを話したいのに、ボクが全然ピンとこないもんだから焦ったんだろうなー。

後半、めっちゃ早口で喋ってたもんな(笑)


じいじ「そういえば、キミ、妹さんもいたねぇ。

ウチの下の子と同級生の。ちなみに結婚は――」

ボク「してませんけど」

じいじ「そうかい! いや、下の子も今、子どもを連れてウチに――」


キンコンカンコーン!


ボク「あの、ハンコもらっていいスか?」


チャイムに助けられるボクだった。(ちなみにハンコはもらえた)

このときは、ちょうど大型連休の時期だったから、姉妹揃って実家に帰省してたんだろうねー。

いやぁ、それにしても、世界は狭い(笑)


12.【見えない何かに操られ】

さて、いよいよ「修了検定」(仮免許取得)は目前である。

コース内で覚えるべきことは一通り終わり、この日は「無線教習」をやる日だった。

無線教習とは、車にひとりで乗り込み、校舎にいる先生が無線で出してくる指示をこなすというもの。

隣に先生が乗らないというのは、若干の不安があったけれど、ボクはむしろホッとしていた。

なぜなら、

「今日は一体、どんな強烈なキャラの先生が出てくるんだろう」

という不安と戦わずに済むから(笑)

ホント、どうやったら、あんなメンツを集めることができるのか……。

それに、コース内なら、ほぼノーミスで走れる自信があったので、いつもの教習よりも気楽なものだった。

実際、目立ったミスもなく教習は終了。

一ヵ所だけ、脱輪してしまったけれど、その後のリカバーはスムーズにできたので、そんなに気にするポイントではない。

じゃあ、なんでわざわざ、この話に1パートを割いているのかというと、教習後に衝撃的なことがあったから。(こんなんばっかだなw)

車を降り、先生がいる校舎へ戻る途中、一緒に教習を行っていた高校生(男子)と、顔を合わせることになった。(無線教習はだいたい二人一組でやる)

ここで、まー、ボクの悪いクセなのだけれど、つい、高校生に話しかけてしまったのだ。

初めての一人での運転、きっと、多少上手く行かなかったところもあるだろう。そんな心を、ちょっとだけほぐしてあげようと思った。

いわば、老婆心である。


ボク「いやぁ、緊張したね! どうだった?」

高校生「ええ、まあ、ちょっと上手く行かなかったですね」

ボク「オレもそうだよ〜。 実は、脱輪しちゃってさ〜……

だっつり〜ん♪ なんつって!」


高校生「それ、普通にダメですよね」(スタスタスタ……)


振り向きもせず、去っていきやがった。

まあ、脱輪はダメだよね。

うん、普通にダメだよね。

まあ、老婆心とは、たいていウザがられるものだ。

仕方ない、仕方ない……。

……。

この日、無事にハンコは貰えたものの、別の何かを失ったような気がしたのだった……。


13.【こんな修了検定は嫌だ】

とうとう、この日が来た!

修了検定――

これに合格すれば、晴れて仮免許を取得、公道を走れるようになるのである。

この検定を受ける前に、学科の試験も合格しておかなければいけないのだけれど、これはアッサリ100点を取ってクリアしておいた。

勉強は出来るボクである。

受付のお姉さんは、

「えっ……こんなことあるんですね!」

と、驚いていたんだけど、問題集を丸っとコピーした問題だったからね、コレ。


さて、検定を受ける人は、◯番の教室に集まるんだったな……

と、指定された教室へ向かうと、ウン10という机が並べらた中の、たったひとつの机の上に、プリントが1枚。

そして、黒板には、

「プリントが置いてある机に座ってお待ち下さい」

の文字――

えっ……

これって、もしかして……


先生「やあ! 今日は菊池さんひとりだよ!」


やっぱりか。

いやいやいや、

でも、こんなことってある?

この時期は、まだまだ高校生がたくさんいる頃。

しかも、修了検定を受けられる時間は決まっているのに、それでもボクひとりだけって――

こんな奇跡はいらない。

その後、マンツーマンで、説明を受けるボク。

ただでさえ緊張しているのに、このプレッシャー!

しかも、車に乗り込む段になって、さらなる追い打ちがボクを待っていた。

通常、検定は2人ひと組で行うことになっている。

じゃあ、受けるのがひとりしかいない場合、どうなるのかというと――


「じゃあ、私が後ろに乗らせてもらうよ」


現れたのは、教習所イチの強面先生だった。(5.【女子高生の前で良いところみせようとすると失敗しがち】を参照)

後ろに誰か乗らなければいけないというのなら、先生が乗り込むのは、まあ分かる。

でも、よりにもよって、一番コワイ先生が乗らなくても良いだろう!

もう緊張はピークだった。

だけれど、そんなボクを奮い立たせたのは、昔の記憶――

キャパ数千人というホールで、舞台に立った記憶。

某おもちゃ会社の偉い人の前で、聖徳太子のモノマネをやった記憶。(ちなみにダダ滑りした)

あのときの緊張に比べたら、こんなもの、なんでもないわ!

