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毒入りブルーは選ばない

ちょっと強めのタイトルをつけてしまった。

コバルトブルー、セルリアンブルー。その言葉の響きだけでも美しいイメージが浮かぶ。けれど、美しい絵の具には毒性のものがあることを、どれくらいの人が知っているだろうか?

クリエイティブの領域に「エシカル」を持ち出すならば、絵の具選びは気にしたいところだ。絵を描くことを楽しむためにも、絵を描く本人に対する安全性だけでなく、その周辺にも目を向けたい。絵の具選びで少しのことを覚えておくだけでも、今より良い選択ができるのだから。

自由研究 エシカルにクリエイティブでは、自分なりに疑問に思った過程や調べてみて現時点でわかったことをシェアします。わたしが得ていた情報が古かったり、誤認がある場合はコメントをいただけるととても有難いです。   筆者より
→ 研究ポリシー        


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絵の具には毒性がある

まず、知ってほしいこと。絵の具は色によって毒性がある。日常的に画材選びをしている人や小さい子どもの安全な図画工作に気を配っている人は既に知っているかもしれない。

選択は個人の自由だ。わたしは毒性表示のある絵の具は選ばないようにしている。

昔に比べれば現在は無毒なものに替えられて、その絶対数はかなり減ってきている。けれど、毒性の絵の具は今も画材屋さんの店頭にあることは忘れないでほしい。

すぐできること

とても長くなりそうなので、まず最初にお伝えしたい。「毒性のある絵の具を選びたくない」と思ったならば、今すぐにできることがある。買う前に毒性表示をチェックしてみることだ。そして毒性のある絵の具を選ばないこと。

店頭で購入するなら、絵の具のパッケージの裏側を見ればどの色が毒性を含んでいるのかチェックすることができる。見た目はメーカーによって微妙に違うけれど、ホルベインなら赤い四角に黒いバツマークで記されている。ウィンザー&ニュートンなどの輸入メーカーの絵の具だと裏に日本語のシールが貼られている。

絵の具チューブそのものが小さいので仕方ないけれど、正直、その注意マークやシールとてつもなく小さい。「警告 有毒性あり」という文字はゴマ粒よりも小さい...というくらいの極小文字だ。これはなかなか気づかない人も多いとは思う。

オンラインで買う場合でも、各メーカーのホームページにはどの色が有害物を含んでいるかを明記しているはずなので気に留めてチェックしてみてほしい。

まず恐れたこと

ここからがわたしの自由研究の本題だ。絵の具に入っている有害成分はどんなもので、どんな影響があるの?というのを調べてみた。そして調べていくうちにわたしが不安に思ったことは

絵の具で汚れた水を流すことで、環境に悪影響はないだろうか?

絵の具で汚れた水は下水道からやがて川や海へ流れてゆく。気になり出すと止まらない。わたしは絵の具に含まれる有毒成分について調べてみた。


透明水彩絵の具

わたしがよく使うのは透明水彩絵の具。まずは一番身近な画材から調べることにした。

有名な絵の具メーカーのひとつに、イギリスの老舗ウインザー&ニュートンがある。愛用しているメーカーだ。環境対策にシビアなヨーロッパ地域の企業なのだから、何もしていない訳がない。検索してみると、メーカーのホームページにはしっかりEthics(ポリシー)が書かれていた。

生産過程の水を使い捨てではなく再利用したり、有害な化学物質の使用を減らす努力をしている、特に重金属のカドミウムは製品クオリティとの兼ね合いもありチャレンジだけれども、カドミウムフリーのシリーズも開発している。
参考:ウインザー&ニュートンHP

ざっくり意訳するとこのような内容だ。これを読む限り、どうやら絵の具の中身の有害成分については、「カドミウム」が特に問題視されているのだと分かった。

カドミウムと有害性について

そもそもカドミウムとは一体何なのか?

難しいものに取り組むと一気に脳が拒否反応を示してしまうので、やさしいところから段階を踏んでいこう。キッズ向けの説明を見てみると、こう説明されている。

カドミウムってどんな物質 ?
カドミウムは、もともと自然界にある金属で、亜鉛(あえん)や鉛(なまり)などにふくまれています。家電製品や自動車など、私たちの暮らしのなかで広く使われています。
引用:Yahoo! ジャパンキッズ

カドミウムはもともと自然界にある金属らしい。しかし、今 大問題になっているプラスチックだってそうだ。「プラスチックは石油由来だからもともと自然界にあるものだから大丈夫」とヘリクツをこねて環境問題に向き合おうとしない人がいる。「もともと自然界にある」や「自然由来」というフレーズには、気をつけなければならない。と、わたしは思っている。


