題は読んでから



ふつふつと身を焦がす。
触れる数瞬の後にじわりと湿る。

かつて、私は無色であった。
譬えるなら、そう、水の流れのように。

大きな声で、ごうごうと。
海に向かって、落ち続けて。

いつかの私は門前で、
噛み締めながら、それを見た。

それはまさしく、前世の記憶。
数瞬の後に目を閉じる。

どこへともなく落ちて、
誰ともなくそばに知る。

私は、かつて何であっただろう。
思えば、何にでも成れた気もする。

机の上の干乾びた小説にコーヒーを垂らす。
そんなつもりで席を立つ。

鏡に層をつくるそれは、白く凍り、
今まさしく、濁りを忘れようとする。

私は、そうっと、手を伸ばし、
いつの間にか動かなくなった指で端を触る。

じわっと崩れて
愛が溶け出し、

色を変えつつ
言葉が流れ、

紙を徒に濡らし、
燈した命が揺らめいた。

私はようやく息を吸い、
老いた体を固定するように、

冬を浅く飲み込む。
それ、が鼻腔に入り込み香る。

降りゆく姿を、今一度捉え、
諦めるように名を囁く。

誰とも知らぬ、その親を羨みつつ、
唯一つ、繰り返す淡い美しさを。

さればこそ。
私は、両手でそれを受ける。




2023.2.9 
雪屋双喜

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