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東と西の薬草園 10-②

 ブームというのはどこからやってくるかわからない。
 『山鳥』が発売した新商品のフルーツフレーバーティー「紫蘇と柚子味」は、発売からたった1週間で大ヒットを記録した。しかし、それは最初日本で起こった現象ではなかった。ヨーロッパで先行販売してところ、発売当日に店頭で売り切れが続出し、その2週間後に日本のネットでも紫蘇柚子フレーバーティーの人気が知られることになったのだ。
 どうやらヨーロッパのとある紅茶専門家の人気ブロガーが、日本からとんでもない薬草茶が発売されると事前に宣伝してくれていたらしく、それが食に関心のある人たちの間でヨーロッパ全土に噂として広がり、結果としてネット販売分の在庫は瞬く間になくなってしまった。

 紫蘇柚子に生姜蜂蜜ティーを混ぜて飲む。
これが美味しい。

『そのままだと薬っぽい味だけど、ハニージンジャーティーを混ぜるととっても飲みやすくなるわよ。私は紅茶には断然レモンより柚子になっちゃったわね』

 イギリスの人気インフルエンサーが、そんなふうに紹介してくれたおかげか、日本でも徐々にオリジナルレシピを考案する人が現れ始めている。世間では、もっぱらハニージンジャーを混ぜて飲む人が多く、山鳥から発売されている蜂蜜生姜茶の売れ行きまで好調になった。

 おかげで、貸庭にまで海外からSNSの公式にコメントや問い合わせが来るようになった。庭師の野人の美しい庭のポストカードが欲しいという問い合わせが多い。デジタルに強い林田九州道(はやしだくすみち)がいてくれてよかった。あと数ヶ月雇うのが遅かったら対応が困難だっただろう。野人は若い頃から、自分が作った庭の写真集を出すことを拒んでいる。実物を見てもらわなければ何にもならないというのだ。ネットでただで見せる分にはいいらしい。駅前のパネルになるのも良い。ただ写真集は嫌だ。その感覚がわかるようなわからないような。
 今は、インターネットの翻訳機能が優秀なので、外国語のコメントも読めないなんて言い訳が通用しない。

「すごいじゃないの。ハルちゃんが発案したお茶がこんなに大ヒットするなんて。世界的大ヒットよ。果実町に山鳥の商品開発部が移ってくる時期も早まるかもしれないわ。昔は、田舎に工場を置いて、本社は東京だったものだけれども、山鳥は先進的よね。その逆を行こうとするんだから敵わないわ」

 桜を見上げながら、手放しに褒めてくれたのは貸庭スタッフの霞の母の夕(ゆう)だ。遥はそれに苦笑いで返すしかない。食品だからおいしい楽しいお茶だって思ってもらいたかった。ゆず砂糖のシロップで、紫がかったこげ茶から黎明の空の色に変わる。おしゃれだなぁ。不思議だなぁという評価が得られると思っていた。
 ヨーロッパでは味が評価されて、これほどのブームになったのではない。全てはインフルエンサーの方々のおかげだ。紫蘇と柚子の効能が一人歩きして、いつの間にか美肌のお茶などと評価されている。果実町が温泉地であったことから、果実町の人々が肌がツルツルなのは紫蘇と柚子と温泉のおかげだというのは当たらずしも遠からずといったところか。別段効能を売りにしたわけでもないのに、世間の期待が過剰で重荷だ。体に害がない程度のおいしいお茶が、まるで健康食品のように思われてしまっている。
 これが梅酒でも、梅ジュースでも紫蘇ジュースでも、西側諸国でも珍しかっただろうか。山鳥が健康食品で売り出すと言ったわけでもなかったのに、狐につままれたような気分である。はじめての果実町発信の新しいフルーツフレーバーティーは、発売から1ヶ月で在庫が尽きて生産ラインが追いつかない。