人間、あのときに比べたら――という記憶があると、強いものである。

ボクはこの試練を乗り越え、無事に仮免許を取得したのだった。


14.【はじめてのろじょう】

修了検定も無事に突破し、いよいよ、路上教習がスタート!

全体の行程でいったら、ここでようやく半分と言ったところ。

でも、ボクは、「仮免許を取れた」ことが自信になって、なんだかもう、すぐにでも終わりそうな気になっていた。

まあ、そんな気分も、あっさり数分後には無くなるのだけれど。


いつも通り、車に乗り込み発進させるボク。

馴染みの教習コースとも、しばしのお別れだ。

そんな感慨にふけりながら、教習所の敷地から公道へ。

すると、道を曲がった先に待ち構えていたのは――


交通事故の現場だった。


ボク「!?」

先生「はーい、じゃあ車線変えて避けていきましょうね〜」


避けていきましょうね〜

……じゃないよ!

え? 教習所から一歩出た先で交通事故?

しかも、割とホヤホヤの?


先生「いやー、ここ、結構事故が多いんだよね〜。ハッハッハ!」


いやいやいや。

笑い事じゃあない。

この道路、教習所内へ出入りするには、必ず通らなければいけない道である。

つまり、路上教習に出るたびに、通らなければいけないワケで――


ボクの心に、途端に立ち込める、暗雲。


さっきまでのイケイケ気分はどこへやら、である。

コチラ側は、運転するのが仮免許のボクだとしても、隣にはその道のプロが乗っている。

だから、まあ、事故につながるようなことにはならないだろう。

だけど、他の車は?

コチラがいくら気をつけていても、向こうに突っ込んでこられたら、アウトじゃあないか。


ボク「……」


交通事故が頻発する道路に面して建てられた、自動車教習所――

免許取得までの行程を半分ほど残し、改めて、

「ここに入って良かったのだろうか……」

と、自問するボクだった。


15.【ボクの法定速度を守って】

路上教習の初日に、軽いトラウマを植え付けられたボクだったけれど、その後は心配したようなことにはならず、教習は順調に進んでいった。


チャラ男「いや〜、やっぱり路上は良いっスね!

景色変わるってデカくないスか?」


この日の担当は、久しぶりのチャラ男だった。

相変わらずのテンションだけれど、コース内ではすぐ寝ようとするので、路上で組んだほうがいくらか絡みやすい。

それに、「路上のほうが良い」というのは、別の意味でボクも賛成だった。

なぜなら、路上には「S字カーブ」もなければ「クランク」もない。

「狭路」もないし、「縦列駐車」なんかする必要がない。

その場その場の対応が求められる一方で、修了検定でやったような技術は必要なく、基本、先生が言ったとおりに走れば良いので、コース内よりも気がラクだったのだ。

この日も、法定速度を守ることを気をつけながら、言われた通りの道を走っていた。


チャラ男「はーい、ちょっと落ちてますよ〜。60キロキープしましょう〜」


速度メータを確認して、ピッタリ60キロに合わせるボク。

まあ、このへんはたぶん、慣れだろう。

何度も走っていれば、体感で何キロ出てるか分かるようになるハズ――

しかし、ここでボクは、ひとつの違和感を感じた。


ボク「あの、ここって法定速度60ですよね?」

チャラ男「そうっスよ、標識出てないっスよね?」

ボク「じゃあ……なんで、この車は追い越されているのでしょう?」


そうなのだ。

標識がないということは、法定速度60キロ。

で、この車は60キロをキープして走っている。

他の車も同じ条件のハズなのに、どうして後ろから追い越されるのか?


「追い越しのためなら、法定速度以上の速度を出しても良い」

◯ or ✕?

という問題は、筆記試験の頻出問題。

もちろん、答えは✕である。


チャラ男「いや〜……ホントはダメなんスけどね〜。まー、そんなもんですよ


そんなもんなんだってさ!

いや、まあ、ボクも免許がないにしても、他人の車に乗ったことはあるわけで――

だから、法定速度を守ってる人なんて、ほとんどいないと知っているけれど。

一応、見つかったら罰則があるよ!

でもバレなきゃOKだよ!

みたいな、この空気。

ボクはあまり好きではない。

この「運転する人同士の独特の空気感」がイヤで、免許を取るのを躊躇していたほどだ。

なんだかなぁ〜……

先日の事故現場も、多少見通しは悪いのだけれど、速度さえ守っていれば、そんなに事故が頻発するハズはないのだ。

違反している人同士が事故るのであれば、自己責任ということで良いけれど。

ルールを守ってる側が巻き込まれるというのは、なんともいえない気持ちになる。

とまあ、そんな、釈然としない気持ちだったけれど、気持ちを切り替えて走ることにする。

あれこれ考えても仕方ない、今は運転に集中しなければ――


チャラ男「実際ボクも、この道、夜だと100くらい出しますしねww


お前はアカーン!!

いやいやいや!

