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二次関数で教習初日の大転倒を解説

 2月と8月は売り上げが一時的に落ち込むことから二八(ニッパチ)景気と呼ばれる。しかし、教習所に限ってはこの二八景気は当てはまらないのだという。なぜなら、学校が休みに入る2月と8月には大量に学生が教習所に押しかけるからだ。

 路上にたくさんの路上教習車や若葉マークのクルマが溢れる今の季節になると、自分が教習所に通った日々を思い出す。

 初めての運転免許は16歳のとき、ペーパーテストだけで取れる原付免許を取得した。大学に進学した18歳のときには、夏休みにバイトで稼いだお金を軍資金に、9月からようやく二輪のいわゆる「中免(ちゅうめん)」、当時の自動二輪中型限定、今でいう普通二輪免許の教習に通い始めた。

 地元横浜にはいくつもの教習所があったけれど、ハンコが厳しいとの評判だった河川敷にある教習所に通うことにした。もし本当にバイクに乗るようになったとしたら、簡単に免許が取れるよりも、きちんと習得してから乗りたいと思ったからだ。

 いよいよ教習に通うことを身近な人に話すと、当時はバイクブームだったせいもあり、みな各々のバイクに関する一家言を語ってくれるのだった。

「いいか、まずバイクは傾ければ曲がるんだ。曲がりたい方向を見れば、自然と曲がれるよ」

「倒したバイクを起こせるかって? そんなのコツだよコツ。テコの原理を応用するんだよ」

 あるときは大学の同級生が。あるいは先輩が。あるときはバイト先の運送会社の運転手さんが。あれよこれよと教えてくれるのだが、自転車すら日常的に乗らないわたしにとって、言葉で聞いたってピンと来ないことの方が多かった。

 そうして迎えた実技教習第一段階1時限目。なぜか大学の先輩は見に来ているし、紹介で入校したため教習所の上層部の方まで見学に出てきていた。

 まず教わるのは、クラッチの使い方とシフトのアップダウン。センタースタンドを立ててバイクにまたがり、エンジンをかけずにイメージトレーニングから始まった。次にエンジンを実際にかけて同様のことを行う。

 ここまでは上々の出来であった。諸先輩方のアドバイスや雑誌で仕入れた知識を動員し、なんとか周りの教習生の動きに付いていくことができた。

 次に、いよいよバイクを走らせるわけだが、始めは進んでは止まる、ちょっと進んでは止まる、というように、スロットルの開け方とブレーキのかけ方を徐々に習得する。

 ちなみに、中免の教習に来たにも関わらず、わたしにあてがわれたバイクは125ccだった。女性は、まずは小型バイクで慣れ、2段階に行くまでに400ccに移行すればよい、自信がなければそのまま小型の教習に移ればよい、とのことだった。

 進む/止まるを習得することができたので、最後はいよいよコースを周回することになった。スタートして単純に左折×4回して戻ってくればいいだけの話なのだが……。

 ドンガラガッシャーン!!

 スタートしていきなり最初の左カーブで曲がり切れず、バイクが反対車線に飛び出すほどの勢いで転倒してしまったのだ。

「大丈夫ですかっ!」

駆け寄ってきた教官が優しかったのはここまで。

「はいっ、じゃあバイクを起こしてみましょう!」

ええっ?! 転んでるのに助けてくれないの?! バイクが対向車の邪魔しちゃってるのに?! 

 とにかく自力で起こせるまで教官は一切手を貸さないというスパルタな教習所なのだった。

 やおら、テコの原理とやらでバイクを起こそうとするが、なかなか持ち上がらない。ハンドルを右に切って片側のハンドルを持ち上げるんだよ、という教官の教えを実践しても起き上がらない。

 つまり、テコの原理より何よりも、基本的に必要な筋力がないとバイクなんか起こせないのだ、と悟ったのは、限定解除の事前審査で2回も落ちたあとだった。普段、10kg以上のモノを持ったことのないわたしは、筋力があるとかないとかだけでなく、どの筋肉を使えばいいのかすら、身体感覚として体現することができなかったのだ。

 さて、なぜわたしが最初のコーナーで転んでしまったのか。今だから事細かに自分自身を解説することができるのだけど、それはつまりバイクの一連の動作──スロットルを戻しして減速開始、ブレーキをじわーっとかけてさらに徐々に減速、車体を安定させながらバイクを傾けてコーナーを曲がり、スロットルを開けながら車体を起き上がらせ、加速しながら直線に入る──が流れるようにつながっている、ということが理解できていなかった。

 女性にありがちな感覚なのだけど、初心者の頃はブレーキもスロットルを開けることも、まるで電気のスイッチのようなイメージしか持ち合わせていないのだ。たとえばこんな感じ。

スロットル戻す(=急に全閉)|ブレーキかける(=加減がない)|バイク傾ける(スロットル操作やブレーキングは疎かになっている)|スロットル開ける

このように、全ての動作がぶつぶつと途切れてしまう。それが初心者にありがちな運転なのだ。

 この教習所第一段階第一時限目の大転倒はおそらく、「傾ければ曲がる」だけを鵜呑みにして、まるで減速しないままバイクを寝かせ過ぎたのだと思う。小さいころからなんでも起用にこなす子だったわたしは、バイクも石橋を叩いて渡ることはせず、耳で得た情報を頭で咀嚼することなく急に実行してしまったというわけだ。


 あれから20数年。今ならわかる。

 ブレーキが単にスピードを落とす、止まるためだけのものではないことを。ブレーキは前後のサスペンションを動かしたり、車体が起きる・寝るを助けたり、倒し込みのきっかけを与えたり、コーナリング中に車体を安定させたり、半クラがわりに使えたり、ブレーキランプを付けて後続車に注意を促したり……。

 スロットルの開け閉めも、ブレーキをかけるときも、車体を寝かし込む・起こすときも、全ての動作はじわーっじわーっと二次関数の放物線を描くような動きが理想であるということが、今ならわかる。

 つまり、バイクの動きはy=xの2乗 が理想なのである!

 ……のような戯言を思い付くにつれ、ますますややこしく考えがちなわたしなのであった。


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