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おじさんの頭に定期的に引っ掻き傷が出来る話

20歳の時、僕は精肉工場でアルバイトをしていた。

仕事内容はベルトコンベアの上流から流れてくる鶏肉や豚肉を発泡スチロールのケースにいれるという割とシンプルな仕事だった。

そこへは派遣として作業に行っていたのだが 、そこに高梨さん(仮名)という男性がいた。

聞いてはいないが、恐らく50代後半の身長が割と高めのひょろっとしたおじさんだった。

いつもニコニコしていてのが今でも印象に残っている。

その高梨さんなのだが、定期的に額の端辺りに引っ掻き傷の様なものが出来るのである。

髪も短髪なので、顔を見た瞬間に"あぁ、今日も出来ている"と分かるくらいの傷が見える。

ある日の昼休みに高梨さんに聞いてみた。

「その傷って、定期的に出来るようですね」と。

高梨さんは"あぁ"と言いながら、その傷を擦りながら言った。

「これね、理由が良く分かんないんだよね。朝になったら出来てるんだ」

恥ずかしそうにそう言った高梨さんのくしゃっとした笑い顔を見たらそれ以上は詳しくは聞けなかった。

それからも高梨さんの額には傷は出来続けた。

数ヶ月後、昼休みに高梨さんがニコニコとして話しかけてきた。

「わかったよ、ついに。傷の原因」

勿体ぶって腕を組みながら高梨さんは椅子に深く座った。

そして、ゆっくりと話し始めた。

「原因は猫だった」

そう言って高梨さんは傷を擦った。

そして、詳しく理由を話してくれた。

「私は猫を飼ってるんだけど、寝るときにいつもその猫がベッドで添い寝をしてくれるんだけど。」

といって、近くの文房具入れから鉛筆と消しゴムを取り出すと机の上に並べた。

鉛筆二本の間に消しゴムが置かれている。

「私と妻の間のここに」

と言って、消しゴムを指差し

「猫が寝るんだよね」

と、トントンと指で高梨さんは

消しゴムを叩いた。

「そして、傷が出来る原因を妻は前から気付いていたようで、傷の話をしたら"あなたは気付いてるもんだと思ってた"と言われたよ」

と、高梨さんはそこで恥ずかしそうにまた笑った。

「で、傷が出来るのはお酒を飲んだ日なんだよね。ここからは妻に聞いた話なんだけど」

と言って高梨さんは少し浅く座り直した。

「私はお酒を飲んだ日は夜中、万歳の様な格好をして枕を弾き飛ばすんだって」

高梨さんは万歳の格好をしている。

「で、しばらくするとゴソゴソと無意識で手探りで枕を探しているらしい」

そう言いながら鉛筆の一本を左右に揺らす。

「そして、猫を手で掴むと一気に頭の下に引っ張って、そこに頭を置くんだって」

鉛筆の頭の下に消しゴムが置かれる。

「その結果がこれ」

と高梨さんは額の傷を指差す。

なるほど、猫の怒りの傷なんだなと思ったと同時にそれでも一緒に寝に来る猫の愛らしさを感じた。

それ以降も定期的に高梨さんの額には傷が出来ていた。



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