その制服を着ている人が言って良いことと悪いこと!

いや、もう100歩譲って、やってるのは良いとしてさ(良くないけど)、教習生に言うんじゃないよ(笑)

ま、まあ……ジョークだよな、ジョーク!

ボクの緊張を紛らわせようとしてくれてるんだよな! な!?

ふぅ……

なんだか、運転以外のところで疲れているような気がする……。


16.【一騎当千の強者】

今までは実技教習に絞って書いてきたけれど、学科についても少しくらいは触れておこうと思う。

学科は実技と違い、教習を受ける前に受付に行き、自分のデータが入ったファイルを受け取りにいくスタイル。

受付は主に、例のおばちゃんが取り仕切っているのだけれど、このファイルの受け取りにも「ひとクセ」あるのだ(笑)

通常、自分の教習カードを出すと、それと引き換えでファイルが出てくるのが決まりになっている。

最初の説明で、そう聞いていたボクは、カードを持って受付にいったところ、これまた驚きの体験をすることになった。


おばちゃん「はい、菊池さん、これね!」


なんと、カードを出す前に、すでにファイルが用意されていたのだ。


ボク「えっ、なんで!?」

おばちゃん「まー、私くらいになると分かるのよ!」


やっぱり、このおばちゃん、テレパスなんじゃ?

と、疑うボクだったけれど、詳しく話を聞いてみると、どうやらそうではなく。

顔を見れば、教習カードに書いてある教習生番号が分かるらしい。

つまり、このおばちゃん、全教習生の顔と番号を一致させているのだ。

いや、これ……

テレパスじゃないにしても、すごい能力じゃない!?

一体、何人の教習生がいると思ってるんだ……。

それに、入れ替えが激しい「教習所」で、たぶん、番号も短期間で使い回されてるハズだよね?

そんな条件下でも、顔と番号を一致させるとは……やはりこのおばちゃん、タダモノではない。

しかも、どうやらボクが教習所のロビーに姿を現した瞬間に、ファイルを用意しているっぽいのだ。

つまりは、この時点ですでに、

「学科を受けに来たことが分かっている」

ということ。

で、学科は別に予約制ではないから、事前にそれを知るためには、

「この時間は実技教習に行かない」

ということを把握していることになり――


なんかもう、コワイ。


人手が足りないのかと思っていたけれど、

おそらくこれは、

「もうアイツひとりで良いんじゃないかな」

状態なのではなかろうか?

考えてみれば、自動車教習所の受付という仕事は、毎日同じことの繰り返しだ。

それを少しでも面白くするにはどうしたら良いか。

その結果の、この能力なのかもしれない。

「好きな仕事を見つけるのではない、今の仕事を好きになる努力をするのだ」

とは、誰が言った言葉だっただろうか。

すごいぞ、おばちゃん!

仕事人の鑑だ!

と、振り返った先で――


教習生「すみません、これボクのじゃないんですけど」

おばちゃん「あら、ゴメンねぇ〜!」


……。


まあ、「上手の手から水が漏れる」とも言うし、達人でもミスくらいするか……。

と、思いながらも、個人情報の漏洩を心配するボクだった。


17.【教習所教官の滑らない話】

肝心の学科教習はというと、ただただ関心するばかりだった。

その内容に、ではなく――

先生方の話術に、である。

同じことを何百回と話しているためか、もう、磨きに磨きがかかっている。

話し方は十人十色で、特に印象に残っているのは、元・東進ハイスクールの村瀬先生の完コピをしてくる先生だ(笑)

(村瀬先生は、ネプリーグの最後に出てくる先生ね)

あれは本当に見事だったなぁ〜。

学科教習を受ける高校生なんて、質問されても答えないものなんだけど、あの感じで振られたら、絶対に答えちゃうもんね(笑)

だからもう、スムーズに進む、進む!

今の若い子たちに合わせた、良いやり方だなぁと思って聞いていたのだった。

今のは、若い先生の話で、一方でおじいちゃん先生になってくると、やっぱりまだ、昔ながらのやり方でやっていたりする。

ザ・俺のやり方!

みたいな感じだ(笑)

これぞ「鉄板ネタ」みたいな話を持っていて、それをドヤ顔で話すんだけど、高校生は全然聞いてない(笑)

で、そうなると――


「へぇ〜、すごいですね〜」

「それで、どうなったんですか!?」


と、ついつい過剰に合いの手を入れてしまうボクである。

まー、なんというか、話している人には、気持ちよく話して欲しいというか……。

「人前で話してるときにリアクションがゼロ」という地獄を身をもって体験していると、なんかそうなっちゃうんだよな(笑)

それでも――


先生「というわけで、私も大型車の教習のとき、小柄な教習生を危うく轢きかけてねぇ! ハッハッハ、みんなも気をつけるように!」

全員「……」


とっつぁん……

ソイツぁ笑えねぇよ……


と、フォローしきれない案件もあるのだけれど。

まー、そんなこんなで。

久しぶりの「学校で授業を受ける」という体験は、すごく楽しかった(笑)


18.【必殺!オーバードライブ!】

路上教習が、終盤に差しか掛かった頃。

ラスボス的な存在としてやってきたのが、「高速教習」だった。

そう、運転初心者が最も恐れると言っても過言ではない、高速道路の運転である。

ボクも、例にもれず、家を出る前からドキドキしていたのだけれど、それに追い打ちをかけるような出来事が起こった。

出かける前に見ていた、テレビのニュースで――


「本日、◯◯高速道路で事故が発生し――」


高速道路の、事故のニュースを見てしまったのだ。

なんとも間の悪いニュース!

