徒歩十分

 聞き慣れた、彼女の明るい笑い声が空気を震わせた。それを聞いて僕も笑顔を返す。手を差し出すと迷わずに取ってくれるのが嬉しくて、彼女の温かい手を握ったまま前後にブンブンと振る。そうすると、また彼女の笑い声が薄曇りの空に駆け上った。
 二月だというのにその空はさほど寒くなく、僕も彼女も制服の上にはなにも着ていない。

 駅から学校までの道。普通に歩いたら七分。別々のクラスの僕と彼女は朝と夕方、十分かけて並んで歩く。先に見える脇道から制服を着たグループが五月雨て続く。邪魔されないように、時間がかかるように、皆より遠回りの道を僕らは歩く。
 最初はぎこちなかった二人の距離は、いつしか肩が触れるほど近くなった。喧嘩をしたら少し離れて、仲直りしてはくっつくを繰り返す。彼女が跳ねて、紺色のブレザーの下でスカートが揺れた。

 角を曲がると校舎が見える。学校まであと百メートル。
僕の真横を歩いていた彼女の歩が僅かに小さく、遅くなった。それをまるで隠すように、彼女がふざけて僕の脇腹をつついた。同じように僕も彼女のつむじを押し返す。
 正門の前にスーツを着た生活指導の先生。先生が「おはよう」と言った。嬉しさと不安がないまぜのまま僕達は「おはようございます」と挨拶をした。普段はジャージ姿の先生の、横に立てかけた白い看板。
『卒業証書授与式』
 彼女が寂しくならないように、僕が怖気づかないように、僕は一層力強く足を踏み出した。

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