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【悲しい思い出】NYCのジャズクラブにセッションしに行った時の話 [#40]

人間歳を取ると余裕が出てくるものだ。若い頃の自分は先の見えない将来への不安にしばし駆られていた。今は自分が費やした時間・労働に対し、どのくらい自分が成長出来るか、世間がどのくらい評価するかが大体分かるようになってきた。そうすると大体将来の展望も分かってくるのだ。今はこのくらい練習しているから、来年にはこのくらいの事が弾けるようになっていて、3年後にはこのくらいの実力で、このくらいのミュージシャンと共演していて、このくらいの収入を得ているという具合に。経験とは良い事だ。

私の予測では、今年は私の飛躍の年になると思っている。(←と思い続け早15年) コロナの影響で私はSNSでの発信を今まで以上にするようになった。これまで7年間アメリカの大学にいたが、今年は休学中なので、今は自分のために使う時間が豊富にある。(アメリカの大学はまるでフルメタル・ジャケットのような世界だ。宿題や課題やレポートが沢山出るので本当に忙しい) 最近は健康にも留意し楽しくピアノの練習が出来ていると思う。今になっては音楽家こそが天職だと思うのだが、勿論これまでの音楽家としての人生、楽しい事ばかりだったわけではない。

今日はミュージシャンとして生きてきた上で辛かった時の話をしたいと思う。人によって辛いと感じる事は様々だろうが、若い頃の私は自己承認欲求の塊だったので、世間から評価されないというのは耐え難かった。今では、キースジャレットでさえ嫌いな人がいるのだから、この天才ピアニスト二見大先生の音楽を理解できない愚民もいるのだろう。そんな人達を気している暇なんてないわ( ^ω^ )ニコニコおほほほ と割り切っている。っというのは冗談で、私を応援してくれているオーディエンスやファンの方のおかげで、ミュージシャンとして頑張れているのだろうと思う。私は恵まれている。

ニューヨークに何のコネもなく、そこで新たなキャリアをスタートするミュージシャンの誰しも直面する苦悩について話したい。新天地には自分を評価してくれる人がいないのは疎か、自分の存在を知っている人さえいないのだ。

今思えば、留学した当初、音大にでも最初から行っておけば、少なくとも学内ではモテハヤサれ、音楽仲間が直ぐに出来ただろうし、音大でGカップの巨乳フルーティスト、ジェシカとも付き合えただろうし、アメリカのコミュニティーにすんなりと入っていかれたのかなと思う。

ニューヨークで音楽とは無縁の短大に行った私は、放課後に時よりジャムセッションに行って、何とか自分の居場所を見つけたり、音楽仲間を見つけようとしたものだ。移り住んでから最初の数ヶ月は物凄い焦った。自分は誰にも知られていない→だから誰からも声がかからない → 演奏する機会がない→知られない。この悪循環が続き、自分はこの悪循環から一生抜け出せられないのではないかという恐怖さえあった。

今日は思い出に残るジャムセッションに行った時の話をしたいと思う。
思い出と言っても良い思い出ではない。あまりのショックに肩を落として冬のニューヨークの寒い夜道をトボトボと歩いた時の話である。

セッションでの辛い思いでは沢山あるが、今日はクレオパトラズニードルというお店に始めて行った時の話をしたい。確か1番線の96通りから少し南に歩いたところにあったと思う。最近お店を閉じたという話を聞いた。ニューヨークは冬は恐ろしく寒い、道は汚い、夜は暗い、正直外を出歩きたくないのだが、お店に入った瞬間に、何とも言えない安堵感ある。天井も高く、そこには客と音楽が一体となっている温かい空間があるのだ。クレオパトラズニードルズも例外ではなかった。箱としては特別好きな箱だったわけでは無いが。

しかし、ジャムセッションとなると例外である。汚い・臭い・遅いMTAの電車でやっとたどり着いたお店で早く弾けるのかと思いきや、順番待ち。いや、それは順番くらい待たないといけないが、ハウスバンド(日本語ではセッションホストというが、これは和製英語だろう)の演奏を一時間は聴かないといけないのである。ピアニストが下手だと、イライラしてくる。そんな下手くそなピアノを弾いていないで、俺に弾かせろという具合に。

ハウスバンドの演奏が一時間演奏したので、やっとジャムセッションが出来るのかと思いきや、自分たちの下手くそな演奏に酔いしれたのか(←酷い)もう一曲演奏しようかという具合で、勝手に時間を守らずに演奏している。もうハラタツノリである。

さて、やれやれ、やっとハウスバンドは満足したのか、早く弾きたいと出番を待っている我々に演奏を譲ろうという感じで、ジャムセッションが始まる。私は事前にリストに名前と自分が演奏する楽器を書いておいた。お店には早く着いたので予定では出番は5番目である。

ここでイカス演奏をして、ニューヨークで脚光を浴びるゆうこ、Village Vanguardのブッキングマネージャーが来ていたらどうしよう( ^ω^ )ニコニコ
心臓の鼓動は少し早くなった。

しかし、待っても待っても自分の番が回ってこない。それもそのはずである。最初に弾いたピアニストが、気分が良くなってもう一曲弾いていいかと言い出すのである。そんなのいいはずないだろ、引っ込んでろターコと言うかと思いきや、二番手のピアニストも「オーライ☆」という感じで、快く譲るのである。いや(; ・`д・´) 後ろで待っている私の許可を得ろ、勝手に決めるなという感じである。フロント楽器がたくさんいるのに延々とソロを回すので2曲で30分。やっと二番手のピアニストがステージに上る。っと思いきや、次はコードレスでやろうと進行役のおっさんが言い出すのである (; ・`д・´) 私の出番はいつになったら回ってくるのであろうか?