軽く心がエグられかけたボクだったが、世の中は、

「やらなければ終わらない」

「やれば終わる」

という至極当然な摂理で動いている。

ええい、ここで手をこまねいていても仕方がない!

しかし、意を決して教習所へ向かったボクを待っていたのは、またまた予想もできない出来事だったのである。


「高速教習」は、二人一組で行う。

つまり、行きと帰りで、一人づつ運転する計算だ。

ボクの相方だったのは、A君という、高校生の男の子。

まー、このくらいの歳の男の子なら、覚えるのも早いハズだし、ボクよりもきっと上手く運転できるだろう。

と、安心するボク。

しかし……

車に乗り込む前に、高速道路に行くときに必要な点検を行うのだけれど――


先生「じゃあ、A君! これは何に使う道具かね?」

A君「◯◯に使います!」

先生「違うね。これは車が故障したときに置くものだよ。

ちなみに、何メートル先に置くかは分かるかな?」

A君「✕✕メートル先です!」

先生「違うね。△△メートルだね。キミ、学科教習受けてる?

ボク「……」


もう不安しかない。

今まで、

「自分が高速道路を上手く走れるかどうか」

が不安だったけれど、こうなると、もう不安の種類が違ってくる。


先生「じゃあ、どっちが先に運転するかは、ジャンケンで決めてね☆」


なぜかノリノリな先生を横目に、拳を構えるボクだったが……。

正直、ジャンケンとか、運転する順番とか、そんなものどうでもいい。

ボクはただ――

コイツが運転する車に乗りたくない。

覚えた知識に自信がないとか、覚えたんだけど忘れてしまったとかで、正直に「分かりません」と言う――

そういうタイプなら、まだ信用がおけるのだけれど、間違った答えを自信満々に答えるタイプに自分の命を預けるのは怖すぎる。

……まあ、もう何を言っても仕方がない、賽は投げられたのだ。

ジャンケンはA君が勝ち、先に運転席へ。

ボクは後部座席に乗り、しっかりとシートベルトの確認をする。


先生「じゃあ、発進してくださーい」


ノロノロと動き出す教習車、

そして――


A君「……ぃぃぃぃ」


先生「?」

A君「ひぃぃぃぃぃぃ!!!!」

先生「ちょっと、A君!? どうしたの!?」

A君「ボ、ボク……MTで教習受けてるので、AT車がよく分からな……ひぃぃぃぃぃぃ!!

先生「いやいやいや! MTの教習に、AT車の運転も入ってるハズだよ!?」


コレ、もう絶対死ぬやつだもの。

まー、一応、A君の主張も分からないではない。

高速教習は、二人一組で行う。

と、さっきも言ったけれど、そのためには当然、同じ進行度の教習生が、同じタイミングにいなければいけない。

で、

「MT(マニュアル)で受けている人同士」

「AT(オートマ)で受けている人同士」

が、揃うのが理想ではあるけれど、そうならないこともある。

その場合、どうするかというと、ATの人はMT車を運転できないので、MTの人がATに合わせるしかない。(今回は、ボクがAT限定なので、A君がそれに合わせる感じ)

MTの範囲内に、AT車の運転の教習も入っているのだけれど、普段乗り慣れているのは、もちろんMT車なワケで――

なので、取り乱しそうになる気持ちは分かる。

分かるが――

いきなり、こち亀の江崎教授ばりの悲鳴をあげるのは勘弁して欲しい。

公道に出たあとも、隣の車線にはみ出しそうになり、先生にハンドルを戻されるA君。

もうこうなってくると、MTもATも関係ない。

本当にこれで、高速に乗る……のか……?

ボクの不安は募る一方だったけれど、とうとうインターチェンジに着いてしまった。


先生「ふぅむ……ここで、残念なお知らせがある」


と、突然切り出す先生。

それに対して、

お? これは、もしかして、

「こんなウデでは、高速道路には出られません! 今日は帰ります!」

っていう流れか!?

と、期待するボク。

しかし、それに続くのは――


先生「実は今日、いつも行く高速道路が事故で使えなくなったので、違うところに行きます!

いつもは、サービスエリアに寄ってお土産を買ったりできるんだけど、今日はできません! 高速に乗った先にあるのはトイレだけです! 残念!」


SIMPLE1500シリーズ

「DOUDEMO・E」


マジでどうでもいい言葉だった。

お土産なんぞ、1ミクロンも欲しくない。

だって、この命ひとつ持ち帰ることができたら、万々歳なのだから。

っていうか、あの事故、この辺だったのかよ!

