退職までのこと その1
冒頭がなんだか朴訥としてはいたが、やめた理由の一番始めに来るのが
体力だ健康だ
夜勤と日中の交互の勤務と病棟の役割をこなし、体を動かすだけならいいが書類の記入や新人さんの課題を見たり…人付き合いもある。そうなると、生活面をなんとかしたいと思いながらも休みの日はしんどくて寝て過ごしては、また次の勤務がやってくる。
「あー、前は花飾ったのにな」
「もう梅雨になるのにヒーターも片付ける気起こらん」
と、なるとやる気も削がれ
スマホ片手にSNS、YouTube…
現実から遠のくばかり。
そんな生活が続くと私は何がやりたいんや、となってくるわけで部屋の埃と一緒に虚無感が募り始める。
死に近い現場にいると自分が死ぬまでに何ができるか考え不安になる。
眠れなくなり冷蔵庫には呑めもしない酒缶がふえ、寝る前に呑まねければ眠れないことも増えて来た。外に出歩いてちっともうちが居心地よく感じなくなって来た。
綺麗な景色には癒されても、帰って落ち着かない部屋に落ち込むし、みないフリする。
こりゃ、健全な生活か?患者さんに生活リズムって指導する私が生活破綻しとるやないか
と、仕事に徐々に喰われる感覚を覚えた。
命、健康あっての生活で人生じゃないか…
病棟の編成が起こる年に年度はじめの面談で
「体がしんどくて、パートになりたいんです…」
「え?結婚するわけじゃないでしょ、何で?まだ若いから大丈夫」
一応、考えて話したことだが意図は伝わらなくて役割についての条件だけ話さ感じになった。
ホンマにしんどいのに…
気持ちの不健全は不安や執着、孤立感とか病むまでいかなくても将来はこうありたいて気持ちがどんどんなくなる。
あーーこれが半分死んでるてことかと思うと、我慢できなくなった。
そう、怒りが職場に対して患者さんに対して母に対して向くようになって来た。
気持ちまで不健全になってきたある日、病棟は変わったのだ
そして、病棟が変わって指導していた新人さんが心の面でしんどくなり退職したのもきっかけだった。
彼女は毎日、現場に立つことに必死で心に余裕がないのが透けて見えていたし、彼女にまずは自分の心が疲れ果てる前に休息は必要だと話した。
彼女の方が重症だったかもしれない…みるみる痩せていくし表情は硬く険しかった。最後に話した日は泣いてやっと表情が穏やかになった。
彼女に言った言葉が自分にも心にしみた。休まなきゃ、今のままじゃ余裕が本当になくなる。
仕事は良い意味でも悪い意味でも不健全な気持ちを持ち上げてくれるイベントと収入もあったが
確実に年齢の作用は待ったなしだった。3日寝れば元気になったことが5日になり、1週間になり、熱を出したり、元々弱い喉や胃腸は益々悪くなる。
このままでは仕事と心中する!指導していた新人さんの退職も相まって
職場に辞めることを伝えた。
どうせなら、看護師かイラストの仕事か天秤にかけ諦めていた事をもう一度してみよう!
言ってみたら、案外簡単だった。
気持ちが晴れた。
あと一年…
終わりのない日々に終わりが見えた。どうせならあと一年頑張ろう。
これが、また次のハードルになった。
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