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「第33話」NYC短大のピアノの練習室でチョメチョメしていた話【全米が泣いた】

エピソード4(ニューヨーク・短期大学時代)第32話

ようやく念願のピアノの練習場所を確保し、長年の闘争から解放された私。水を得た魚のように、私は今日もピアノを練習していた。短期大学の1学期目は朝の8時から昼の2-3時位まで授業を受け (早いときはお昼から自由になる事もあった) 宿題を少しやった後に夕方の5時頃から2,3時間ピアノを練習するのが日課だった。

秋の澄んだ風の匂いと肌寒さを感じる9月上旬。私は彼女もいない、友達もいない(カリビアンコムだけがお友達)そしてニューヨークで唯一の心の拠り所、山葉ピアノ子ちゃんと今日も戯れていた。

シコシコ、もとい、黙々とピアノの練習をしていたら、練習棟の入り口がぎぃーと開いた音がした。(練習室のドアは重厚だが、外の音は良く聞こえた。)そして、コツコツと革靴で廊下を歩く音がした。誰かが私の練習室の前まで来たのは直ぐに分かった。そして鍵を開けるカチャカチャという音と共に扉が開いた。

短期大学の警備員が見回りに来たのだった。彼の英語の発音、眼力のある眼差し、そしてまるで白髪染めをしたかのような黒々としたカーリーヘアーから、私は彼がインド人だと直ぐに分かった。大学の警備員といっても、警棒や手錠を持っているし、警察官のように威圧的だ。

彼は「お前は誰だ、ここで何をしている?」と聞いてきた。私は、ここの学生でピアノの練習をしている。音楽家の主任教授からも許可を得ていると伝えた。すると彼は私のIDとピアノの練習許可証を見せろと言うのである。流石に許可証は持っていない。そもそもそんなのを取る必要はあるのか?

実は彼が見回りに来る前に何度か他の警備員に出くわしたこともあるが、事情を説明したら誰も文句を言わなかった。ちなみに、あなたの知り合いで音楽家がいたら、彼らの練習中に話しかけたりしてはいけない。一度集中ゾーンから抜け出すと、そのゾーンに戻るのに時間がかかったり労力を費やすからだ。私は、ただでさえ練習の邪魔をされて腹立たしかったが、彼が許可書を見せろと訳の分からない事を言ってきたので遂にプッツンした。そんなものはないと少し反抗的な態度を見せたら、向こうはじゃあ出て行けと小学生の喧嘩みたいになった。私は遊びで猫ふんじゃったを練習しているのではない、これは私のロマンでもあり生き甲斐でもあり、いずれは生活をするための職業訓練をしているのである。お前ごときに私の気持ちが分かってたまるか。その日はCity College of New Yorkで練習した。往復3,4時間はかかったと思う。
 
翌日私は、音楽家の学部長のマイケルロドリゲスのオフィスへと行った。彼は運よくオフィスで仕事をしていた。事情を説明して、自分はどうしても毎日ピアノを練習しないといけない、許可証を書いてくれないかとお願いした。彼は、OK 分かったと二つ返事で直ぐに許可証をパソコンでタイプしてくれた。こういう気前の良さがアメリカ人の素晴らしい所だと思った。

許可書には「○○年度入学のYuki Futami リベラルアーツ科 練習室060号室の使用を許可する。日付、マイケルロドリゲス」と記されていた。そしてご丁寧に学校のレターヘッドまでついてある。

私は勝ち誇ったかのように、このレターを常にカバンの中に入れて練習室でピアノを練習していた。この頃、ピアノの練習室に辿り着いても、部屋を使えるまでに平均して30分ー1時間はかかったと思う。練習室の近くの教室で授業が行われていたら、教授に鍵を開けてもらう為に、授業が終わるまで待たなくてはいけない。また、練習室で誰かが練習している時も待たなければいけないからだ。そのような場合は廊下に座って宿題をしたり、近くの図書館まで行って勉強をしていた。まさに二宮金次郎、二見チン次郎である。