そっちのほうが衝撃的だわ!

な、A君もそう思うだろ!?

A君「ひぃぃぃぃぃぃ!!!!」

悲鳴で返事をするんじゃないよ。

っていうか、まだ駐車できてなかったんかい!

ボクもA君も、そんな薄い反応を返したところ、先生は――


「ええぇ……? お土産……欲しくないのぉ?」


みたいな顔をしていたけれど、地元で何を買えというのか。

そんな会話が終わり、いよいよ高速道路へ。

緊張も不安もMAXだったけれど――


なんだろう、もう、一瞬だった。


高速とはいえ、やることと言ったら、ただ真っ直ぐ走るだけである。

あんなに取り乱していたA君も、一般道より落ち着いているようで。

ボクも、実際やってみれば、まあこんなもんかという感想だった。


教習所までの帰り道。

ハンドルを握るボクは、ルンルン気分だ。

ああ……生きてるって、素晴らしい!

こんなところで、人生の素晴らしさを実感しようとは、夢にも思わなかった。


先生「ああ、そうそう。ちょうどAT車に乗ってるから教えておこう。

これは、『オーバードライブ』と言ってね――

ボク「お、おーばーどらいぶ……?(トゥンク……)」


途端にときめき出すボク。

「オーバードライブ」……なんと甘美な響き……


……


「……くっ、もう追いつかれちまったか!」

「どうする、遊真! このままじゃあ……!」

「仕方がねぇ! アレを使うぜ!」

「アレって、まさか!?」

「行くぜ! オーバードラァァァァイブ!!!」


……


先生「――っていう機能なんだけど、聞いてた?」

ボク「ハッ! は、はい! 聞いてました!」


全く聞いていなかった。

そもそも、免許を取るとき、なぜMTではなく、AT限定にしたのかというと。

敵に追い詰められたときに――


「なかなかやるじゃねぇか……でも、コイツはどうかな?

限・定・解・除ッ!


っていうのをやりたかったから、というボクである。(敵とは何なのかは知らない)

「オーバードライブ」なんて単語を出された日にゃあ、妄想が膨らんでしまうのは当然じゃあないか!

……

その後、

「オーバードライブ」は、むしろ低速のギアを使うための機能

だということを知って、一気にテンションが下がるボクだった。


19.【アメリカの医療ドラマかよ】

免許を取るためには、学科と実技以外にも、受けなければいけない教習がある。

それは、「応急救護処置」の教習だ。

交通事故などで、傷病者を助けるときの正しい知識、心肺蘇生法やAEDの使い方を習得するのが目的の教習である。

この教習、何人かのグループに分かれたあと、人形を使って、人工呼吸や心臓マッサージをやっていくのだけれど――


先生「はーい、この紙を見てくださーい。

ここに書いてあるセリフの通りにやってくださいね〜」


なんと、傷病者を発見するくだりから、お芝居方式でやるらしい。

まずは、処置の手順とセリフが書いてある紙を見て、暗記する時間が数十分与えられた。

まー、こちとら、先日までプロだった身である。

こんな量のセリフと動き、秒で覚えられるけれど――


「まあ、そうだわなぁ……素人さんには、時間をあげなくちゃあ〜いけねぇ!」


などと、謎の大衆演劇の大御所を気取りながら、イメージトレーニングに励むボク。


先生「じゃあ、そこの班から始めようか〜」


げ。オレたちが最初かよ〜。

などと、ざわつく周囲に心を乱されず、立ち位置にスタンバイ。


先生「はい、じゃあ〜スタート!」


ボク「しっかりしてくださぁぁぁぁい!!!!

大丈夫ですかぁぁぁぁぁ!!!」


ボク「あなたは救急車を呼んでくださいッ!」

「……ハイ」

ボク「あなたはAEDを探してきてッ!」

「……ハ、ハイ」


迫真の演技である。

見たか! 高校生諸君!

これが大人の本気というものだ!

最初のくだりを一発で決め、心臓マッサージへと取り掛かるボク。


ボク「大丈夫ですか! しっかりしてください!」

ギュッギュッギュッ!

先生「待て待て待て! 速い速い速い!

そんなに速くやったら死んじゃうから!

