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いつか長崎を1か月ほど旅したい

 もう一度同じ場所に戻って来るために必要なのは心残りだ。人は人生を後悔した時に、過去に戻ってやり直したいと思う。
 旅についても同様だ。常に腹八分目にしておけば、食べ尽くせなかった旅のプランを完成させたい。小さな町をパズルに閉じ込めた場合には、広々とした風景が必要だ。俯瞰して一県おさまるくらいに大きいパズルを作らなければ、小さなパズルだと縁のピースが欠けた感じを覚えてしまう。

 人を同じ場所に戻らせるのは未練なのだ。完璧でなかったその人との歩み、その場所での思い出。完璧で満足だったなら同じ人生は繰り返さない。転生物語もタイムスリップSFも始まらない。

 そういうわけで、私にとって印象深い場所には常に後悔がある。忌避すべきものなら忘れるが、出来なかった事は出来たかもしれないことであり、思い出の場所は常に可能性に満ちている。

 退院後の旅行は満足した。北陸は素晴らしい場所だった。けれども、いつでも行けると思う長崎はいつも中途半端に終わってしまう。
九州生まれの私にとって近くて遠い場所が長崎である。

長崎の魅力

1.カフェ

 長崎は美味しいものがたくさんある。海産物はいうに及ばず、中華も有名だ。長崎ちゃんぽんや皿うどんだけでなく、ラーメンだって美味しいのだ。海県でも案外九州好みで豚骨ラーメンがちゃんとメニューにあったりする。お土産に買う焼き菓子も美味しく、いつもカステラを買う。
 一方でいつも長崎ではカフェに入らない。海鮮丼かいか刺しを食べ、お土産にお菓子を買うならばわざわざカフェに入ることもないというわけだ。せっかくなら海辺の町の良い景色を見ながら、カフェでまったりしたいものだ。 

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 長崎グルメなら実は平戸まで足を伸ばしたい。落ち着いた雰囲気で海産物が美味しいから好きだ。しかし、遠い。辿り着くまでの景色は車窓から眺める余裕もなく色褪せている。なぜなら九州の南からだと熊本を抜けるだけでくたびれているからだ。フェリーで雲仙ルートを選んでもやはり雲仙過ぎたらくたびれている。雲仙でランチして、カフェはやはり素通り。温泉と活火山に心惹かれ海は二の次だ。宮崎の明るくて凪いだ海に比べると日本海は常に陰鬱に苛立ってもいるようだ。そういった景色が数々のミステリー作家に長崎を事件現場の場所として題材に選ばせてきたのではないかと思う。

 探偵も刑事もやっぱりカフェには入らない。ホテルの喫茶店にいても張り込みで、パンケーキなど悠長に食べていたりしないのだ。タクシー運転手だって刑事ドラマではちゃんぽんか海鮮丼をすすめるだろう。

2.夜景

 長崎でまともに夜景を見た覚えがない。九州人が長崎を旅行してもせいぜい1泊しかしない。長いドライブの末たどり着いたホテルの夕食の席では元気な運転手が酒を飲む。当然食後に夜景は見に行けない。自分で運転するとしても不案内な場所の夜道を一人で運転して行くのは怖い。今はほぼ運転などしない生活で、通勤のために運転していた頃も運転は下手だった。

 そもそも夜景だろうがカフェ巡りだろうが、私がドライブ旅行に憧れるのに無理があるのだ。しかし、長崎は広いのでそれなりに満喫するようにたくさんの場所を巡るには車が必須だ。あるいはお金持ちになってタクシー代や宿泊費に糸目をつけず、町から町へ長期宿泊するしかない。だから、タイトルに一ヶ月旅したいと書いた。

露天風呂から見た花火。肉眼では見えていない。なぜか風呂場にスマホ持っていって眼鏡は持ってなかったという。
窓越し。
朝焼け。

 ちなみに私は知らない場所で一ヶ月も生活できる人間ではない。どんな快適な場所でも慣れるまで相当時間がかかるだろう。東京は1年以上働いても慣れなかったし、7年以上働いた福岡もそのまま住み着く気にはなれなかった。なぜ文学者が旅を好むのか分からない。生まれ故郷より語るべき場所などないのではないか。

 住んだ町の夜景が綺麗だったらまた違うだろうか。長崎で夜景の綺麗に見えるホテルに泊まったらそのまま住みたくなるかもしれない。しかし、部屋の外に露天風呂があったら要注意だ。眼鏡をかけて風呂には入らないので、露天風呂のあるベランダから花火が上がる町の様子が見えても音しか分からない。視界は滲み、町の灯りと星と花火が一体化して半球の下の方がわずかばかり明るさを増すだけだ。ちなみに私は花火の音も苦手だ。ドキドキするのはときめくのではなく不穏を感じるからだ。

3.猫

 長崎には猫の町がたくさんあると言われる。猫島と言われる島は日本に数あるが、細い坂道に佇む猫に出会ってみたい。
 私が住む地域は地域猫活動はされていない。別にだからというわけではないが、外暮らしの猫をあまり幸せなものだて私は考えていない。山里育ちなので夏は暑く冬は寒く、猫には厳しい環境だ。雨もよく降る。
 しかし、雨が少なく魚が豊富な長崎であれば外暮らしの猫ももう少し苦労が少ないだろうか。山里の飼い主のいない猫はみな細くてガリガリだ。猫がたくさんいても到底猫の町にも山にも見えない。しかし、猫にまつわる民話はあって、大抵は死んだ飼い主の代わりに復讐してくれるというものだ。山の因業の神は嫉妬でも怨みを持つ人間を知らず生き霊にして取り憑かせる。とにかく猫は不幸の象徴なのだ。福招きではない。

 長崎は情緒がある一方でそんな明るいイメージもない。猫神がいるか知らないが、山猫のように海猫は祟らないかもしれない。避妊去勢してリリースした猫たちに罪悪感を持っている。身勝手だが、外でも元気な猫を見たら慰められるかもしれない。或いはやっぱりガリガリの孤独な猫を見つけてますます罪悪感を募らせるだろうか。それでも、長崎の海辺の猫たちに会ってみたい。これは車移動ではなく、どこかを散歩しないと出来ない出会いだ。

 旅に出るならいつがいいだろうか。秋は気候がいいけれど、海鮮を楽しむならやはり冬か。夏カフェもいい。猫の写真を撮るなら夏だろう。自然光は写真映えがする。
 しかし、撮った写真は見返さず、とっておくこともできないかもしれない。私のスマホのフォルダは飼っている猫と避妊去勢した猫たちの写真で常にいっぱいだ。旅の写真はSNSにアップしたらなるべく消すようにしている。そのSNSも頻繁に更新することもなければ知り合いにはアカウントを教えてない。

 いつか長めの一人旅を、長崎で。
 いや、猫をおいてそれはもう出来ない。

 3つの未練を長崎について書いた。しかし、これらを満喫したとしてやっぱり何か旅先の楽しみを見落とした気がして、長崎には未練を持つだろう。日帰りか一泊してまた来たいと思うくらいが次の旅のきっかけになって一番いいのかもしれない。行くたびに、町の様相が変わり、また知らない一面を見つけるのだ。
 知りすぎないくらいがちょうどいい。旅人は人生に不満足で、自分の物語の新たな1ページを探している。文学者が旅人なら、やはり不満足な古里や自分より新しく出会えた旅先の事を多く語りたいかもしれない。
 旅は過去に戻って同じ人とやり直すより、時間が経ってから同じ場所で新たな出合いをする方がドラマチックだ。

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