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#BlackLivesMatter と人種差別問題の理解を深めるために: 「ビジネス・テクノ」の問題(翻訳)

ニューヨークでブッキング・エージェンシー〈Discwoman〉を共同設立し、女性やトランスジェンダー、ノン・バイナリーの、それまで十分な注目と評価を得られてこなかったアーティストたちに機会を与え、世界各地のイベントにブッキングしてきたエージェントであり、黒人のエレクトロニック・ミュージック・アーティストのためのプラットフォーム兼音楽フェスティバルである〈dweller〉を共同主催するフランキー・ハッチンソンが、昨日そのdwellerのブログに緊急寄稿した。

パンデミック時代におけるプロモーターやDJの社会的責任、そして世界的に反レイシズム運動が広がりを見せる中、クラブ業界にはどのような意識改革が求められているかが綴られている。これはぜひ日本のクラブ・カルチャーに関わる人にも読んで欲しいと思い、著者の承認を得て、翻訳をここに掲載する。

彼女は自身も黒人であり、この業界のど真ん中で働く当事者であるというだけでなく、これまでもDiscwomanの成功で注目を集めるようになった立場から、自分よりも弱い立場にいるアーティストや関係者の声に耳を傾け、代弁者として発信してきた人物だ。SNSだけでなく、世界各地でパネル・ディスカッションやプレゼンテーションを行い、固定観念や既存の仕組みに疑問を投げかけ、変化を促し、実際に起こしてきたキーパーソンの一人である。(2018年の来日時にはDOMMUNEでも非常に有意義なトークセッションを行った。)従って、この記事は単なる彼女の個人的見解ではなく、数多くのブラック・アーティストの声も代弁するものとして受け止めるべきだ。

本文に入る前に、少し補足しておくと、「ビジネス・テクノ」というのはここ2年ほどSNS上でよく使われるようになった、インディペンデントなクラブ業界の中でも特にビジネス、利益を最優先する人物や事象を指す、口語(ネット語)表現だ。この文脈においては音楽スタイル/ジャンルとしてのテクノに限定されず、ハウスやディスコなども含むクラブ・カルチャーの総称として「テクノ」という言葉が用いられている。それをまたさらに商業化し、別次元の大衆向けエンターテイメント・ビジネスに推し進めたものがEDMだと言っていいだろう。つまり、本文ではほとんど固有名詞に触れていないが、ここで取り上げている対象はEDMやメインストリーム音楽から見れば「アンダーグラウンド」なシーンのことであり、文中で触れられている「大規模イベント」は数千人クラスのものである。

また、本稿は「テクノはブラック・ミュージックである」という認識を大前提として書かれている。これも純粋に音楽的なルーツを遡ればクラフトワークやヨーロッパのいわゆるEBMなどがあるし、日本ならYMOが「テクノ」という語をかなり早い段階で用いて電子音楽をやっていたが、「クラブ・ミュージック/カルチャー」として明確にテクノという概念を打ち出した、あるいは形成したのはデトロイトの黒人アーティストを中心としたシーンであった。(ハウスは同様にシカゴの黒人のゲイクラブとそのDJから誕生している。)このことは、「史実」として語り継がれている。このdwellerのサイトには、この視点に根ざした様々な情報が掲載されているので、さらに理解を深めたい方は参考にして欲しい。

従って、これは特に「クラブ・カルチャー」の担い手に向けた、同じ立場の当事者からの一つの重要なメッセージだと思って読んでいただきたい。コロナ禍でカルチャーとしてのクラブの重要性が日本でも議論されているが、それならば、日本でもクラブやそれに関わる仕事を単なるビジネスとしてではなく、カルチャーとして正しい方向に導いていく努力、それに付随する問題に対する認識をアップデートしていく必要性がある。

(*なお、この記事に金銭的なサポートをしてくださる方がいた場合は、責任を持って私から筆者のフランキーに送金します。)


business techno matters: how those who have the most sacrifice the least

ビジネス・テクノの問題:持てる者ほど最小の犠牲しか払わない構図

by frankie decaiza hutchinson(訳:浅沼優子)

