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海の幸(7)排他的経済水域

ある冬の夜、主人と彼の行きつけのスナックで飲んでいた。
カウンター席の左側に主人、私の右には初老の紳士。スナックのマスターが私に「お隣の人は境港の漁業関係者ですよ」とささやいた。
横目でそっとうかがうと、がっしりした体格で首筋や手首は日焼けしていた。主人が隣の人と何やら楽しそうに話し始めたら、マスターがその人に
「この人(私)、東京からお嫁に来た人なんですよ。彼が良かったらしい」と主人の方に目をやってバラす。彼はしわがれた声で
「こっちはいいですかね」と聞いてきた。
「ええ、空気がいいし、食べ物も美味しいですから」と答えると
「カニ、好きですか?」と聞かれた。
「ええ、美味しいですね。お刺身は最高」と答えたら頷いた。
「カニは漁獲期間が短いから、海に出たら寝る暇はない」と言う。
「美味しいカニが食べられるのは漁師さんの働き・・・」と私も呟く。
今度はマスターがニヤリとして「カニの船は危険がいっぱいですよね」とシェイカーをふるついでに話もふる。
 暗い夜の日本海で冬の高い波と寒さはこたえるだろう、とだいぶアルコールが回った頭でも想像がつく。「海が荒れていても、長い間船に乗っていますから、怖いとは思わんですよ。怖いものは他にありますから」と話し出す。
 彼の話を要約するとこんな内容だった。
怖いものはR国の警備艇だそうだ。漁に熱中していると船が流されたことがわからなくなる。知らず知らずに排他的経済水域に入り込む。そこに警備艇が近づいてくる。警備艇に捕まったら元の子もないから、獲ったカニや漁具は海に放り出し、すたこらさっさと踵をかえす。日本の領海までたどりつけば、巡視船が守ってくれる。
カニは惜しい、でも捕まったらいつ帰れるかわからない。
 
1月30日の深夜、島根県漁業組合所属の第68西野丸がロシアに捕まった。今はナホトカに係留されている。このニュースが当地域に流れたのは2月に入ってから。全国版のTV、新聞では4日から目立った。6500万相当のカニと乗組員10名。厚労省の統計データ偽装も問題だけど、島根県民としては、拿捕は大問題。あの船は日本海のどこにいたのか、カニを海に放り出さなかったらしい。船足は当然、警備艇の方が速く、逃げおうせなかったのか。スナックの夜を思い出しながら、想像をめぐらす。
今年、カニは豊漁で、漁業期間は例年3月までだけど、1月で終わってしまうかもしれないと言われていた。資源保護など検討しながら、水産庁と調整がつき、期間が延長された。拿捕された船は水揚げ高で県内有数のランクに入るため、このまま帰還出来ないとカニの価格に影響が出る。こうした背景も手伝い、地元は人命を心配し、市場価格高騰にも気をもんでいる。松江では、冬の風物詩・カニ小屋がオープンし、刺身、焼きガニ、ゆでガニ、など地元民も観光客も無言で大量に安く頂ける。もちろん旅館も料亭も居酒屋もカニが並ぶ。
ウラ**さんと「お友達」だった元総理はもういない。北方領土も大事だけれど、こちらの漁船も大事。そして美味しいカニも(笑)
 

排他的経済水域の資源:設定水域内の鉱物や水産資源は埋蔵している段階では、沿岸国には所有権は存在せず、採掘して陸上・海上施設・船舶に引き上げられた段階で、その権利が発生する。特に水産物は、水揚げされて初めて所有権が発生する。
ゆうこの山陰便り №179         

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