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お東さんのお寺チルドレンが『築地本願寺の経営学』に学んだこと

『築地本願寺の経営学』を読了したので忘備録。

未来の私のために残しておきたいので忘備録。

そしてお寺に携わるみなさんにぜひ読んでいただきたいので忘備録。


 私は金沢の真宗大谷派のお坊さんです。本山は京都の東本願寺。いわゆる「お東さん」のお坊さんです。京都の本山直轄の大学を卒業して、そのままお坊さんになった、お寺の世界しか経験していないお坊さん、安永さんが言うところの「お寺チルドレン」です。

 そんな、お東さんのお寺チルドレンが本書を通して、慶應大学を卒業後、UFJ銀行を経て、東京のお西さんの築地本願寺の宗務長に就任された「ビジネスの世界からやってきた理解不能な人物」(本書2頁)に出会ったってわけです。


 「ああ、わかるわかる。やっぱそうですよね。ホントその通りです。」

ページを繰りながら何度そう口に出したことか。お東さんのお寺チルドレンが、この15年間モヤモヤと抱えていたことが、この本には綺麗に言語化されていました。

例えばこんなこと書かれてます。

もちろん危機感を感じている僧侶もたくさんいて、彼らは「このままではだめだ」と思っていました。しかし、伝統ある古い組織だけに、誰も大きな変化を望まない「守旧派」を説得して現状を変える「嫌われ役」を引き受けたくはないのです。(48頁)

いや、本当にその通りなんですよ。現状を変えようとするのって大変なんですよ。誰も「嫌われ役」になんかなりたくないんですよ。で、そんなふうに日和見を決め込んでいると、

「時代遅れなのに、中にいる皆さんは遅れていると全く自覚していない。このギャップは大問題です。」変化できないどころか、変化しようとしていないのが築地本願寺なのだと、私ははっきりと言いました。(48頁)

と、追い打ちをかけられる。こんなことをお寺業界で言ったら大変なことになります。相当な覚悟がなければ口に出せません。口に出すとめっちゃ嫌われます。で嫌われるのが怖くてウジウジしてると、

「なぜ変化できないのか?」コンサルタントの視点になり、築地本願寺を離れてビジネス全般を考えれば、変化ができない理由は、「経営者にイノベーションのセンスがない」ということに尽きます。(49頁)

と、強烈なアッパーカットでトドメをさされるわけですよ。お寺チルドレンはあえなくK.O.ですわ。


 本書の安永氏の方針には基本的に賛成です。首肯することばかりです。その上でお寺チルドレンの視点から本書では触れられていなかったことも聞いてみたいんです。

 お寺チルドレンの思考の根本には仏教思想があります。特に浄土真宗の教えには摂取不捨という考えが根っこにあって、ともするとお寺チルドレンは「全ての人を分け隔てなく平等に助けなければならない」という使命感に燃えているんですね。ありていに言うとお金がある人もない人も平等に救わなければならないと、教えこまれて育っているのです。この考え方は安永氏の方針とはパッと見は相性が悪い。お寺チルドレンからすると、ビジネス的視点は弱者切り捨てに映りかねないのです。教義そのものに反しているように映りかねないのです。

 でもこれって、教義を守ってるんじゃなくて、教義を隠れ蓑にして考えることをサボってるだけなんですよね。変化するのがめんどくさいから言い訳してるだけなんです。教義をしっかり勉強して、時代に即して変えるべきところと守らなければならないところを精査しなきゃいけないのに、やらないんですよね。理由は簡単、めんどくさいからです。

 なので、そんなめんどくさがり達を、どのように安永氏が説得されたのか非常に興味があります。絶対めちゃめちゃ軋轢があったはずなんです。お東とお西の違いはあれ、金沢と東京の違いもあれ、お寺プロパーのお寺チルドレンにはわかります。批判されて、衝突して、妨害されて、それでも丁寧に説得されたはずなんです。その過程で守旧派の根底にある譲れない部分(これこそお寺プロパーが脈々と受け継いできた教義の真髄の部分だと思います)との妥協点を見出したはずなんです。お寺チルドレンとしては、その過程を読んでみたかった。

すでにモノで満たされている世の中で生まれ育ち、物質的な欲求はない人たちこそ、先が見えない時代に「本質的な答え」を探していると思えてなりません。私自身も探し続けてきましたし、今も探しているのです。多くの人々が「本質的な答え」を探しているのですから、それはニーズであり、マーケットインです。(231頁)

とあるように安永氏の理念は築地本願寺を通じて「本質的な答え」を顧客に届けることに他ならないんです。そしてその「本質的な答え」とは守旧派の根底に脈々と受け継がれてきた精神と遠くかけ離れてはいないと思うんです。とするならば妥協点を見出す折衝の過程は、築地本願寺400年の伝統を現代社会に理解される形に抽出する作業だったと言えます。

 お寺チルドレンとしてはそこが知りたい。それを読みたかった。また安永氏視点だけじゃなくて、安永氏の下で築地本願寺の改革を今まさに遂行中のお寺チルドレンの話や心情も読んでみたかった。いや、わかってますよ、これがニッチなニーズだってことくらい。本書は安永氏の経営理念を余すことなく伝える構成になっています。良書です。こんなニッチなニーズに構ってたら構成が崩れることくらいわかってますとも。かくなる上は直接講演に足を運ぶしかないですね。

 ともあれ本書を通してますます築地本願寺と安永氏に興味をもった次第です。はい。