このセッションで待っている間のイライラとした気持ち。他のミュージシャンを見下す気持ち。セッションの異様な雰囲気。私がジャムセッションに行くのが嫌いな理由はこれである。

コードレスの演奏が終わる。そして次はやっと二番手のピアニスト。私は堪り兼ねてバーカウンターから奥の部屋へと場所を移し、そこでカバンからTOEFLの英単語集と学校の宿題のプリントを取り出し、黙々と作業をしていた。周囲から見たら異様な光景だったかもしれない。しかし私はとにかく英語が分からないので、その時は英語を学ぶということに貪欲だった。

奥の部屋にも、若いミュージシャンが何人かいるのだが、どうもこの空気が好きになれない。マルコという、おそらくイタリア系のおっさんピアニストもいたので少し話した。誰にピアノを習っているんだと聞くと「俺は習っていない!俺はピアノを教えているんだ!」と何か琴線に触れたように、急激にムキになりだした。彼も何も仕事がなく、少しでもつながりや演奏をする機会が欲しかったのかもしれない。そうでなければ、こんな二流のジャムセッションをしているクレオパトラなんかに来やしない。そういうお前は何だと読者の諸君も思うかもしれないが、私は日本で、オスカー・ピーターソントリビュートのCDを出した偉大なジャズピアニストだ。私はニューヨークに来たばかりで今は無名だが、こんなシケた店に来ている他のミュージシャンと俺は格が違うんだとさえ思っていた。(←今思うと私は若かった)

奥の部屋で演奏を注意深く聴いていたわけではないが、毎回曲が終わる度にステージを覗いていた。何度もミュージシャンが入れ替わっているのに、私の出番が回ってこない。何かがおかしい。そう、その時悟ったのである。なんと、セッションホストのクソジジイが後から来た自分の親しいミュージシャンを迎え入れて演奏しているのである。(; ・`д・´)

この時ほどニューヨークに来て辛いと感じたことはなかったのではないだろうか。もし自分が英語を話せていたら抗議が出来ただろう。もし自分が繋がりがあったら他のミュージシャンが自分を優遇してくれていたかもしれない。タダでさえ私は英語が話せないのに、相手がマナーが悪いことをしてきたら、もうこれはダブルパンチ、いやトリプルパンチである。自分の唯一の心の拠り所であるジャズコミュニティーでさえ私は自分の居場所を失っていた。

時計の針は11時を回っていた。ついに一曲演奏する出番が回ってきた。7時30分に学校を出て、9時前にお店につき、下手くそなハウスバンドの演奏を一時間聴いて、その後自分の出番を2時間待った。一発勝負である。

サックスのおっちゃんが You'd be so nice to come home toはどうだと言ってきた。何というどんぴしゃ!実は私は音楽大学の試験のデモテープの作成のために、丁度この曲を練習していたのである。私はオーライとか済ました顔をしていたが、おっちゃんありがとう(´;ω;`) と心のなかでは物凄く感謝していた。自分のイメージしたテンポとグルーブだ。始めて触るピアノでも心地よく弾ける。水を得た魚のようだった。この曲で練習していたフレーズを連発した。ベースとドラムもしっかりロックしている。これは気持ちがいい。

それまでガヤついていた店内が、私のソロが終わって一気に拍手をするのである。ハウスバンドの演奏でも起きなかったのに。私はニューヨークドリームを体感した瞬間であった。

その時、私のスカウターはバーカウンターに座っていた二人組のモギタテ果実子ちゃんにロックオンしていた。視線はそちらに向けていなくても、視界の隅で彼女たちの動きを察知する。長年の童貞経験から会得した荒業である。演奏終了後、パツキンの彼女は友達に私に挨拶がしたいと言っているのが分かった。

勇気を振り絞って、終演後に話しかけに来てくれた女性を私は何を血迷ったのか冷たくあしらってしまったのである。彼女はポカンと呆気にとられて、そそくさと店の外に出ていってしまった。

良く好きな男性ほど軽く見られたくないから、女性は初めてのデートではお泊りをの誘いを断るという話を聞いたことがあるが(童貞だから良く知らないけど)なんとなく、その気持も分からない事もない。多くのミュージシャンや客が見ている前で、電話番号の交換なんで出来やしない!そんなつもりでジャムセッションに来ていると思われたくなかったし、軽い男だとも思われたくなかった。あー可愛い子だったのになー(´;ω;`) 

"おおきくなったらジャズクラブのえんそうごにかわいいおんなのこをモーテルにつれこみたいです!それがぼくのゆめです(いちねん どんぐりぐみ ふたみゆうき)”

帰ってカリビアンコムを見て寝た。

【続】

ジャズピアニスト 二見勇気
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写真 Bite 14で知り合ったJoeとJohnとレストランでギグをした帰りに撮った写真である。Bite 14に来るお客さんからの依頼で2回程やったが、いつもギャラの支払いが遅れるのと、電子ピアノを担いで持っていっても殆どお金にならないので、すぐに辞めた。

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