 ヨーロッパにも春があるのだろうか。花びらの落ちたビニールシートの上に、遥は視線を落とした。
 なんだか昨年のように、参加者に挨拶して回る気持ちも起こらない。今年の花見は、果実町役場が取り仕切っているから、遥たち貸庭のスタッフが器用必要もなかったが、企画発案者は遥ということになっている。それでなくても、新商品を作ったのが遥なのだと周りが良かれと思って、遠方からの客に宣伝して回るから、遥はいたたまれなかった。今年は遥の両親も参加している。母はいいのだ。害がないから。父が酔っ払って、遥の自慢話やいつもの酔多話をするのに関わりたくなかった。学校の勉強なんか真面目にやったことがないくせに、まるで黒船来航の時から生きていたようなことを言うのだ。父の話は、8割方嘘だと遥は知っている。果たして、周囲の人間は、2割の本当の話に付き合ってくれるだろうか?父は声が大きいから、2人に近い場所にうっかりビニールシートを敷いて、陣取ってしまった人たちが気の毒だ。

 貸庭のスタッフになって遥の人生は、順調そのもの。少なくとも仕事面においては。しかし、昨年の花見と同様に、今年の花見も遥の心は踊らない。開く花の数だけ心の中で蕾んで閉じていた不安が開く。

「山鳥の屋台骨がこっちに来て、もしうまくいかなかったらどうするんだよ。こんなことになって僕は気が重いよ。次もまたヒット商品が期待されるじゃないか。今度考えるのは僕なんだよ。ハルさん、また新しい商品考えてくれないか」

 母親の夕の隣でため息をついたのは、霞だ。酒に弱いので、宴会の席では飲まない。酒蔵の息子が酒で醜態をさらしたらシャレにならないからだ。彼は雰囲気に酔っているだけ。普段人に嫌みをいうような性格ではない。また、今回の大ヒットで、舞い上がって山鳥の役員の話をホイホイと引き受けるような性格でもない。霞は安定志向だ。うまくいく事は嬉しいが、破滅する可能性がある事は絶対にしたくない性格だ。

「絶対嫌だ。もうこれで充分満足。二度と新商品を考えるなんてしないよ。これ以上の事は無いだろうし、知識も足りないし。美人のお茶とか言われて、どの面下げて開発者だって名乗れるのよ」

 遥は少しだけお酒を飲んでいた。昨年の秋に乾燥して保管しておいた紫蘇を煮出してお茶にして持ってきた。それに、昨年作り置きした柚子酒を加えたら色合いはまるでワインだ。だが、薫風はしっかり紫蘇だ。満開の桜の花の香りに手元の紙コップの中で揺らいでいる紫蘇と柚子の香が混じる。紫蘇酒と何が違うのか。取り立てて実は新しい発想ではないとわかっているが、ちょっとした工夫を人に隠れて楽しむのが遥は好きだ。新しいフレーバーもおうち時間に穏やかな気持ちでひっそりと楽しんで欲しかった。
 勝手に美肌に効果があると言われても、開発者の遥の肌は30代の年相応。普段肌ケアなどせず、アレルギー体質で湿疹も多かった。

「たった1度のヒットだってすごいじゃないの。私たちもこれからハルさんに負けないように頑張るだけだわ。ハルさんには、貸庭の仕事が向いてるんだから。今の私たちの暮らしは、ハルさんのおかげよ」

「まったくだよ。ハルさんに出会わなければ、僕は趣味の料理を仕事に出来なかった」

夫の隣で、香が取りなして、遥の作った柚子と紫蘇の酒を水筒の蓋のカップに入れて、楽しそうに空に描かれて燻らせた。それにカエルも追従して、今更ながら、みんなで乾杯した。

「これからの貸庭と果実町の発展を願って」

みんなで乾杯して、3杯目の酒を飲めば遥が用意した酒は空になってしまった。昨年の花見は、遥が反対して、酒は厳禁だったのだ。ところが、それに反発した役場や農協の人が、酒を持ってきて酒盛りしてしまった。
問題がないように、今年は役所の方でも見回りをするからと説得されて、酒の持ち込みありの花見になった。
果実町は果物だけでなく、焼酎も名産だ。観光イベントに酒がなければ格好がつかないと周りの意見も分かりはしたが、園芸を愛好する人たちの行事にはやはりお茶がいいと、健康志向にこだわりすぎていたのは、遥かだったかもしれない。
 実は、意図しない方向ではなく、遥の深層心理が正しく、インフルエンサーたちに伝わったから、健康茶ブームに乗っかってしまったのではないだろうか。