練習環境は大満足ではなかったが、少なくとも許可証のおかげで、自分が練習中に追い出される事は無くなったと思った。しかし、数日後に、例のインド人の警備員がやってきた。そして、許可証はあるのかと聞いてくるので、私はカバンから許可証を取り出し見せてやった。内心ざまあ味噌漬けと思った。アメリカに長年住むと、多くのブルーワーカーの労働倫理があまりにも欠如していることを知る。良くハリウッド映画では、太ったいかにもアホそうな警官がパトカーの中でいびきをかいて眠っている間に無線を聞き逃し、純白な若い女性が悪い男に襲われるといったようなワンシーンがあるが、今となっては何ら不思議はない。入り口で居眠りしている警備員はよく見たし、仕事に対していい加減な人は多い。だから、彼のように真面目に仕事をしているのが今度はムカついた。いや、善良な一市民ゆうこちゃんがまるで悪事を働いているかのように見られていたのが腹立たしかったのかもしれない。

「おい、期間はどこに書いてある。練習期間が書いていないだろう!期間だ、期間!期間が書いていないから無効!無効だ!」

なんという事だろう。私は正直言葉を失った。彼は、真面目に勉学に取り組む学生の安全な学校生活を守る仕事をしているのではなく、単純に嫌がらせをしているのではないかとさえ疑った。先週、遠いCビルディングの最上階までわざわざ出向いて、このクソ警備員に言われた通りに、学部長から許可証を貰ってきたのに。

私は、何とも居たたまれない気持ちになった。悔しくて仕方なかった。っが、翌日また同じオフィス(アメリカのキャンパスとビルの中は大きいので、往復で20-30分はかかる)に行った。事情を説明したら、マイケルロドリゲス氏は期間を書いてくれた。書いてもらったと言っても、青いペンで例の許可証の上に、2013年9月から、一年間と書いてもらっただけである。笑 

数日後、またしても練習中に同じ警備員が現れた。練習室の使用期間が書かれた許可証を渡すと、彼はジーっとしばらく紙を見つめ、非の打ち所がなかったのか、それとも諦めたのか、Okと言って去っていった。

私は、ニューヨークに住んでいた2年半の間、この練習棟でいつも練習していた。学校が祝日で休みになったりした時や、他の生徒が長時間使っていた時は他大に潜り込んで練習していたが、毎日2,3時間、休みの日は5,6時間練習していたと思う。いつしか学校の生徒や教授からはいつも練習棟でピアノを練習していると言われるようになり、その噂が広まって、時折練習室を覗きに来る学生もいた。みんなピアノを弾くと目を輝かせて純粋に喜んでくれて嬉しかった。アメリカ人のこういった素直さと優しさが好きだ。(ちなみにこういった時に練習を邪魔されても筆者は不快にならない。確かに練習モードに再び戻るのは大変だが、その分喜んでもらえたことで練習に張り合いが生まれる)また音楽史を教えるフルトン教授は、よく練習室を覗きに来て「今度音楽史でバッハの事について話すから、平均律を演奏してくれないか」といったように頼みに来る事もしばしばあった。無料だったが(笑)私は嬉しくなってアメリカ人の学生の前でショパンの革命や、バッハの平均律、ベートーベンのソナタ、それから音楽史も近代になると、ジャズも少し弾いた。トム・デンプシー教授も覗きに来てセッションをしたこともあったし、リサ・ディスペイン教授も覗きに来て音楽談義をした事もある。良い思い出だ。

一年くらいたった後は、リサからスペシャル許可証を貰った。この許可証を警備員に見せれば、いつでも鍵を開けてくれるとの事だった。どうやら警備員全員に通達が行ったようである。私は知らない間に、全ての警備員と仲良くなった。雨降って地固まるである。例のインド人の警備員とも月日が流れるうちに親睦が深まり、警備室に行くと喜んで練習室まで鍵を開けに来てくれた。

