見出し画像

詩 帆

人を待つ。
雲が動く。
少しだけ、夢を見た。

これは長い抒情詩だ。
色褪せた表紙もない物語だ。
伝わることのない震えだ。

小振りの筆で色濃く描く。
想い出しながら。
意味付けながら、意味を探しながら。

ゆっくりと。


海月のない空を眺めていた。
春が日常を変える前に、この景色を憶えていたかった。
机の端の落書きがいつまでもあるみたいに。
欠けたコップが捨てられるみたいに。

動物を育てるなら何がいいと尋ねる。
知らない何かに心が拒絶する。
戸惑ったままに可能性を遠ざける。
ゆらりと伸ばした指先が怪物に優しく触れる。

怪物はきっと触れられたくなんてなかった。

言葉が言葉を笑っている。
静かに見つめる朝の中に怯えたまま。
壁紙をなぞる。
剥がれた端が日常を次へと進めていく。

まるでページが替わるみたいじゃないか。
知識が肯定を求めて苛立つ世間。
人間に彷徨う子供のように。
青さを踏み立つ春のように。

春は瞳に訪れる。
夏は香りの傍にいる。
秋は踏みよる音がする。
冬は気付けばそこにいる。

崩れた日常に別れを告げて。
今夜、世界は終わりを遂げる。
悔やんだ恨みも向こう岸までは流れ着くまい。
重く惹かれる月のように愛を囁いた。

言葉が言葉を笑っている。
指の先の一瞬が偶然と建前に竿をさす。
無駄な空白だけが。
ただ、ただ。


舟を漕ぐ。
少しだけ、幸福だった。
波が導を辿っていく。
雲を眺めた。



雪屋双喜
2024.1.19

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?