「ハルさんのおかげでわたしも漫画のアイデアがつきませんよ。形にならなくても楽しい。本当にいい生活だ」

 同じブルーのビニールシートに座っているメンバーで、一番酒を飲んで上機嫌なのは、野沢湧水だ。彼は漫画が売れても、遥たちが運営する『峠道の貸庭』のスタッフを続けていた。ただの客として、貸庭で作業するだけでは物足りないのだそうだ。何年も引きこもりだった割に、いや、そうであったからこそ、むしろ今とても活動的になっているのだろうか。40歳を超えて体力が衰える時期でありながら、これは今が最も充実しているというのだった。そして、あるときには、ひどく顔色が悪い時もあれば、今日の花見に集合した時みたいに、上機嫌でお肌がつやつやなこともある。湧水は果実町に来てから、肌ケアに凝っていた。

「そんな良いものじゃないでしょう」
ハチがにべもなく言った。

「ハルさんと仕事していると、何でも屋として雇われたような気分ですよ。いや別にそれが嫌ってわけじゃないんですよ。今新しいことするのは楽しいです。自分の裁量で出来ることも多いのが楽です。写真、撮ったりホームページの運営とかネットの仕事や漫画のアシスタントにレストランのスタッフに庭の手入れとか。ログハウスの掃除に泊客の受付。でも、まだ本職って言えるようなものが1つもない。結局は雑用で、僕たちって家政婦のスペシャリストを目指しているんですかね?一つ一つの負担は、それほどではなくてもやることが多すぎて把握するのが大変じゃないですか?この上、山鳥の新商品開発部門にも継続して関わって、役所の地域創生事業にも携わって、イベントとか貸庭の事業も拡大するんですか?無理でしょう。パンクしちゃいますよ。ハルさんの会社って言うなら、ともかく、毎回毎回誰かに許可を得ないといけないんですからね」

 さすがに、新人で遥と一緒に仕事をすることが多いハチはよくわかってくれていた。何が大変といえば、あっちこっちすることが多くて、行ったり来たりが大変なのだ。貸庭から出なくても、はるかの手書きの手帳は、いつも書ききれないほどスケジュールでいっぱいだ。スマホに通知を入れて忘れないようにしていても、見逃すことがある。周りの人間は遥がうっかりミスしても優しいけれど、遥だってなるべくなら物忘れはしたくない。それでも今の働き方であれば、全くミスしないのは難しいのはわかっていた。だから自分の役割を減らしていきたい。ただどれが自分の役割なのかわからない。もちろん遥自身にも問題がある。これがやりたいことだと、遥が決めてしまえば、周りは優しいから、きっと理解を示してくれるのだ。

 花吹雪が舞う。その花吹雪の向こうに、歌詞にはのレストラン『かえる亭』の常連客が見えた。名前も知らない。年齢もよくわからないが、年配の方だ。おそらく、遥の両親より年上だ。曜日毎に違う人と一緒に3日に1度食事に来て、まるでアドバイスするようにぽつりと提案を出してくれる。

「物産館のごと、ここで肉や野菜や卵を売ればよかたい。川魚もよかね。自然いっぱいで似合おうもんね。煮染めやだご汁の食べたくなるたい。焼き肉だけじゃなくてね」

先日はカウンター席でそんなことを言っていた。遥たちに聞かせるつもりなのかどうか。貸庭に来るたびに、ああしたら良いのに、こうしたらいいのにと思うことが多いようだ。それがいつも楽しそうで、全く嫌味がないので、つい聞き入ってしまう。声がいい人なのだ。喋り方が優しい。雑談も、よく声が通る。

今回の花見もバーベキューコンロを持ち込んでいる人が多い。貸庭の利用者は、遠方の人が多いから、バーベキューコンロはこちらに来てから購入したものだ。帰るときには、処分を貸し庭で引き受ける。それがもったいないから、今年からコンロの貸し出しをすることになった。焚火台が欲しいという客もいる。

「ただな。スーパーじゃだめよ。山ん中にカフェがあったり、パティシエールがあったりするから意外性があるんじゃないかね。世の中は秘湯が好きなのよ。まさかこんなところにこんなものがあったのかっていう風情が必要よね。かといって似つかわしくないものじゃだめだ。苦労してごぎゃん山のところまで車は運転してきてな。山を登ってきてな。きた甲斐があったって、喜んでもらわなきゃいかん。そのためにはなぁ。ここの味を持って帰ってもらうことも必要よ。ハーブソルトは結構よ。ただお茶は、山鳥のフルーツフレーバーティーがあるけんね。ケーキは飛行機じゃ持っていけんし。やっぱり調味料やろうか。お酢じゃなくて、果汁でそのまま調理したらよかろうもん。果汁100%のレシピってなかろうか?ヨーロッパとか海外ではなんとなくフルーツをそういう風に盛り合わせるサラダとかのイメージがなかかな」