「我らのナイトライフを取り戻す時が来た!」ブルックリンのプロモーターは私をレイヴに招待しながら、まるでこれが私たちの共通決定事項であるかのように言った。「人種戦争」とパンデミックは、憂鬱な現実を露呈する結果となった。 一部のプロモーターにとって、クラブの安全性は、これまでも優先事項ではなかったということ。さらに言えば、最もリソース(資金・資源)を持つ者ほど、カネと "g0oD vIbEs(いいバイブス) "だけを原動力にしているということだ。

COVID-19の最中にNYCで行われた一握りのアンダーグラウンド・レイヴと、「ビジネス・テクノ産業複合体」を区別することは重要である。前者も誤った方向に導かれ危険をもたらすものだが、最も高収入のDJたちが出演し、規模も大きく、プロダクションのレベルも高いヨーロッパのイベントの、容易に想像がつくような収益を上げるものはない。かといって、防護策を講じていないイベントが許されるべきではない。現在のように、限られた、しかも頻繁に変わる医学的事実しかない状況を考慮すると、これらのようなイベントの開催を継続することが十分に正当化できるとは私には思えない。しかし、権力とカネの大部分がどこに集中しているのか、より大きな犠牲を払うべき立場にある人たちがどのように振舞っているのかということを見ずして、この業界(あるいはどの業界も)を分析することはできない。ヨーロッパのシーンは、この新たな「COVID世界」のどこよりも「復帰」を急いでいる。オンラインで流通している(こうしたイベントの)数々の動画は、ソーシャル・ディスタンスへの配慮の皆無、説明責任の不在、ブラック・ミュージックの流用と商品化というイシューへの関与もゼロであることを示している。私たちは、依然として抑圧が存在しないかのように振る舞い続ける「ビジネス・テクノ」コミュニティの境界線を目撃してきた。

「大事なのは音楽そのものでしょ」や、「ポジティブなバイブスだけにして」といった古典的な決まり文句は、それがビジネス・テクノ・コミュニティにとって何か深い意味を持つというものではなく、批判に晒された時にだけ吐き出される。これらの決まり文句は、ビジネス・テクノが白人至上主義と資本主義を助長するものであり、それに対抗するものではないという重大な現実から、自らを保護し目をそらすために使われているのだ。

多くのビジネス・テクノDJやプロモーターが、#blackouttuesday が始まる前に、(SNSに)「solidarity(連帯)」と書き添えられた黒い正方形を投稿した。黒人たちは、そのジェスチャーがどれほど空虚で、このように容易に投稿できるものが実際の反人種差別運動の組織化を阻害するものとして簡単に利用され得ることを予測していた。私が人種差別的と思われる投稿をしたDJを批判した際も、ファンからの報復の理由となった。「彼女はすでにBlack Lives Matterの投稿をしているのだから、文句をつけるな」という類のものだ。黒人の政治的闘争は、すでに黒人音楽を商品化しているカルチャーにおいて、新たな商品の一つになってしまったのだ。

私のエージェンシーがCOVID-19のせいで失業に直面する所属DJたちのためにドネーションを求めた時、特にヨーロッパのシーンから罵声と嘲笑を浴びせられた。その数ヶ月後、ヨーロッパのとあるクラブがCOVID-19の影響から(クラブの)建物を救うために18万ポンド(約2500万円)以上の募金を集めた。この時にはっきりと思い知らされたのは、人間の生活はセメント以下の消耗品であるということだ。これは、食べ物に困る人々がいる世界で、燃えたノートルダム寺院が驚愕の10億ドル(約1050億円)の修復資金を集めた時と似ている。建造物と困窮する人間、私たちの場合であれば黒人、POC(有色人種)、クイア、トランス(ジェンダー)に対する価値の対比には、心底驚かされる。

