アーサー・ランサムの名前が登場する本

子どもの頃から今に至るまで、大きな影響を受け続けているアーサー・ランサムの12冊の本。読み始めたきっかけは、ほんの偶然でした。子どもの頃、近所の図書館で棚に置かれている分厚い背表紙のハードカバーのシリーズ本を見て、どうしてかはわかりませんが1冊借りてみようと思ったのです。その近くには『ドリトル先生』や『ナルニア国物語』のハードカバー本もあったことを記憶していますが、なぜランサムの本を借りることにしたのかは覚えていません。

そのときは、ランサムのことも、それがどのような本なのかということも知りませんでした。タイトルに興味を持ったのか、ぱらぱらとめくって目にした地図や挿絵に惹かれたのか。最初に借りたのは、第1作の『ツバメ号とアマゾン号』ではなく2作目の『ツバメの谷』でした。どれが第1作なのか知らなかったというのもありますが、多分、この題名を見て面白そうだと思ったのでしょう。そのときの直感はなかなかのもので、今でも私は12冊の中であえて1番好きなものを選ぶとすれば『ツバメの谷』になります。

余談ですが、『ツバメの谷』の原題、Swallowdale(スワローデイル)を店名としたアンティーク家具のお店が東京の世田谷にあります。ぜひ一度、訪れてみたいものだと思っています。

さて、アーサー・ランサムの本は本国イギリス以外でも出版され多国語に翻訳されていますが、日本はランサム・サーガの全12冊が翻訳出版されている数少ない国で、イギリスよりも先にランサムの愛読者の会が設立されたという、非常にランサム人気が高い国です。

とはいえ、そこは児童文学という広大な世界の中の1人の作家のことですから、アーサー・ランサムの名前をあちこちで目にする、といったことはまずありません。でも、自分が本を読んでいたりすると、思わぬところでランサムに触れられていることが、ごくたまにあります。そうすると、「この人もランサムの本が好きなんだな」と無性にうれしくなります。そんな風にランサムが登場する本を何冊か紹介します。

『本への扉-岩波少年文庫を語る』宮崎駿(2011年)

アーサー・ランサムの12冊の作品は、日本で岩波書店の少年文庫から発行されています。400冊以上ある岩波少年文庫から、宮崎駿さんが3か月かけておすすめの50冊を選び、コメントともに紹介したのがこの本です。『ツバメ号とアマゾン号』がその1冊として取り上げられています。コメントの前半部分はこんな感じです。

「めくるめく夏休み。きらめく湖に自分達のボート。帆が風をとらえて、自由にどこへでも行けるのです。大人達は口やかましく言いません。自由…。なんという素晴らしい夏。」

そう、ランサムの本はほとんどが夏の長期休暇を舞台にしています。私は子どもの頃、自分は日々変わり映えのしない夏休みを送りながら、ランサムの本で繰り広げられる冒険の世界、実際にこんなワクワクすることを行っている子どもたちがいるかもしれないと感じられる冒険の世界に没頭していました。こんな夏休みが過ごせたら!と思いながら。そのワクワク感は、宮崎さんの映画を見るときに感じるものととても似ている気がします。

スタジオジブリは、イギリスやアメリカの児童文学をもとにした映画を何本も制作しています。ランサムの本は、ジブリが取り上げるにはファンタジーの要素が少なすぎるのかもしれませんが、私は今でも、宮崎さんがランサムの作品からどれかを映画にしてくれないだろうかという淡い期待を持ち続けています。

ちなみにこの『本への扉』で、『ツバメ号とアマゾン号』の次のページに紹介されているのがケストナーの『飛ぶ教室』です。これも私の大好きな本です。この2冊を続けて読める休日があったら、どんなに素晴らしいでしょう。私はひそかに、この2ページを「最高の見開き」と名づけています。


コヨーテ No.2 「特集 星野道夫の冒険 ぼくはこのような本を読んで旅に出かけた。」(2004年)

写真家・星野道夫さんの特集をたびたび組んでいる雑誌コヨーテ(Coyote)。その最初のものは、創刊間もない第2号でした。

ここでは、星野さんのアラスカの自宅にある本棚の蔵書が紹介されています。『エンデュアランス号漂流記』、『デルスウ・ウザーラ』『星と嵐』といった本が1ページ丸ごと使って紹介された後、「700冊の蔵書リスト」としてほんの題名と作者、出版社のみがまとめられています。その中に、ランサムの『海へ出るつもりじゃなかった』があるのです。その箇所を引用します。

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注意して見ないと読み飛ばしてしまいそうなただのリストですが、初見でこの本を読んでいるとき、そこにパッと目が引き付けられ、「あっ!ランサムだ」と思いました。『海へ出るつもりじゃなかった』は、ランサムの12冊の本の中でも、一歩間違えば主人公たちが命の危険にさらされるというほど"本気の冒険度"が高い作品です。そこが星野さんの心に刺さったのでしょうか。星野さんがランサムの本を大人になっても自宅の本棚に置いておくぐらい気に入っていたというのは、すごくうれしいことでした。

ちなみにコヨーテのこの号は、女優の山口智子さんの旅行エッセイの連載があったり藤原新也さんの写真が出ていたりと内容が豪華で、「これからいい雑誌を作っていくぞ」という熱量が感じられる出来栄えになっています。

コヨーテは、今月(2020年11月)発行した最新号でも星野道夫さんを特集しています。多分そこにはランサムの名前は出てこないと思いますが、ちょうど手に入れたところなのでこのエントリを書き終えたら読むつもりです。


『水辺にて』梨木香歩(2006年)

梨木さんの本は、以前にも『西の魔女が死んだ』などを読んでいましたが、この1冊を読んで私は本格的なファンになりました。

何といっても冒頭の文章です。
「水辺の遊びに、こんなにも心惹かれてしまうのは、これは絶対、アーサー・ランサムのせいだー長居こと、そう思い続けてきた。
 ウィンダミアー初めて英国湖水地方最大のその湖の姿を見たとき、彼の小説の主人公の少年たちがーロジャーや、ジョン、スーザン、ティティたちが、「航行して」過ごした夏のことが眼前に生き生きと蘇り、胸が詰まったことを覚えている。」

この一節を、深く頷きながら何度読み返したでしょう。実際にはこのすぐ後で、現実のウィンダミアはほぼ完全に観光地化されていた、といったことが書かれているのですが…。

この本ではほかにも何か所か、ほんのひと言ずつですがランサムに触れているところがあります。全編を通じて、梨木さんが国内外でカヤックに乗り体験したこと、感じたことがすっきりした文章で描かれています。読み返してみたら、上で記した星野道夫さんのエッセイからカヤックに関する記述を引用した箇所もありました。そういうつながりも感じられて楽しめる本です。


映画監督、写真家、作家。活躍の分野は違えど、ランサム好きな人が作り上げる世界観は、どこか私も共感を覚えるところが多い気がします。もちろん、ここで紹介した方々が皆「ランサムの影響下」にあるなんてことは全くなくて、さまざまなところから受けた刺激を咀嚼し、自らの創造性を駆使して作り上げた世界観であるということは言うまでもありません。それでも、ランサムの名前がほんのちらっとでも、今の時代に第一線で活躍する人の言葉に出てくるというのは、彼の作品が現代にも通じる魅力を持っているからなのでしょう。そんなことにも思いを馳せながら、またランサムの本を読んでみようと思います。

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