 わざわざ果実町にきて良かったと思えるような風情が必要というのは、なるほどなと思わされた。遥も聞き入っていたが、たまたまその日レストランを手伝っていた香が霞にその話をして、果実酒や果汁の販売とレシピの考案を霧山酒造でも考えることになった。いや、山鳥の新商品開発部でも、その案を採用するつもりだ。

 親切なアイデアマン。そういえば、その人の名前を遥以外のスタッフも知らなかった。

「今挨拶してこようかな」

ほろよいの遥はふらりと立ち上がった。そして、スタスタと花吹雪の向こうで酒盛りに興じているその人に近づいていった。

「すみません。よくレストランを利用していただいている方ですよね。今日は大勢で花見の会にも来ていただいてありがとうございます」

遥が不躾に声をかけると、その人は慌てたようにして、青いキャップをとって、深々と何度も頭を下げた。

「いや、なんのなんの。近所の人やら親戚やらで、大勢で押し掛けて迷惑やったかも知れんね。まさか、こんなに大盛況だとは思わんかったから、余計なことをした。人が大勢来て大変やろう。レストランもね、どの面下げてと思いながら、おいしかけん、利用させてもらっとるのよ」

「谷川さん。おいしいでしょう、カエルの料理は。一生懸命作ってるんですよ。毎日でも食べに来てやって下さい」

 遥の後ろから良いと、顔を覗かせたのは野人だった。一人暮らしの自分を支えてくれる可愛い孫のカエルの事に関して、野人は謙遜しない。いつも手放しで、カエルの料理を褒めていた。ただ庭づくりについては、バラとハーブ一辺倒になったカエルには最近苦言を呈しているようだ。どう見ても、遥のロッジの周りの庭は見栄えが良いとは言えないのに、「ハルさんのように恐れず挑戦しなさい」という。遥は手間がかからなそうな植物に手当たり次第手を出しているだけだ。「これが育てやすいですよ」お客さんにアドバイスできるようになるのが目的だ。とても自由な庭と言える気がしないのに、野人はいつも遥の庭を見て「自由人だな」という。

「いやいや、野人さんにお許しいただけたら、本当に毎日でも通わせていただきますよ。若い人がね、一生懸命しとんなっとに。なんば山鳥に警戒しとったとやろか。大企業は、田舎を利用するだけ。そんな考えに凝り固まっていた自分が恥ずかしい。いやいや、こんな楽しい席に、暗いことばっかり言っても仕方んなかね。どうですか。酒じゃないですけど、我が家のいちごで作ったお酢ですよ。ちょうど霧山の息子さんから"かえるレストラン"でお話をいただいてね。水で薄めて飲みますから、山で湧き水も汲んできましたよ」

 谷川が差し出した透明の瓶には、赤黒い液体がたっぷりと入っていた。そして、周囲が席を開けたので、野人に倣って遥も彼らのシートに腰を下ろしながら、チラリと背後の霞たちに視線を投げた。
 先ほどは、あんなに自信がないようなことを言っていたけれど、霞たちも新商品についてよく考えていた。新しいことを考えるのは楽しい。確かに売れるか売れないかを考えると、不安でしょうがないけれど、あれこれ考えているうちは楽しいだけだ。創作する楽しみを果実町の中で、遥だけが独占するわけにはいかない。

「水で薄めてそのまま飲んでも良いですけど、料理にも使えると思います。いちごは凍らせてもおいしいんですよ。それをつぶして砂糖をかけてね。もともとこの辺はイチゴ農家も多かでしょ。酪農家の人も多かし。いちご、ミルクプリンとかいちご牛乳もよかでしょ。このいちごのお酢でチーズも作ってみてよかじゃないですか。ちょっと贅沢ばってん。いちご作りは知恵いらずと馬鹿にしたもんじゃないんですよ。あと、この辺は山に囲まれて、わざわざいちご狩りしに来る人もいなさらんでしょ。地元のものには物珍しさもなかし。ばってん、なかなか美味しいケーキ屋さんも、パン屋さんもあるんじゃなかですか。和菓子の苺大福も人気。いちごの可能性は無限大ですばい。いちごは知恵の宝庫ですたい」