ボク「……アッハイ」

高校生一同「(爆)」


高校生の中にひとりだけ混じった、謎のオッサンの突然のテンションからのやらかしに、笑いに包まれる教室。

そのおかげもあってか、少し緊張気味だった周囲もリラックスしたようで、その後はスムーズに進んでいった。

誰かの失敗は、他の誰かを勇気づけることになるのである。

まあ、なんか上手いことを言ってごまかそうとしたけれど、結局は――

芝居なんてどうでもいいから、肝心の心臓マッサージをちゃんとやれ。

という話である。


後半は、AEDの使い方を、これまたお芝居仕立てで実践していくのだけれど、ここで奇跡の出会いがあった。

新しく組み直したグループの中に、名女優がいたのである。

ちょっと小太りで、

「学校では、人気者のポジションだったんだろうなぁ〜」

という雰囲気を持つ女の子。

クラスにひとりは居るタイプだ。

名前は知らないけれど、ここでは仮に、A子ちゃんとしておく。


ボク「ダメです、意識がありません!」

A子「……っ! AEDを使うわ! 離れてッ!」


名コンビ爆誕の瞬間だった。

まわりで見ている人は、真剣ところなので、笑うわけにはいかないのだけれど、少し噛み殺したような笑いがジワジワと広がっていくのを感じ――


A子「(アンタ、やるわね……!)」

ボク「(ああ……そっちもな!)」


と、アイコンタクトを交わし、次のグループに交代するボクら。

ふぅ……やりきったぜ……!

……。

だから、お芝居の教習じゃないんだってば。

でもまあ、ハンコは貰えたからよし!


この辺になると、終わりが見えてきて、ちょっとだけ寂しくなってくるボクなのだった。


20.【卒業したいのヨロシク!】

自動車教習所に入ってから、数ヶ月――

ついに、ここまでたどり着いた。

そう……卒業検定であるッ!

もはや説明不要、これに合格したら自動車教習所は卒業、免許取得のための「実技」部分をクリアしたことになる、いわば最終試練!

この検定に落ちたとしても、合格するまで受け続けることはできるものの、やはり一発で合格したいところ。

なぜなら、お金がかかるから。

教習を一つ落とすだけでも、数千円の追加料金がかかるのだから、当然、卒業検定も受けた分だけお金がかかる。

数日前、実技教習のために待合室に座っていたとき、父親に連れられた高校生らしき女の子が精算にきていたのだけれど。

10万単位で支払っているのを見て、目玉が飛び出しそうになったのを憶えている。

ボクが補習を受けたのは2回なので、まだ数千円といったところだけれど、できるならこれ以上払うことなく卒業したいものだ。

「一発で決める……!」

そう心に決め、指定された教室に向かうと、そこには大勢の教習生が集まっていた。

さすがに修了検定のときとは違い、ボク一人ではなく、ひと安心。

卒業検定のコースは3パターンあり、それぞれ当日に言い渡されるのだけれど、確認したところ、ボクが走ることになるのは、比較的ニガテ意識がないコースだった。

よし! これは、よほどのことが無い限り取れる!

そう確信したボクだったのだけれど、数分後にその気持は打ち砕かれることになった。(いつものパターンです)


指定された教習車の元へ向かうと、そこに待っていたのは、なんと、あの――


スマイリーだったのだ。(9.【笑わないことロボの如し】参照)


「笑わないスマイリーキクチ」でおなじみの、あの先生である。


スマイリー「本日担当する◯◯です。よろしく」


相変わらずの鉄仮面……!

今日も安定の無表情だ。

正直なことをいうと、ボクはこう思っていた。

卒業検定と言っても、採点するのは、いつも教習を受けている先生方。

なので、先生方も、教習生には卒業して欲しいと思っているハズで――

つまり、

「そこに多少の手心は加えられるのではないか」

と。

だが、脆くもその希望は打ち砕かれた。

相手は、あのスマイリーである。

もうロボの如き採点をするに違いない。


俺はー涙を流さないー(ダダッダー!)

ロボットだから、マシーンだからー(ダダッダー!)


である。

グレートマジンガーのOPである。

ちなみにこの曲、

「ロボットなのに、思いっきり人語を喋ってるじゃないか」

と、突っ込むのは野暮である。

まあ、免許を与えるということは、人の生死に関わることなので、実際にはそれが正しいのだけれど。

ボクの相方になった、高校生くらいの女の子も、少し震えていた。(卒業検定も、二人一組で行う)

まー、とは言え、ここでチャラ男が出てきて、

「ウェーイ! 卒検なんてサクッとイッちゃいましょう!」

なんて言われるよりは100倍マシなので、覚悟を決めて挑むことにした。


さっきも言った通り、検定は二人一組で行う。

教習生は、コースの途中で停車をして、何度か運転を入れ替わることになる。

まず始めは、ボクの番だ。

運転席に座り、必要な情報を告げ、エンジンを始動。

滑り出しは上々で、特に減点されるようなことはなかったように思う。

ひとまず、ここまではOK。

指定された場所で停車し、運転をチェンジ。

しかし、順調に思えた卒業検定も、ここから異常なことが起こり出す。

相方の女の子が、運転席に座り、必要な情報を話し出すと――


スマイリー「名前と番号だけで良いよ〜、あ、でも菊池さんはさっきいろいろ言ってたから、一応キミも言っておく?」

ボク「!?」


え?

ちょっ、スマイリー!?

お前、そんな顔できたのか……

というような笑顔と、とても柔らかい話し方。

シンジ君に、

「笑えばいいと思うよ」

って言われたあとの綾波レイか!