「カドミウム」というキーワードに「有害」をプラスしてみると、また違った説明も見つかった。

カドミウム(Cd)は、合金、絵具、電池などの産業で使われているが、富山県神通川流域で発生した「イタイイタイ病」の起因物質として有名であるように、ヒトに必須な元素ではなく、有害な金属である。
引用:BLM http://uwb01.bml.co.jp/kensa/search/detail/3802302

なんと、カドミウムはイタイイタイ病を引き起こした物質らしい。

イタイイタイ病は聞いたことがある。社会の教科書に載っていた病気のことだ。小学生の頃に見た。苦しそうな子どもの白黒写真が記憶に残っている。カドミウムにはやはり問題がありそうだ、と警戒を強めたところで、驚いた。こんな説明も見つけた。

ほとんどの食品には自然のカドミウムがふくまれています。その量はごくわずかで、イタイイタイ病をはっ症するほどではありませんが、日本人の場合、ご飯をたくさん食べるために、カドミウムを米から摂取(せっしゅ)する割合が特に高くなっています。
引用:Yahoo! ジャパンキッズ

なんと、あのイタイイタイ病を引き起こしたカドミウムをわたしたちは普段から口にしているようだ。しかもお米から。衝撃的だ。

理解を深めるべく調べていると、農林水産省のホームページにたどり着いた。

食品中のカドミウムに関する情報
カドミウムは自然環境中に広く分布する元素です。地殻中に分布しており、岩石の風化などの自然現象によって環境中に放出されるため、土壌や水中に天然由来のカドミウムが含まれています。
また、鉱山や金属精錬などの産業活動に伴って環境中に放出されたものもあります。動植物が育つ過程で土や水から取り込まれることにより、様々な食品や水は、微量のカドミウムを含んでいます。
カドミウムのように意図せずに食品に含まれる有害化学物質については、「生産から消費の段階で適切な措置を講じて、合理的に可能な範囲で食品に含まれる量を減らすべき」というのが、国際的に合意された考え方です。
(中略)
現在では、鉱山や工場からのカドミウムの環境中への排出は、法律や条例等に基づき規制されています(注)。しかし、かつては、全国各地に存在する鉛、銅、亜鉛の鉱山からの鉱石採掘や金属の製錬等の産業活動によって発生する鉱山の坑内水、製錬所の排水・排煙及び廃石などの堆積場から、カドミウムが環境中に排出されました。
自然に、また産業活動の結果として環境中に排出されたカドミウムは、動植物が育つ過程で土や水などから取り込まれ、農畜水産物などの食品に含まれることがあります。水や食品を通じてヒトの体の中に入ることで、ヒトの健康に悪影響を及ぼす可能性があります。
引用:農林水産省HPより(https://www.maff.go.jp/j/syouan/nouan/kome/k_cd/index2016.html)

同じような言い回しが繰り返される説明で「もともと自然界のものだよ〜、だから農産物のお米にも入っていることもあるよ〜、でも今はそんなに多くないよ〜」と、前半はふんわり交わすような文章に感じたのは、わたしだけだろうか?

ここまで諸々の資料からわたしが理解したのはこうだ。

カドミウムの有害性について理解したこと(仮)

もともとカドミウムは自然界に存在するので自然に口に含んでしまうものだ。その段階の量では問題はなかった。しかし、人間が鉱山資源から金属をつくったりする産業活動をはじめたことにより、工場排水や煙によって一気に環境に広がった。その量が多過ぎたのでひどい病気が起こった。今は条例により制限されている。

さて、こういった取り扱い注意の問題児のカドミウムを含む絵の具が存在しているのだ。一体どれくらいの量が入っていて、どんな影響がありそうだろうか?が気になる。

絵の具に含まれるカドミウムの影響は低い?

絵の具でカドミウムを含む可能性のある主な色は、カドミウムレッド、カドミウムイエロー、カドミウムオレンジなど。名前に “カドミウム” が入っているので分かりやすい。しかし残念ながら、絵の具の中にどれくらいの量のカドミウムが含まれているか?をグラム数や割合を明記している資料は見つけられなかった。

しかし、毒物として影響する量のボーダーラインは定められている。カドミウムの場合は、5000mg/kg以上で実験動物の半数が死んでしまう摂取量だそうだ。5000mg/kgというのは、体重1kgあたり5000mg摂取した場合のことを言う。(恐らくそれと比べて、)絵の具に含まれるカドミウムの影響は低い。と、国内メーカーのクサカベのホームページでは説明されている。

