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不妊治療から出産までの記録①人工授精、体外受精、2度の流産

3年間の不妊治療を経て、待望の第一子を出産しました。
今回は、治療期間中の記録を書き残したいと思います。


2020.11 不妊治療開始

コロナが流行し始めた2020年に結婚。
当時、私の年齢は33歳。
子どもが欲しいと思っていたので、ゆるーく妊活をスタートしました。
しかし待てど暮らせど、なかなか妊娠しません。
これはもしかして何か原因があるのかも…と思い、不妊治療専門のクリニックに通い始めました。

2021.3 人工授精にステップアップ

最初はタイミング法の指導を受けましたが、3か月ほどで人工授精に切り替えました。
が、こちらも陰性ばかり。
「5~6回で結果が出なければ、体外受精にステップアップしたほうが良い」
という情報をネットで目にしていたこともあり、人工授精は5回目で終わりにしました。

2021.10 体外受精にステップアップ

コロナ禍で延期していた結婚式が終わり、ちょうどその頃に体外受精にステップアップしました。
通っていたクリニックの方針は、胚盤胞まで育ったもののみ移植するというもの。
私の場合、5つの卵子が胚盤胞まで育ってくれました。
そのうちグレードの良いものから順番に移植していくことになりました。

2022.1 妊娠9wで流産

最初に移植した胚盤胞が無事に着床してくれ、人生初の陽性反応が出ます。
しかし喜ぶのもつかの間、6w頃から少量の出血が続くように…。
焦ってクリニックを受診しても、出血の原因はわからず…。
先生には「妊娠初期の出血はよくあることだから」と言われ、妊娠中ってそんなものなのかなーと、あまり気にしすぎないようにしていました。
そして9wに入り、不妊治療専門のクリニックを卒業。
しかしその日の夜から生理痛のようなお腹の痛みがどんどん強まっていきます。
「これはさすがにまずいかもしれない…」
その予感は的中し、翌日に自宅で流産してしまいました。
「妊娠したら出産できる!」と楽観的に捉えていた私は、崖から突き落とされたように絶望しました。
もう日中はずーっと泣いてましたし、夜は全然眠れませんでした。
街中で赤ちゃんの姿を見るのも辛くて、完全に立ち直るまで時間がかかりました…。

2022.3 突然の大量出血

心身が少し回復してきて、次の治療に向けて動き出そうとしていました。
しかしエコー検査で流産による遺残(絨毛、胎盤、卵膜などの組織が子宮内に残ってしまっている状態)が見つかります。
しかも血流があるということがわかり、遺残がなくなるまで移植はできないとのこと。
先生からは「自然に取れるまで待ちましょう、もし急いで取るのであれば大量に出血する危険性があるので、大きな病院で手術することになります」と言われました。
早く移植したいのにどうしよう…とモヤモヤしていたある日、子宮から血が止まらなくなってしまいます。
原因は、子宮内にできた仮性動脈瘤の破裂によるもの。
ほんと、おおげさではなく、血が出すぎて死ぬかと思いました。
大きな病院に緊急搬送され、輸血と子宮動脈塞栓術(UAE)という処置を受け、無事に生還しました。
そのときの状況はこちらの記事で記録しています。

2022.11 妊娠7wで流産

子宮の状態も落ち着いて、2022年の7月から治療を再開します。
再び妊娠できたのですが、またもや5w頃から謎の出血が始まります。
出血量は生理1日目くらいで、お腹の鈍痛もあったので、
妊娠継続は難しいかもしれないな…という不安が常にありました。
しかし毎週クリニックに行くたびに、胎嚢が見えて、心拍確認できると…この子の生命力を信じて頑張ろう!という思いが強くなるように。
仕事はセーブして、とにかく体を温めて、大事に大事に過ごしていました。
でも7wにお腹の痛みが強くなってきてしまい、2回目の流産を経験することになってしまいます。

つづく

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