と、内心でツッコミも入れるも、ボクは動揺を隠せない。

まあ、ボクが必要ない情報まで喋ったのは、事実なので仕方がない。

事前に、どこまで言えば良いのか言われなかったので、念のためにいろいろ言っておいたのだけれど、名前と番号だけで良かったという話だ。

それは良いとして、そうか……スマイリー……

こんな時代だから、あまりこういうことは言いたくないけれど、女性に対してだけ対応が変わるタイプだったとは。

なんか、ちょっとショックだ。

その後、発進しようとするも、サイドブレーキが重すぎて上がらなかった女の子。

そこにも、すかさず――


スマイリー「あー、菊池さん、さっき思いっきり引いちゃったから……ごめんねー、大丈夫?」


オイオイオイ、スマイリーよぉ!

100歩譲って、お前が女の子相手に対応が変わるタイプっつうのは良いよ!

オレも緊張しすぎて、サイドブレーキを引きすぎたのは謝るよ!

だけどなぁ、オレをダシにしてまで良い顔しようとするのは許せねぇ!

ボクはもう、怒り心頭である。

なんでこんないわれなき差別を受けなければいけないのか……。


スマイリー「そこ、もうすぐ交差点だからね。

交差点ってことは、分かるね? 何を確認するのかな?」


ヒントがエゲツねぇぇぇぇぇ!!!!


お前は、食品に付いている懸賞付きのアンケートか!

「手洗い、うがい、ヤ◯ルト♪」

◯に入る文字を書いて送ってね!

じゃねぇんだよぉぉぉぉ!!!!

もうそれ、答えだからぁぁぁぁ!!!!

仏のゆーまと言われたこのボクも、もうMK5である。

マジでキレる5秒前である。

だが、ここで、東京で味わった理不尽な出来事の数々を思い出し――


まー、アレに比べれば全然マシ!


と、気持ちを入れ替え、次の運転に臨むことにした。

理不尽なことには遭っておくものである。

うまく気持ちを切り替えられたのか、冷静にこなすことができ、ボクのターンは終了。

これで路上での運転は終わり、あとはコースに戻って、「縦列駐車」か「方向転換」のどちらかをやるだけ。(どっちをやるかは、直前まで分からない)

どちらもそんなに苦手ではないので、ここまで来たら、もう勝ち確だろう。

ホッとひと息つくボクに、スマイリーが突然話しかけてきた。

入れ替えで車外へ出ていった女の子は、まだ乗り込む前の点検を行っているので、車内には2人だけの状態だ。


スマイリー「菊池さん……先程からの非礼、申し訳ございません」

ボク「……は?」

スマイリー「実は、あの女の子……この検定、もう10数回目なのです……」

ボク「ええっ!?」


あれ、そう言えば……

この前、数十万単位でお金払ってたのって、あの子!?


スマイリー「だから、どうしても合格させてやりたくて……

菊池さんを引き合いに出して貶めるようなことを言ったり、甘めのヒントを出したものそのためでして……

菊池さんなら大丈夫だろうと思ってやったのですが……全て私の勝手、お許しください」

ボク「……」


良いヤツか!

ただのメチャクチャ良いヤツか!


いや、もう……

そんな「ドラマの最終回で突然良いヤツになる」みたいなのやめてぇ……!

90年代くらいのドラマで良くあったよね! そういう展開!

もうこうなってくると、さっき心の中で、散々アンタを罵ったボクのほうがワルモノじゃんか。

まー、

「菊池さんなら大丈夫だと思って」

と言われて悪い気はしない。

そうかそうか、そういうことなら、甘んじてボクも貶められようじゃないか!


女の子が運転席に乗り込こみ、教習所まで帰るルートに入る。

スマイリーのフォローもあってか、この子もここまで目立ったミスはない。

よし、ここはみんなで一丸となって、合格を目指そう!

と、思った瞬間、女の子がミスしそうになり、またスマイリーに貶められるボク。

理由は分かっていても、もうちょっと他の方法は無かったものかと思ってしまうのだった。


そんなこんながあり、スマイリーは感情が無いのではなく、だた表現するのが苦手なだけだったと発覚した。

言葉だけ聞くと、

「なんだその萌え要素は」

と思ってしまうけれど、不器用ながらも生徒を勇気づけたいという、その心意気に、心を打たれ。

自分の検定が、もうほぼ勝ち確だという余裕もあり、帰り道では、女の子のことを全力で応援していたボクだったけれど、世の中はそんなに甘くはなかった。

もうすぐ教習所へ着こうというときに、アクシデントが発生。

道路の真ん中に、お猫様のご遺体が横たわっていたのだ。


スマイリー「はい、避けてください」


スマイリーの指示は冷静だった。

女の子も、その指示を的確にこなし、ご遺体をそれ以上損壊させるようなことはなかったのだけれど――


ボク「……」


ボクの心が、完全に壊れてしまった。


スマイリー「じゃあ、入れ替わりましょう――菊池さん?」

ボク「は、はい!」


今では2匹の猫を飼っているボクも、このときはまだ、猫を飼っていなかったのだけれど、それでもショックが大きかった。

飼っていたとしたら、もうこんなダメージでは済まなかっただろうと思う。

最後の課題は、「方向転換」。

もう何度もやったことがあり、失敗なんてほとんどしたことがない科目だったのだけれど、さっきのショックから立ち直ることができず――


ガコンッ!(だっつり〜ん♪)