ニューヨークを離れる直前に、学内でリサイタルが行われた。楽器経験のある学生で作った即席のジャズバンドで、レベルは恐ろしく低かったが、オーディエンスはみな喜んでくれた。ショーが終わり、リサが私達のバンドを再び紹介するときに、リサは「ピアニストはいつも練習棟060で練習している努力家の勇気」と紹介してくれた。観客はうおぉーとなってスタンディングオーベーションが起こった。私は感無量となった。

私は、ニューヨークでは、そんなにギグをしなかったし、誰も知らない自称ジャズピアニストだったけど、努力していたら、誰かが見ていてくれるのは日本もアメリカも変わらないのだと分かった。海を越えたこの国で日本人の勤勉な練習姿勢が称賛され、私は嬉しかった 😢ゆうこ泣いちゃうー

はい、めでたしめでたし。
とはいかないのが、今回のエピソードである。

練習部屋に関してだが、ここは不良達のたまり場であった。
練習する気もない学生達が、部外者を読んだりして、この部屋でたむろするのである。そんなのカフェテリアでやってくれと思うが、密室で地べたに寝転がりながら大声で話せる場所が大学内にないから、彼らには絶好の場所なのであろう。

毎日練習しないと気が済まない私にはとんだ迷惑である。ましてやギグがあってウォームアップをしなければいけない時に、こんな事をされたらちちんぷいぷいである( `ー´)

彼らが練習室を使った後の散乱状態は酷い事。ペットボトルが床に落ちていたり、ガムが床にこびりついていたり、ハラルフードの食べかすがピアノの上に残っていたり。全員市中引き回しの刑にしたかった。リサに、事情を説明して、警備は厳しくなり、2年間半かけて、不良を退治していった。その過程は長くなるので次回にお預けとしたい。

しかし、とんでもエピソードはこれだけではない。

ある日、いつものようにピアノを練習していたら、誰かが私の練習室をノックするのである。私はドアを開けると、顔を赤らめて目がトロンとした
ナイスバディの女の子(まるで歩く妊娠製造機かと思った。)がそこには立っていた。彼女は直ぐに正気になり、あ、ここじゃないわと言って、隣の部屋に入っていった。どうやら、彼女はこの部屋をノックする前から何かしらの期待を寄せていたのは直ぐに分かった。8頭身でヒップを強調したスパッツをはいたリカちゃん人形が、隣の部屋に入っていく。そこには別の男がいた。

しばらく、談笑している声が聞こえたが、

パーン、パーン、パーン、

という手拍子と共に

アン、アン、アン(とっても大好きどらえーもんではない)

という声が聞こえる。

私は最初何が起こっているのか、分からなかったが、直ぐにハッと気づいた。練習中の指を止めて、しばらく壁側の向こうの音に集中した。すると今度はピアノでドだけを連打する音が聞こえる。私に気遣ってなのか(ありがとう)ピアノを練習しているよというアピールなのだろうか。しかしドを連打って、幼稚園児でもやらないよ(・_・;)せめてスケールを弾くくらいの事はしてほしい。

羨ましいと思った。(←そこ?)

ぐぬぬぬ😢彼女のいない僕は、何か急に人肌恋しくなり、ジャクソンハイツの半地下部屋に帰って、疑似体験系のAVを見た。確かソフトオンデマンドの「超絶美少女をお貸しします。」だったと思う。
AV女優は僕にとても優しくしてくれた。(●^o^●)

【続く】

写真:リサイタルの時の写真である。左のギターのサンチェスと一番左の日本人留学生、修平君についても今度書きたいと思う。

ジャズピアニスト 二見勇気
Youtube - Yuki Senpai
Instagram - jazzpianosenpai
Twitter - 天才ピアニストゆうこりん ❤


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