さて、絵具の急性毒性ですが、実は非常に低いのです。カドミウム顔料は一般に毒性のある顔料と考えられていて、絵具のチューブにも有害性があることを示すアイコンが表示されていますが、実際のLD50の値は5000mg/kg以上なのです。つまり、有害性がある物質とはいえません。絵具は有害性の低い物質なのです。
引用:クサカベHP(http://www.kusakabe-enogu.co.jp/q_a/q_a.html#q2)

影響が低いと言うには理由がある。ヨーロッパの危険物の定義のボーダーラインでは、一番弱いもので2000mg/kgの摂取量という毒の強さ。mgの前に書かれた数字が大きいほど少量で効果をもたらすので毒性が強いものだ、と理解できる。

ヨーロッパのEU危険物指令は、物質の急性毒性の程度を次の三つで定義しています。
LD50≦25mg/kg : 非常に強い毒性がある物質
LD50 25~200mg/kg : 毒性がある物質
LD50 200~2000mg/kg : 有害性がある物質引用
引用:クサカベHP(http://www.kusakabe-enogu.co.jp/q_a/q_a.html#q2)

つまり、カドミウムは危険物として一番毒レベルが弱いものより2.5倍の許容量があることになる。よってカドミウムの影響は低い、という考え方だ。

カドミウムの5000mg/kgという数字がどれくらいのものか分かりづらいと思う。単純計算すると、体重50kgの人間では250g(25万mg)を摂取すると致死量ということになる。ちなみに水彩絵の具のチューブ1本がおよそ5ml。(個人差はあるものの)一般的に12色セットで購入し、学生時代の3年間は買い足さずに済むのではないか。むしろ余ると思う。確かに、量としてはごくわずかのようだ。

しかし、そもそもこのボーダーラインの設定は安全なのか?という疑問は残る。絵の具へのカドミウムの使用を制限しよう、という動きが近年あった。

2013年にスウェーデン化学機関(KEMI)が、カドミウムとその化合物の絵の具への使用を制限すべきであるとする提案を欧州化学機関(ECHA)へ行った。それにより、メーカーからアーティストへの聞き取り調査などが行われたそうだ。

KEMIの提案では、画家が使用する絵具の5%が水とともに流されるため、それを禁止することで個人のカドミウム摂取の0.0081%が排除されると試算されています。このささやかな減少により、最終的に(150年後には)欧州連合全体で1年に骨折が60例減少し、乳がんが16例減少することになるというのがKEMIの主張です。
(中略)
調査の結果、アーティストの大半はカドミウムを廃水システムに流し入れるのを避けていることもわかり、このことから上記の5%という想定に疑義が生じます。排出の軽減に関して報告された実践例は、洗う前にブラシを拭いて乾燥させる、洗浄に使った水を蒸発させる、洗浄に使った水を家庭用有害廃水処分場所に除去する、顔料を除去するための水を処分前に処理する(Just Paint第3号を参照)などです。
引用:ターナー色彩株式会社 Technical Information(https://turner.co.jp/art/golden/technicaldata/justpaint/jp32/jp32article8.html)

カドミウムを制限しようと団体が動いたが、結果的に提言されたリスクと収集された情報からはリスクは無視できるほど小さいとされたのだった。

個人的には釈然としないが、近年の各メーカーの動きをみると少し前向きになれた。

カドミウムを使う、という選択肢は消えつつある

各メーカーのカドミウムへの対応を比べてみると、元来の毒性を持ったカドミウムカラーは選択肢として市場から消えつつあるようだ。※今回は透明水彩絵の具について

一部だけれど各メーカーの現状は以下のようになっている。

ウィンザー&ニュートン(イギリス)
水彩絵の具の入門シリーズにあたるコットマンシリーズには、カドミウムは含んでいない。上級のプロフェッショナルシリーズでも、カドミウムフリーのシリーズがある。例えばカドミウムイエローは、それと並んでカドミウムフリーイエローがある。カドミウムフリーシリーズに対するPR動画もあるので力を入れていることが分かる。

ただ元来のカドミウムイエロー等も販売しているので、発色性を優先する人のためにラインナップから外せないのだろう。

クサカベ(日本)
主なカドミウムカラーをみても「ネオ」という代替品を使ったバージョンになっていて、元来のカドミウム製品は見当たらない。

クサカベのホームページは、他の国内メーカーに比べ、環境に対する取り組みや方針がクリアだ。

ホルベイン(日本)
カドミウムイエローは残っているものの、カドミウムレッドやカドミウムオレンジには毒性表示のないものに替わっている。カドミウムの他にも、「ヒュー」という代替品がある。


他にも挙げればキリがないけれど、選択肢としてカドミウムを使った透明水彩絵の具は減ってきている。毒性と無毒性が並べてあれば、これからの消費者は無毒性を選ぶだろうと思う。


