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「第四話」NYCのシェアハウスに住む。クイーンズ地区、破格の家賃475ドル。

扉を開けると、そこにはおよそ4畳の部屋があった。やたら無駄に大きいキングベッド、勉強机、そして洋服タンスが一つ。

人とは不思議なもので、引っ越してから一週間程ははワクワクするものである。新たな決意を固めたり、新天地での生活像を思い描いたりするからであろう。質素な4畳の部屋でも私はワクワクした。いや、むしろ私は劣悪な環境の方が、ここで頑張って夢を叶えるんだというハングリー精神が湧いてくる。地方から若い見習いの料理人が3畳の部屋に住み込みに働きに来た心境と似ている。今日は遅いから明日荷物を片付けよう。それにしても良く日本から遥々渡ってきたものである。大きな洋服ダンスを見て、明日はこの段にシャツをいれて、この段は大きいからズボンを入れて・・・キッチンにはこのお花を飾って、リビングには写真を置いて・・・私は新居のインテリアに心躍らす新婚夫婦か!ニューヨークで初のひとり暮らし。ふっ、悪くないぜ。

私はその夜安堵とともに眠りにつく。深夜の2時を回っていた。

時差ボケと気が張っていたからであろう。スリスリっという、他人を気遣って忍び足なのだが、スリッパが床にすれる音で目が覚める。朝の7時だった。

私が住むフロアには、私の部屋と同じ作りの部屋が隣同士に4つ並ぶ。部屋の外に出ると長い廊下にキッチンとテーブル。ドアを一つ挟んでトイレとシャワーがある。各部屋の扉のある壁には換気のためか、木格子がある。つまり、廊下とキッチンの音がダイレクトに伝わってくる。もっと言うと、トイレとシャワー音も聞こえてくる。

ここまで読んで感の良い読者ならもうお分かりだろう。ルームシェアとは非常にストレスが溜まる生活なのだ。特にシェアする相手が近しい人でないと、余計に相手に迷惑をかけてはいけないとビクビクし、神経をすり減らされる。

目が覚めた私は自分の部屋と廊下、トイレを行き来した。各部屋からもゴソゴソとみんなが置き出した音が聞こえてきた。廊下とトイレを行き来していたら、ばったり出くわすかもしれない。引っ越ししてきたから挨拶をしないと。何度か往来を繰り返すが、一向に誰とも鉢合わせしない。私がトイレに入ったかと思うと、誰かがキッチンの冷蔵庫の扉を開けて、直ぐさま自分の部屋に。私が自分の部屋に戻ると、誰かが慌てて自分の部屋からトイレに入る音が聞こえる。その時私は悟った。みんな他人に関わらないようにしていているのだと。

ここはひとつ屋根の下でも、各部屋が各々の住居のようなもので、他人に関わらないように距離を置いているのだと分かった。

ここで私の住んでいたジャクソンハイツ邸の愉快な仲間を紹介しよう。

・鈴木君
当時22歳くらいだった思う。彼は偶然にも自分のこれから通う近所の短期大学の写真学部を卒業し、カメラマンとして働いていた。欧米被れもしていなく「自由の女神イェーイ」という頭の悪い留学生でもなかった。筋トレとプロテインで見事な体を作り上げ、なかやまきんに君みたいだったが、とても大人しく優しい好青年だった。


・かなこさん
僕は一度も面と向かって話すことなく、彼女がキッチンで良く肉を包丁の背で叩いている光景を何度か目にしたくらいだった。私が引っ越してから、彼女は半年ほどで出ていった。確か自分より10歳くらい年上だったと思う。かなこさんがNYCで何をしていたのか知らない。その後、彼女の部屋に引っ越し来てきたのも10歳程年上の女性だったと思う。彼女ともちゃんと話さなかったのであまり覚えていないし、名前も出てこない。多分ちくび子ちゃんかパイコちゃんだった思う。かなこさんは常にイライラしている印象を受けた。私がシャワーからあがって自分の部屋に戻ると、すかさず自分の部屋から急ぎ足で出てきてシャワーに入る。待っていたオーラが出まくりである。私はトイレやシャワーに長居しないように気を使っていたのにだ!どいひー!゚Σヽ(`д´;)ノ 

・田中さん
私の隣の部屋に住んでいたのは田中さんという当時60代の男性だった。和食のレストランで料理人として働いていらしいが、解雇されてしまって仕事を探していると言っていた。ニューヨークにもう30年以上住んでいて、グリーンカードも持っていると言っていた。私がキッチンでご飯を作っていると、良く部屋から出て私に話しかけてきた。多分、ジャクソンハイツに住んでいて一番話したルームメイトが田中さんだったと思う。私はある日、ふとしたことで田中さんに日本にはたまに帰ったりしないのか話の流れで聞いたてしまったことがある。その時田中さんは

まあ、帰るところもないしね・・・

そう言った田中さんは何か過去を思い出してしまったようで、どこか寂しそうだった。【完】

次回はかなこさんとのうんこ騒動、田中さんにお金を貸した出来事について書きたいと思う。よろしくな!(๑´ڡ`๑)

【続】

写真:引っ越してから直ぐに撮った写真である。この大きなデスクトップをスーツケースに入れてきた 笑。 他に洋服や楽譜を沢山持ってきたが、この大きな洋服ダンスに入れても沢山スペースが余った。

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