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詩 冬眠

随分前から考えていた。

言葉で語るにはただ喩えるしかない。

ならば何に喩えるか。

何に喩えれば、私のこの心を満たせるだろう。

或いは、春を散るような花の寂しさを。

或いは、秋を終わらせる冬の匂いを運ぶこの風を。

或いは単に、遠くにある貴方の命を。



冬眠

夜は冷たく吸うために窓を開けた
冬の匂いに唆されて星を探す
手元の明かりを煙が揺らした

今はただ手元にない明かりを
望んで何処かへと持ち去られて
冬を揺蕩う蛍のやうに心を独り寂しく揺らす

私の中を冬が通り抜ける
仄かな蝋燭は注がれた愛を溶かし飛ばす
ときどき立てる音が春を震わし春が揺れる

触れた何かに絆され流され息をした
夢の中で会う貴方は私の心を待たずに笑う
黒に白を重ねるように私は貴方を重ねていった

最近になって漸くレイアウトを気にするのは
きっと歪んだ背筋を治そうとして
叩けば叩くほど歪んだ愚かな悔いを重ね繰り返す

自由な韻律では満足できずに縛られ描く
世界を切り取るのはそれでしか捉えられないから
世界に世界を世界分だけ重ねて見ると赤シート

揺れて重なり春には散って
触れて謝り明日には逝って

そんな私を静かに守る
貴方はきっと優しいから

長恨歌で感動しても
朝ドラでは白けてしまう

最高傑作には笑わされても
処女作に息を呑んでしまう

頭が割れるほど考えてみたのは
いったい何時のことだったか

点けた人生の光を失くさぬように
神様に今日も生きたとさけぶ
碇を沈めて私は眠る

今に私は消えてなくなるというのに
何を呑気に眠るのだろう

春が今一度訪れるとも交わさぬままに
信じて冬を眠るのだろう

愚かな私よどうかただ
才能も努力も凡てを捨てて

紙をかきしめ心を揺らせ

呪いを放つ冬の夜
春になればと

心得た頃には夢は冷め
朝が来れば恋も覚め
揺れる手先が現を逆しまに繰る

歩くなら右足だけで跡を残し
話すなら憎しみだけで場を濁し
笑うなら貴方とだけ生きていたい

膨らんでしまった思いのために
私は時間を奪ってしまう
今この一文のために誰かが風に打たれ死ぬ

それを私はどう知ろう

人生は生きるに値するとして
例えばの話をなしにして
心を凛と歩ませてみたい

一番美しいものを他人に見せることも
思い出の話で感情を覚えることも
たぶん同じように確かな幻想

私達は昨日の怒りを守れない
私達は今日の怒りを昨日のそれと
同化してはならないはずだった

苦し紛れの悲鳴でさえ
雑談の声で掻き消され
布団の中の泣き声は

願った人に届くだろうか
ならばいっそ
それならいっそ

昔も今も一緒くたに
下らないと言わない私
それを信じて良いのだろうか

縋るものは何でも良かった
それなしでは生きられないものなど
手元には見当たらない

そんな生き方を振り返り
私は教師には向かないと知る
大事なことを知らずにいるから

そんな考え方を振り返り
私は先生には向かないと知る
大切なことを考えていないから

そんな悩みを振り返り
私は医者には向かないと知る
その悩みに寄り添うことしかしたくないから

尊敬も侮蔑も同じ程度の適当さ
必然も偶発も同じ程度の運命論

私は騙されない
目で見て殴られその後に知らなかったと感謝する
それができると信じる私は

春が来てその後で
夏が去ってその後で
秋が散ってその後は


怒りも悲しみも喜びも
昨日と同じに抱えることはできなくて
それでも恐怖は薄れない

人はそのことをもっと真剣に受け止めてあげたい
触れたら最後
壊すか忘れるかしか選べないと知って

ついに炎はぼおっと燃えて
私は夜を月として舞う

くしゃみをして鼻をなで
それが自分だと暫く思う
欠伸を堪えて家を出る

冬眠
雪屋双喜
2023.1.17
私は私です。たぶん一生ここにいます。



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