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りんご

トートバッグの取っ手が肩に食い込んだまま改札を出る。電車通学が好きだとはいえ片道一時間半の通学路を毎日行ったり来たりしていると週の後半あたりからだんだんと疲れが出てくる。午後五時半の空は少し白んでいた。見える水色の半分くらいをずれたテーブルクロスみたいな雲が隠していた。いつもは音楽を聴くけれど、今日はイヤホンを首から下げて周囲の人の往来や飲食店の匂いを感じながら歩いた。

就職活動とは太鼓のバチで精神を繰り返し叩き続けるような作業で、この頃身体が重く感じるのはきっとそのせいもあるのだ。エントリーシートの文字を凝視しやすいように進化した目ではなかなか好きな言葉を書くことができなかった。

ぐるとお腹が鳴るのを感じて、近くのスーパーまで歩いた。パックの中に並んだ三色団子とかチョコレートがかかったイチゴとかを通り過ぎてフードコートに入った。ファストフード店のカウンターに行き、百円のアップルパイを一つ注文した。

小さな紙袋を指先で持って店を出た。空の下の方がオレンジ色を帯びて、夜の支度をしていた。やっぱり音楽を聴く気にはなれなかった。ただ今日の信号機の赤は濃すぎるみたいな、どうでもいいことを考えていたかった。風にかき消されそうな鳥の鳴き声を、半開きの目で心配していたかった。

まっすぐすたすた歩けば徒歩十二、三分の道を、たっぷり二十分ほどかけてゆっくり帰った。小さなアップルパイはきっと冷めている。その上、弟に見つからないようにこっそり食べなければいけない。でもそれは家に入って靴を脱いでから考えることにした。

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