誰も私たちのシーンで最も裕福な人々を批判しようとしない。明らかに彼らのほとんどは白人で、黒人の音楽を搾取することで最も多額の利益を得て、最小の犠牲を払ってきた人々だ。私は最近、テクノ界で最も裕福なDJの一人が、5ヶ月ぶりにブースに戻ってきたことに対してツイートした。私は、彼女らの法外な出演料と影響力を考えたら、なぜクラビングの安全性のために、あと5ヶ月のDJ活動を犠牲にすることができないのかと疑問を呈した。これには同意する反応もあった中、最も裕福で特権を持つ者を擁護しようとする人たちから、困惑するほどの反論があった。資本主義の下で生活しながら、最も貧しい人々に不均衡な犠牲を強いるパンデミック中に富裕層を批判できないというのなら、いつしろというのか?

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(コロナのホットスポットである)フランス、イタリア、NYCで合法・違法問わずいろんなDJが巨大レイヴに出てるのを見て、安全だとは言えないから容認するつもりもないけど、アメリー(・レンズ)だけを集中攻撃して、彼女が金持ちで巨額のギャラを貰ってるってことだけを理由にするのはどうかな...


「この人が裕福だから攻撃しているだけか?」ええと、そうですけど。富の格差と搾取が横行している世界で、誰かを批判するのにそれは十分な理由ではないのか。「でも合法だった」と反論してくる人もいる。まるで合法性が信頼できる道徳的・倫理的指針であるかのように、特に「Defund the Police(警察の予算凍結)」や刑務所廃止が求められているこの状況下で。

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意味わかんない。彼女がプレイしたパーティーは違法だったの?だったら酷いと思うけど、そうじゃないならなぜ叩く?彼女が金持ってるから?ここベルリンではCOVIDはそんな大事にならなくて、今は小さいバーとか野外イベントはOKなんだけど。

また、果てしなく無知な者からは、「抗議運動とどう違うのか?」という問いがくる。抗議運動は死活問題だが、レイヴはそうではない。前者は黒人や褐色人種が不均衡に殺されているパンデミックの最中に資本主義的な人種差別システムに対する明確な戦いであるのに対し、後者はそうではない。あるいは、「私たちの街では200人しか死亡者がいない」という無神経な発言もあった。いつから200人の死が取るに足らない数字になったのか?利益と快楽主義の前では 取るに足らないものだから、どうせならレイヴした方がいいというのか?!

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BLMの連中が、何千人もマスクしないで路上で抗議してた時は誰も文句言わなかったじゃん。ダブルスタンダードもいいとこだな。

黒人アーティストを再びテクノ・ミュージックの中心にしようという、ずっと先延ばしにされてきた、必要な動きが始まっている。テクノがどれだけ「漂白」され、商品化されてきたかを明らかにする作業は、この状況下でも続けられている。白人アーティストと比較すると、いかに黒人アーティストがブッキングされ、正当な報酬を得て、レプレゼントされることが稀であるかを示す犯罪的な統計は、正義と賠償を必要としている。多数の黒人(と一部の同志たち)が、シーンを包括的(inclusive)なものにし、シーンの中で最も弱い立場にある人たちをサポートするために、反レイシズムに関わることを促進しようと自らの経験と資料を無料で提供してきた。ヨーロッパの大規模なレイヴが、ソーシャル・ディスタンスもなく、マスクの着用もほとんどなく、黒人アーティストのブッキングもほとんど見られない中で存続しているのを目の当たりにして、疑問を持たずにはいられない。他人に共感を持ってもらうには、どれほどの努力をしなければいけないのか。人命を救い、反人種差別的なシーンを育成するための実質的な結果や効果を得るためにはどうしたらいいのだろうか。

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2009年からベルリン在住。半分オーストラリア育ち。フリーランスの音楽ライター/通訳/翻訳家から、ことの成り行きでいつの間にかDJのマネージャー、POLY. Artistsのブッキング・エージェントを経て、settenを設立。音楽フェスティバルMAZEUMの共同設立・主催者。
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