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日記

8月17日、水曜日。京都旅行三日目。京都市内には、絹のようなやわらかい雨が降っている。朝8時ごろ、私はホテルの部屋からフロントロビーに電話をかけた。

「今日は清掃はしていただかなくて大丈夫です。タオルと部屋着は、あとでそちらに取りに行かせていただきます。」

今日は部屋から出たくなかった。眼精疲労と首の凝りがひどく、みぞおち辺りがぎゅっと硬くなったような感じだった。

「ゆきのさん、今京都にいらっしゃいますか?」

バイト先の代表からきたLineが、ずっと頭の後ろにある。バイト先の広報用SNSにログインした際に、居場所を知られてしまったのだ。もともと、少し日常から離れるための旅行であって、現実から逃れようとはしていなかったので、ホテルから仕事をする気でいた。それでも、苦手な人に旅行先まで知られてしまうのが、想像していた以上にショックだった。

「はい、そうです」

短く返信をした。不正ログインを防止するために聞いてきただけだろう。それでも、既に私の脳裏には、私を懲らしめることが趣味の、たくさんの虫たちが湧いていた。

「新事業が始動して忙しい時期に、なぜのうのうと旅行をしているのか。」
「他のみんなはちゃんとしてるのに。」

もちろんこんなことは実際には言われていない。なのに、言われたかのようだった。夏休みに入った後、喘息の可能性があると診断された私は、少しのストレスですぐに息が苦しくなってしまう。この時も、ホテルの部屋で軽くパニックを起こしていた。

コンビニで買ったしじみスープを飲みながら窓の外を眺める。こういう時、私は自然に癒しをもとめる。今朝の雨は、私の頭の中のモヤモヤをミントアイスクリームのように優しく冷やして、洗い流してくれるようだった。小さな部屋にずっといると、まるで刑務所の中にいるように思えてくる。社会にうまく適合できない私の、私だけの小さな刑務所。ほんの少しの刺激で体ごと崩れてしまう私が、唯一自分を守れる場所。今日はとにかく、明日無事家に帰れる体にすることに集中しよう。目の前のことをひとつひとつ、一歩一歩、やっていくしかないんだ。

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