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76:他責的な自己中人間がすき

会社に行く気がせずnoteを書いている。いや、行くよちゃんと。

なぜ自分が飽きもせずnoteを書くのか不思議だ。自分の文体には飽き飽きしているし内容も似たり寄ったりだ。沢山いいねを貰えるわけでもない。読み返して何かいてんだこいつはと我ながらイラつくこともある。けどまぁシンプルに文を書くのは好きだ。思っていることを形にするのが好きだ。せっかくなら人に見てもらえる方が嬉しい。

普段思っていることを形にするのが苦手なせいだろうか。そもそも『今自分が思っていること』を自覚するのがすごく難しく感じる。多面的に捉えすぎなのだろうか。色んな人の心情を考えすぎるのだろうか。ごちゃごちゃの中に自分の気持ちが埋もれてしまう。それでもう全部自分が悪いということにしてしまおう!なんてネガティブな短絡思考に陥ってしまうのかな。

だからなのか、他責的な自己中心人間を見ると心奪われる。わたしも自己中ではあるのだけど、自分を責めることのほうが多いのでネガティブな自己中だ。他責的な人がポジティブってわけではないのだけど、羨ましくなっちゃうんだよなぁ責任を放棄できてしまうヒトが(そっちにはそっちで苦労はあるんだろう)。でもそれって極から極だし良くないよなぁきっと。でも、、痺れちゃうんだよねー。。

自分の自責ネガティブ思考を根本から変えるのは難しそうだし、ある程度個性なのかもしれないと思いはじめている今日このごろ(自覚できるようになっただけで◎。気づいた時に軌道修正位はしていきたいけど根っから変わるのは無理だろうな、、なんて)。
とすると、他責的自己中人間を好きになるのもわたしの一種の癖(へき)みたいなもんであり、嗜好みたいなもんなのかな。
好みなんだから仕方ないかなぁー。

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