「すみませんねぇ。自慢話ばかりして。ヤマさんに話をもらってから、おじいちゃんはこのいちごのお酢の事ばっかり考えてたんですよ。でも、おじいちゃん。アイディアを出したのは私だからね」

見れば、遥の隣に座ったのは高校の時の同級生だった。同じクラスになったことがないので、懐かしく声をかけるような間柄ではないが、どうやら霞とはそこそこに親しいようだ。30代の彼女の祖父としては谷川少し若すぎるようにも見える。ただ20歳前後で結婚して子供を持つことはままあるから、代々、そういう関係なのかもしれない。今回の花見会で、一番大きなブルーシートには子供たちが10人以上もいて、もしかしたら全員親族なのかもしれないと思われた。果実町一の大家族のいちご農家。そんな人たちの苗字も遥は知らなかった。

 それから小一時間ほどその席で過ごしたが、谷川のおじいちゃんは、いちごのお酢の話ばかりをしていた。

 お酢の代わりに果汁で調理というのもいい。イチゴをおかずに使ってみたら、果汁酢の入った薬草茶も案外おいしいのではないかと最近試しているらしい。どうやら谷川家によって果実町は次の奇策の手を開発中であるようだ。
いちご酢で地域創生案。全く果実町らしいではないか。

 春から秋にかけて。ジャムやドライフラワー造りなど園芸が楽しみが広がりそうだ。

 果物の旬の時期に果物の料理を売りにすれば良い。そうであるならば、それ以外の時期が重要だ。フルーツフレーバーティーと新しいオスは、冬と春が似合うかもしれない。果物の旬でない時期を埋めるために。

 谷川一家と話しながらフルーツフレーバーティーに合うお菓子とはなんだろうかと遥は想像した。果実町にはないバナナやりんごなどを使った果物を使ったお菓子だろうか。卵たっぷりのお菓子でも悪くない。酪農が盛んだから、谷川一家のいう通り牛乳プリンは良さそうだ。それに、いちごのお酢と砂糖をかけてみたらどうだろうか。

ふわふわと不安な気持ちで始めた花見は、ふわふわと新しい夢想に向かって終わった。これまであった不安が消えてなくなったわけではないけれど、新しい楽しみも増えた感じだ。

 翌日に、やる気の冷めやらないうちに貸し庭のメンバーで話し合って、素朴なクッキーを町の施設からおろしてもらうことになった。おいしいお茶に丁寧に作られたパウンドケーキやクッキー。クッキーには、ハーブが混ぜられる。パウンドケーキには、ドライフルーツが付きものだ。物産館を建てなくても、焼き菓子であればかえる亭のレストランに少し並べることができる。
 そのスペースを空けるために、ハーブなどドライのものはともかく、生の野菜や花は無人販売で外に棚を作って売る事にした。

 お茶で流行が作れているのに、いきなり新しいお茶やお菓子まで次の流行を狙う必要があるだろうか。そこまで遥たちは野心的になれなかった。昔ながらの饅頭やクッキーやケーキに親しんでもらうことにも十分に意義があるだろう。

「俺はイベント担当でお菓子やパン作りに専念するよ。それは譲れないけどね。全部自分で作らなくても、サンドイッチメニューとか考えてもいいわけだし、そうだね。ハーブでサンドイッチメニューとか。やってみようかな」

 カエルはレストランで、パンやお菓子も自分で作りたいとずっとこだわっていた。あまり現実的では無いので、口には出さなかったが、それでも自分が考案したパンを誰かに作ってもらって、山のパン屋さんを新しく建ててもらおうかとまで考えていたのだ。
 だが、花見の後に思い直した。そんなになんでもかんでも自分でやらなくてもいい。もうちょっとのんびり生きていきたい。田舎でのんびり生きていきたいというと、「田舎の人は働き者だ」と野人や遥に怒られるけれど、やっぱり自分の地元にはない長閑でのんびりとした雰囲気が、果実町にはあるとカエルは思う。

 もっとゆっくり進んでいこう。遥を見ても、ちょっと忙しすぎる。週末の映画鑑賞会。この集まりがなくならないことが大事だった。

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