見事に脱輪してしまった。

説明しておくと、検定中、先生に助手席のブレーキを踏まれたら、一発アウト。

で、その次に、一発アウトにはならないものの、「ほぼほぼアウト確定」になるほど減点されるのが、この「脱輪」なのだ。

すぐに戻して、リカバリーはしたものの、これでは、もう合格は絶望的だ……。

検定が終わったあと、先生からひと言ずつ感想があるのだけれど――


スマイリー「菊池さん……本当に残念です。

それ以外が完璧だっただけに、最後の最後で……」


と言われてしまった。

ボクの隣では、方向転換をノーミスで決めた女の子が、

「なんでこんなとこでミスるの?」

みたいな表情で見ている。

いや、ボクたちは、キミを合格させるためにいろいろと……ああ、もう、よそう。

ボクはいつだってこうだ。

他人のためにと、自己を犠牲にした結果、最後の最後には貧乏くじを引くのだ。

待合室に戻り、合格者の発表を待つ。

合格した人の番号が光るという、お馴染みの発表方法だ。

ボクはもう不合格を覚悟していたので、

「あー、次はいつ予約いれようかなぁ……」

「追試っていくらかかるんだっけかなぁ……」

などと、上の空で番号を見ていた。

すると――


パッ!


……え?

つ、点いた!?


「合格した人は◯番教室に行ってくださーい」


そうアナウンスがあり、他の教習生がぞろぞろと教室へ向かう中、ボクは未だに信じられず、立ち上がれなかった。

えっ……?

これってどういう……?

詳しい点数は忘れてしまったけれど、検定は減点方式で、一度「脱輪」をすると、ピッタリ合格ラインの点数になったハズ。

つまり、一回だけなら「脱輪」をしても、他がノーミスなら合格できる。(もちろん、その後のリカバリーが必須だけれど)

と、一応は、そういうことにはなる。

なる、のだが……

スマイリーは

「それ以外が完璧だっただけに――」

と言っていたけれど、まさか、「-1点」もないとは信じられない。

と、いうことは――


スマイリーの恩赦!


おそらく、ちょっと目を瞑ってもいいだろう、というような、細かい減点をなくしてくれたのではないだろうか。

冷徹に見えて、実は情にもろいということが分かった、スマイリーである。

きっと、ボクにも情けをかけてくれたに違いない。

まー、散々ボクを利用しておいて、さらに不合格にするというのは、さすがに心が痛むから――

という理由かもしれないけれど(笑)

これはいくら考えても、答えは分からないから、良い方に捉えておくことにする。

つまりは、ボクが試験開始前に思っていたことが、正しかったのだと。


21.【エピローグ】

教室に入ると、合格者たちが顔を揃えて待っていた。

あの女の子も、その中にいる。

ボクも貶められがいがあったというものだ(笑)

いろいろな書類が入った封筒を渡され、その中身を確認していく。

自動車教習所はこれで卒業だけれど、免許を取るためには、本当に最後の試験である、学科試験をパスしなければならない。

試験を受けるのに必要なものや、会場に着いてからの手順などの説明を受け、最後に「免許を取ったあとの過ごし方」について、注意事項を言い渡された。


先生「じゃあ、緑色の紙を出してくださーい」

ボク「先生、ボクのには入ってません!

先生「菊池さんのだけには入ってません!」

高校生「(爆笑)」


最後の最後まで、オチを担当するボクである。

(たぶん、ボクは原付きの免許を持っており、初めての免許取得ではないからだと思われる)

高校生の中に、30代がひとり。

ああ、そうか。

あれから4ヶ月。

この子たちも、それぞれ大学生か社会人になっているのだ。

もう高校生ではない。

ロビーに行くと、受付の皆さんが、拍手でボクらを見送ってくれた。

その中には、あのおばちゃんもいる。


おばちゃん「おめでとうー! 頑張ってねー!」


これまでのお礼を述べ、教習所をあとにする。

なんだろう……これまでに卒業した、どの学校よりも、泣きそうになるボク。

始めは、散々、

「ここに入って良かったのか」

と思ったものだったけれど――

ここで良かったなと、思うのであった。


22.【余談】

それから数ヶ月くらいすぎたあと、教習所のアドレスからメールが届いた。

「その後、運転はどうですか?」

という、アフターフォローのメールだったのだけれど、最後に――


「7月◯日には、夏祭りをやっちゃいます!

ステージでは、あの先生方の違う一面が見られるかも!?」


という案内が載っており――

「あの先生方は、もう、一面だけでお腹いっぱいだ

と思ったボクは、謹んで参加を辞退することにした(笑)


【完】

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