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窓辺の猫 第五十五回「ウメヨフヤセヨ」

 どうも、独り身です。世の中に独身者はありふれているはずなのに、独身者に風当たりの強い世の中になっていくなと感じています。特にふと気になったのは、私が独身者でありながら、猫を飼っているという点です。

 私が死んだら、この猫たちはどうなるだろうと思うと、これ以上猫を増やすことはできません。けれども、昨年庭にメス猫とオス猫が居着いたのを放置してしまったら、そのメス猫が2回も出産をして、現在庭に猫が6匹に増えました。それで遅まきながら5月猫たちの避妊手術に取り組むことにしたのです。そこでわかったのが子猫たちも既にお腹に赤ちゃんがいたと言う事。そのままにしていたら、30匹ぐらい同時に子猫が誕生したでしょう。一緒にいると同時期に発情期が来るようです。もちろん全部の猫が我が家の庭に居着くわけではないでしょう。現にメス猫ばかりという事は、オス猫は縄張りを変えたのだと思います。

 避妊手術をする上で、猫たちの捕獲は必須です。動物病院では獣医さんに「よく捕まえましたね」と言われました。何せ触ったら暴れる人慣れしていない猫たちですから。そんな猫たちを捕まえるために、ごはんで釣ることは必須でした。1日で6匹は捕まえられないですから、5月中、ずっと我が家の庭には猫のご飯があったわけです。
 その状態に私の父は憤慨し、
「餌をやらなければ、猫は減るんだ」と言いました。
 もしかしたらそうなのかもしれません。自分でご飯を狩る力がない猫が多ければ、いずれ猫は減るのかもしれません。
住んでいる地域の区長さんに確認したら、長毛の母猫に飼い主はいませんでした。「飼い主になんていないですよ。最近この辺で長毛の猫がたくさん増えているんですよ」と言われました。突然変異で、短毛の日本猫ばかりから長毛が生まれるようになったわけではないでしょう。最初は外猫で繁殖したか、あるいはその猫たちは捨て猫なのです。
 その状態で猫を増やしていると言われても。やむにやまれず、避妊手術をしているのに。

 これまで、世間の猫の多頭飼育崩壊のニュースをよそながらに見てきました。けれど、容易にそうなることを、猫の避妊手術の活動を初めて知りました。昨年の9月から、7ヶ月ほどで猫が6匹にまで増えて、もしかしたらそこから30匹ほど生まれて、20匹ほどに縄張りにされ、やっぱり30匹くらい我が家に猫が居着いたかもしれないのです。田舎の家なので、庭が広いです。

 多頭飼育崩壊はたった2匹の猫から始まります。それも1年のうちに起こります。考えなしに猫を飼うからだと世間の人は言うでしょうけれども、飼っていなかったとしても、それだけの猫が実は地上に生まれているのです。それが室内であれば多頭飼育崩壊だと言われ、人間の家に飼われていなければ、どのくらい猫が増えているか気にもされないかもしれません。けれども私は気になりました。

 子猫のお腹にいた子猫たちに名前をつけようか迷いました。しかし、30匹。あまりに多すぎる命。さあっと血の気が引いたのは、どうにもならない現実に愕然としたからで、子猫たちを気の毒に思ってのことではありませんでした。私はむごい人間です。
 子猫たちのお腹の膨らみに気づけなかったのは、やはり私が出産経験がないからでしょうか。私にとって、産みの苦しみは未知の領域です。そしてまた生まれることができなかった命に対しても、私はその苦しみを知る事は無いのです。

 戦後のベビーブームで世界中で人間が増加しました。けれども、今は世界がその人間の数を減らす方向に向かっています。日本ではそれに抗おうというのか、政府によって、「異次元の子育て対策」の方針が示されています。これは少子化対策ということなので、要するに日本は今「産めよ増やせよ」が号令されているのです。それが良いことなのかどうか私には判断できません。けれど、子猫たちの命を救えなかった私は政府の方針や対策がどうであっても、結局はその波に乗れない運命の人間だったと思うのです。
 ウメヨフヤセヨ。ウメヨフヤセヨ。ウメヨフヤセヨ。まるで何かの呪文のように私にまとわりつきます。
 既に生まれた猫たちに私ができることがまだあるでしょうか。私は生きていればこの世の中に貢献できるでしょうか。人間社会で貢献できなければ、もちろん猫に対してだって貢献できるわけがありません。

 とりあえず、今年は飼っていない猫たちによる我が家の庭の崩壊は免れました。けれども来年どうなるのか。人間も猫も一寸先は闇のスレスレを生きているのだなと改めて思いました。ただ、常にその危険を意識しながら生きることに意味がないというだけなのです。こうした物思いは窓辺に猫がたたずんでいる時間にずっとするものでしょうか?それではあまりにも考えすぎている気がします。

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