コバルトと毒性について

カドミウムの話でお腹一杯かもしれないけれど、個人的にまだ書き残していることがある。わたしが一番よく使う色、セルリアンブルーについてだ。絵の具に有毒性表示がされているのはカドミウム由来だけではなく、他にも有毒成分は数種類ある。セルリアンブルーにも毒性表示があるものとないものが混在している。そもそも、わたしがここまで調べるきっかけはセルリアンブルーだったのだ。(※わたしはウインザー&ニュートンのセルリアンブルーのレッドシェードというコバルトを含まないシリーズを選んでいる)

セルリアンブルーの毒性表示は「溶解性コバルト」。国内の規制ではカドミウムに比べさらに毒性の弱いグループに属する。

まずコバルトとは?から調べてみると、ビタミンの成分として含まれているようだ。カドミウムと同じくコバルトも、微量だが既に口にしているものだと分かった。

コバルトについてはビタミン B12 に含まれていることが知られており、(中略)健康な成人の食品からのビタミン B12 の推定平均必要量(シアノコバラ ミン相当量)は 2.0 μg/day30)であり、体重 1kg 当たりのコバルト量に換算すると 0.0017 μg Co/kg/day となるため、ビタミン B12 に由来する食品からのコバルト摂取量は少ないと考えられる。
引用:
環境省の化学物質環境リスク調査(https://www.env.go.jp/chemi/report/h24-02/)よりコバルトおよびその化合物(https://www.env.go.jp/chemi/report/h24-02/pdf/chpt1/1-2-2-09.pdf)

環境省の化学物質環境リスク調査が公表されていて、コバルトおよびその化合物という資料を読んでみた。それによるとヒトへの影響として以下のような症状が確認されていた。

・皮膚症状。金属アレルギーでかゆくなるようなものと推測
・喘息症状

悪影響と同じく、ある目的をもって意図的にコバルトを体内に摂取していた例もあるようだ。メリットはあるものの悪い副作用もあった。
・貧血症状の改善のためにあえて人体に投与、効果有。しかし副作用の例も有
・1960年代にはビールの添加物として使われていた。しかし多量に飲む人には健康被害が報告

結果的に、現在ではコバルトの摂取は悪影響だと判断されている。2008年、EUでは「ヒトに対して発がん性であるとみなされるべき物質」と分類された、と同資料に記載されていた。

参考資料:
環境省の化学物質環境リスク調査(https://www.env.go.jp/chemi/report/h24-02/)よりコバルトおよびその化合物(https://www.env.go.jp/chemi/report/h24-02/pdf/chpt1/1-2-2-09.pdf)

コバルトによる悪影響を考慮し、現在はコバルトを扱う労働環境の改善も行われているようだ。具体的には、コバルト関連の従事者の健康診断に要追加項目を設けたり、現場の清掃基準など。

ここで少し気になったのは、「工場の床を水洗等で掃除する」ようなことも書いてある。1日1回。この工場の排水、洗浄水は果たして一般の下水道に流されているのだろうか?流されているとしたら物質は分離して処理されているのだろうか?

参考資料:
厚生労働省の平成24年10月の特定化学物質障害予防規則等の改正(https://www.mhlw.go.jp/bunya/roudoukijun/anzeneisei48/)より、インジウム化合物、エチルベンゼン、コバルト及びその無機化合物に係る規制の導入(https://www.mhlw.go.jp/bunya/roudoukijun/anzeneisei48/dl/anzeneisei48-10-2.pdf)

コバルトが河川に流出することによる環境への影響、わたしの調査力・理解力では情報を整理するのは難しかった。

ただ、排水量の調査や業種別のデータを見ると、明らかに大量にコバルトを利用しているものが別にあることが見えてきた。

コバルトの採掘、労働に関する問題

コバルトに関しては、その採掘に児童労働の問題もあるようだ。PCなどに使われるリチウム電池にコバルトが利用されているようだ。改善のためにコバルトの使用量を減らすことと同時にコバルトを使用しない新しい開発も進められている。

参考資料:WIRED 邪悪なコストを伴うコバルトは消える運命に? 「新しいバッテリー」が社会を救う

調べれば調べるほど、底なし沼のように黒ずんでいる気がした。

まとめ・考察

調べた結果、透明水彩絵の具には有害な物質が含まれている。特にカドミウムについては使用を制限する提言もされた程だが、現時点では健康被害は小さいとみなされ、制限には至っていない。カドミウムに限らず、何らかの悪影響が起きた例は実際に上がっている。これは確かに事実だ。

各メーカーは有害物質の使用を減らしていく努力を続けている。消費者としてできることは、有害表示のないものを選ぶことだ。小さくとも起こりうる悪影響を絶っていこうと思う。



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